夢の示す先
ろうこう
本編
フィラリア王国国立学院。フィラリア王国の貴族たちの子女が集う高貴な学院からとある騒ぎが聞こえてきた。
「やり方が綺麗ではない」
「俺の剣には綺麗さなんて必要ないんだよ!」
男二人の声があたりに響き渡る。お互いに一歩も引かない激しい言い争いをしていた。
「大雑把で次のことを考えていない。そんな君が騎士団長になんてなれるわけないだろう」
たった今、もう一人の男を煽ったメガネをかけたキレ長い目をしている男はガイアル・ミウラ。ミウラ伯爵の子で天才的頭脳と巧みな交渉術を使う知的な男だ。
「それは今関係ないだろ! この陰湿メガネめ!」
もう一人、ガイアルの煽りに文句を言った男はクラリス・ダイガー。筋肉質で顔に幾つかの傷があるがこう見えてもダイガー公爵家の三男である。他を圧倒する剣術を有していて、若干16歳で戦争に参加したこともある猛者である。
「またやってるよ」
「よく飽きないよな」
周りからは呆れの目で見られている二人言い争い。そう、これはこの二人は1年前に入学してからほぼ毎日言い争いをしていたのだ。教員からも匙を投げられ、言い争いは止まることがなかった。
「来週からは実地演習を始める!」
学院の1教室から先生の声が響いてくる。その数拍後に、悲鳴と思しき何かが更に学校中に響き渡ることになった。
「今年の演習地は『暗黒樹の森』だ!」
暗黒樹の森。奥地に行けば行くほど、危険な魔物が跋扈していて、一般庶民ですらその存在を認知している国内有数の危険地域である。
「安心しろ。王都騎士団も稼働させて、安全性を向上しているからな」
その一声を聞いて、国一の戦力を誇る王都騎士団なら大丈夫だという声で溢れかえってきた。
「王都騎士団がいなくても、俺の剣の腕ならイチコロだぜ」
そう言って鼻を吹かせいるクラリスをガイアルは胡散臭い目で見ていた。
そして、演習当日。情けなくも疲労困憊でクタクタになっている一部の生徒の他は武装に身を固めて、魔物の襲来に備えていた。そんな状況でも二人の様子は相変わらずだった。
「演習は二人で一ペアだ。ペアを発表する。まずは――」
演習のペアが発表されると、途中から雰囲気が不穏になってきた。そして最後のペアの発表になった。
「では、最後にクラリス・ダイガーとガイアル・ミウラ」
そのペアに一抹の不安を覚える他生徒たちだが、意外にも当人たちは気にするものではなかった。
「足引っ張んなよ」
「脳筋と合わせるのは疲れる」
いや、気にしていたのかもしれないが、いつもより平穏ではあった。
「では、各自騎士団の案内のもとに行け。演習を開始する!」
景色は移り、ガイアルとクラリス、その引率である騎士は森を彷徨っていた。
「流石に魔物の数が少なすぎる……」
その道のりはあまりにも順調過ぎたために、全員の緊張感が高まってきていた。
グルル……
「……! 魔物が来るのか!?」
「大声を出すな。魔物が声に釣ら『グワァァァ!!』下からか!?」
今、彼らのいる場所があたりが奈落になっている暗黒樹でもトップクラスの危険地帯である。そんな中、奇襲気味に下から現れた魔物は一際大きな身体を持ち、クラリスに襲いかかってきた。クラリスはその魔物を弾き、元の場所に叩き落とす。
「止まない!」
「くっそ、数が流石に多すぎる。ここは引くぞ!」
「おい、ガイアル! 何勝手に決めてんだ。俺に任せろ! 全員ぶっ倒す!」
「すみません、あいつを連れ戻して……」
「……」
「馬鹿な!?」
無理とわかっていても、騎士にクラリスを任せようとするガイアルだが、騎士はいつの間にか絶命していた。
「ギェハハハ……」
(騎士が断末魔すら上げられずに……だと、ここに留まり続けるのはもう無理だ)
「クラリ……!?」
ガイアルがこの異常事態にクラリスを確認すると、クラリスの背後に一匹の異質な魔物が存在していた。
「なん……なんだこいつは」
クラリスも気づいたのか、勢いが消え、構えが解かれていた。それに気づいたガイアルはクラリスに駆け寄ったが、魔物の攻撃が放たれ、その一撃は彼らがいる道を一撃で消し去った。
「……っく!」
ほんの少しの明かりのもとで、クラリスは目を覚ました。
「ここは……って、あの魔物は!?」
「少なくとも、ここにはいない」
そのとき、近くからクラリスに話しかける声が聞こえてきた。
「ガイアル!? お前はいたのか」
「なんとかな、とりあえずここから脱出するぞ」
「脱出ってそりゃないだろ!」
「では、どうするというんだ! 騎士もなす術なく死んだ! お前程度では不意打ちを喰らう。当然、俺では太刀打ちできん」
「あいつはここで倒す」
その言葉を聞いたガイアルは冷静に努めている普段とは異なり、大声で怒鳴り上げた。
「お前らはここで死ねば満足か? それこそが騎士の本職とでも!?」
「誰もそんなことは言ってないだろ!?」
「奴の脅威度は想像を超えている。ご自慢の剣術でなんとかしたいんだろうが、あの破壊痕を見ろ!」
そうしてガイアルに指された場所を見ると、流石のクラリスでも言葉を失った。そこにあったのは惨状だった。身体を一撃でひしゃげさせられたであろう魔物の死体。そこについている重いものを高い場所で落としたのでもした大きな陥没痕。
「息を潜めて奴の蹂躙を見た。あれは想定をはるかに超えるものだ」
