ロスト・ボーイ・メディア 【このCM探してください】

二階堂まりい

存在未確認のCM

【ご注意】

 ある夜に、私が見ていたネット上の匿名掲示板で起こっていたことの記録です。

 過去ログが消失しているようなので、記憶を元に当時の私の感想も交えながらまとめました。

 特定を避けるために固有名詞は極力出さないようにしております。

 ご理解いただけると幸いです。




 二〇二二年某日。

 夜にネット上の匿名掲示板で「CM捜索スレ」というものを見ていた時の話です。


 CM捜索、つまり見たことはあるものの詳細が思い出せなかったり、企業のホームページや動画サイトに動画が残っていなかったりするコマーシャル映像を探そうという目的を持つ同志が集まるスレッドです。



 その手の話題はロマンがあって好きなので、書き込みはせずに読むだけの所謂ROM専として、ブラウザゲームをプレイする片手間にスレを眺めていました。




 書き込まれる捜索依頼に対し、ネット検索を駆使する者、図書館でCM年鑑を閲覧する者、中古のビデオテープを買い漁る者……マニア達の熱意でスレは進行していきます。



 この夜も、探していたCMがいくつか発見されていきました。

 すぐ見つかるのは喜ばしい偉業なのですが、スレ民としてはもっと捜索難易度の高い依頼に挑戦したいといった様子も感じられます。

 そんな空気を察した誰かが、十年近く発見されておらず半ば都市伝説化しているCMの話題を振ってくるのですが、それだって目新しさが無いし進展もありません。

 スレの勢いが停滞してきたところで、私は一旦ブラウザゲームの世界に飛び込みました。




 ブラウザゲームの方が一区切りついてからスレッドを更新すると、新たな捜索依頼が舞い込んでいました。


 書き込み主が探しているのは二〇〇五年の秋クール、二十二時台に放送されて人気を博した学園ドラマの合間に流れたCM。


 明るい部屋の中、誰かが首を吊る様子が一人称視点で映されるという衝撃的な映像が流れたそうなのです。


 CMにしては異様に長く、尺は確実に一分以上あった。

 椅子の上で震えている手足と、ロフトの梯子と首を結ぶハングズマンノットのロープを無軌道に見回すような冗長な映像で、最後は椅子を蹴って視界が大きくぶれて終わり。

 商品が映る訳でもなく、自殺防止のようなメッセージ性も感じられず、何より不謹慎すぎる。


 後日、依頼者は中学校に登校するなりCMについて訊いて回ったそうですが、目撃したと言うのはいつもつるんでいる友達ばかり三人のみ。

 グループの異なるクラスメイトや、部活でのみ接点のある生徒は、そんなCMは流れなかったと言うのです。


 深夜放送ではなかったのでリアルタイムで視聴しており、目撃者の中に録画をしていた者は残念ながら居ませんでした。

 ただ、そんなCM流れていなかったと主張するクラスメイトのうち数名が、出演者のファンだったためにドラマを録画していたそうです。

 名乗り出てくれた全員に録画を見せてもらったところ、確かにそんなCMは流れませんでした。


 しかし依頼者と他三人は確かに件のCMを見た。



 スレ民は一斉に、その依頼に飛び付きました。

 依頼者はレスポンス番号を取って二二一氏と呼ばれるようになり、CMそのものは「首吊りFPS」と名付けられて捜索は進行していきます。


 FPSとはファーストパーソンシューティング、つまり一人称視点で敵を撃つゲームのことなので、正しくはFPV(ファーストパーソンビュー)では? しかしFPSの方が響きは良いので仕方ないでしょう。

 そう思ったのを覚えています。



 スレ民は二二一氏に、各々の考察をぶつけて可能性を探ります。


 

「校区の中でCMの放送区域が分かれていたのでは?」  

 その指摘には二二一氏は懐疑的な見方を示しました。

 それもそのはず、目撃者の一人と録画を見せてくれた者の一人が同じマンションに住んでいたのです。

 


「電波ジャックか?」

 これにも、先程と同じ理由で二二一氏は否定的でした。



 

「別の局が同じドラマを同じ時間に放送してたから、見た局によってCMが違ったのではないか?」

 そんな指摘もありました。

 確かに私の家でもそれは起こり得ます。

 我が家ではローカル局と某大手の両方が映るのですが、ローカル局が某大手の系列の番組を多く購入してるために、両者はよく同じ時間に同じ番組を流してるのです。

 二二一氏が当時住んでいた地域ではそのような重複は見たことがないと返答がありましたが、スレ民は念のために当時の番組表を探してみる、と宣言していました。


 

「ホラーかミステリーなんかの宣伝ではないか」

 当然、こういう書き込みもありました。

 ひとまずは二〇〇五年前後の怖そうな作品を当たる、というのがスレの主流となります。


 その辺りから私も強く興味を持ち始め、書き込みこそしなかったものの、当時のそういう作品を片っ端から検索していました。

 しかし本編に首吊りのシーンが含まれる作品はなかなか見つかりません。



 懐かしい作品がどんどん調査されては、あれでもないこれでもないと可能性を否定されていきました。

 マイナーな作品ならば見付けづらくても仕方ないと思えるのですが、そんなマイナー作品がプライムタイムの人気ドラマにCMを打てるのかという疑問もあるのです。


 

 本編に無いイメージ映像か特典映像を使用したのかもしれない、映像媒体ではなく小説や漫画の宣伝だったのかもしれない、CMは実写だがアニメの番宣だったのかもしれない、という声も上がり捜索範囲はどんどん広がっていきました。



 当時の学園ドラマ実況スレが発見されたものの、首吊りFPSに言及したと思しき書き込みは無し。

 謎は深まるばかりです。




「二二一氏のグループ内で起きた集団ヒステリーではないか」

 別の角度からそんな説を唱える者も居ました。

 一理ありますが、CMを見た当時は友達同士で一緒に居た訳ではなく各々の自宅に居たのに、離れていても集団ヒステリーは発生するのでしょうか。



 二二一氏最初の書き込みから二時間以上経過した辺りでとうとう、釣り——二二一が架空のCMをでっち上げているのではないかと疑う者まで現れ始め、スレの雰囲気が少しギスギスしてきました。

 無理もありません、二二一の目撃譚はオカルト色が強すぎてリアリティに欠けていますから。

 


 しかし歴戦の捜索者達は、早々に釣りと断定するのは野暮だと言い放ち、次々に可能性の種を書き連ねていきました。



 それでも正解は出ない。

 誰もが新たな「ロストメディア」の誕生を予感していたと思います。



 そんな時です。

 全く異なるスレッドで二〇十三年に書き込まれた文章のコピペが貼られたのは。

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