「かといって、このまま奴を見逃すのか? それの方がより大きい被害を生むことになるぞ」
「それは学生である俺らの領分ではない。それにここで俺らがやられ、情報を失う方が損失だ」
「それでもな「さっきも言っただろう! 死にたいなら勝手に死んでいろ!」そんな言い方ないだろ!」
この二人の言い争いは止まることはなかった。ある悪魔が来るまでは。
ザ……ザ……
「……! 奴が来る。隠れろ」
「チッ、分かったよ」
そうして、二人の目の前に現れたのは二人をここに追いやった魔物であった。異常なほど膨れ上がった筋肉、弾け飛びそうなほど飛び出た目玉。その構成要素一つ一つが嫌悪感を滲み出させていた。
「あいつが……」
「あんななりをしてスピードも出す。奴を出し抜いて、なんとか森を脱出しなればならない。そこまで行けば流石に騎士団がいるだろう」
「…………」
「なにか言ったらどうだ」
「お前の夢って?」
その脈絡の一切ない質問にガイアルは「何言ってんだこいつ」とでも言いたそうな顔を浮かべていた。
「状況をわかっ「分かっているからだ。脱出にしても俺はお前のことをほとんど知らん。そんな奴の命を俺を背負えん」分かっていてもなおだと? なんてやつだ」
真剣な眼差しを見たガイアルは目星を立てていた道をクラリスを先導しながら進みながら、自らの過去に話し始めた。
「俺が庶民の出なのは知っているな」
「ああ、有名だな」
「だからというわけではないが、俺は父に認知されずに育ってきた」
「まじか!?」
ガイアルの中にはある一つの情景が思い浮かんできた。雪の積もる中少年が更に幼い少女を背負って歩いているものだ。
「だから俺は母さんと結婚相手、その娘と一緒に暮らしていた」
「お前の母さんには結婚相手がいたのか?」
「まあ、俺自体が火遊びで生まれた子だからな」
「なんか、すまん」
シュンっとしてしまったクラリスにどことなく申し訳なく感じたのか、あらぬ方を向いて続きを始めた。
「まあ、それなりに満足のいく生活だった。どこにでもあるような普通の生活だった」
「なら、お前はなんで学院にきたんだ?」
「十年も前のことだ。領地で疫病が流行った。両親は死んだ」
その時のガイアルの表情はどうだっただろう。ただ、わかるのは苦々しい顔をしていたのはそうだろう。
「母の相手の娘がかかった。俺はなんとか彼女を病院に連れて行こうとした。でも、ダメだった」
「じゃあ、その子は……」
「死んだ。生きたいって言葉を残してな。そして、俺はその時に見てしまったんだ」
「何を……?」
「俺の父が俺らを見ながら笑って夕食を食べていた」
苦々しい顔から一転して怒りを露わにしたガイアルを前にしてクラリスは何もいえなくなってしまった。
「そして、俺は奴らを恨んだ。俺らは苦しんでいるのに何もしないのか?」
「……」
「だから決めた。俺はこの国の大臣になってこの国を変えると。貴族ではなく、そこに生きる者たちに寄り添いたいと決めた」
「そう……か」
「俺は優れていた頭脳を持ってあいつに自身を認知させ、傍流として子供の立ち位置を手に入れ、そして今、学院にいる」
「耳が痛い話だな……」
「だから、俺は死ねないんだ……!」
その言葉を受け止めたクラリスの顔はバカにするでもなく、ただガイアルを見ているだけだった。
「なにか……」
ギェハハハ!
「奴だ。隠れる……何をやってるんだ!」
「やっぱ、俺はあいつを放って置けない。ここで倒す」
「敵うはずがない!」
「俺の夢が騎士団団長っていうのは知っているよな」
魔物の攻撃がクラリスに降り注いでも、話すのをやめなかった。
「俺は三男だからな。領地経営は俺の仕事じゃあねえ」
「なぜ、喋りながら捌けるんだ!?」
「何やりたいかわかんなくなってな。そんな時に騎士がいろんな人から尊敬されてて、命張って民を守る様が良いと思ったんだ。そんな騎士になりたいって」
「なら何故団長を。語ったままならただの騎士でも良いはずだ」
激しいぶつかり合いの最中にも、クラリスは息一つ切らすことなく、魔物と互角に戦っていた。
「俺の親父さ!」
(ガイアルの剣裁きが更に向上した。互角……いや、押しているだと!?)
「多くの人を導く親父の手腕が好きだった。だからこそ領地に関われないと知って悩んださ。そんでさっきみたいに騎士に憧れて団長を志した」
「皮肉にも対比というわけか」
「なんでそんな穿った見方しかできねえのかな」
父を恨み、大臣を目指したガイアル、父を尊敬し、騎士団団長を目指したクラリス。その在り方は対比ではあった。
「死にたいのかって言ったな。誰か守るために死ねんだったらそれでいいさ」
「……」
「だからお前はにげ「やはりそれは訂正しよう」」
「ここで逃げてはなんとやらだ」
「いきなりだな」
「ふ、お前と同じだったらしい。俺も意外と賢くはなかったようだ」
その言葉と共に二人は魔物に立ち向かった――
そこから、数ヶ月結果としては二人はなんとか生還して、今では元気に口論を再開していた。しかし、その光景は今までとは少し違うものだった。
「これでは効率的ではない。何度言えばわかるんだ」
「そういうんだったら、お前の意見言ってみろよ!」
少し違うの……かな?
夢の示す先 ろうこう @mayaten2
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