三つ星

彼方 紗季

三つ星

「陽太! ねぇ、陽太聞いてる?」

ふと陽太は我に返った。

「え? ごめん全然聞いてなかった」

陽太はニカっと笑った。

「これだから陽太は……」

そう言ってすずは陽太を見上げてムスッとした。

「だからぁ、英美がまた1組の奴らに陰口言われてるんだって」

「別に陽太には関係なくね?」

「いやいや、陽太のせいだから」

すずはキリッと陽太を睨んだ。

「あんたがエイミーって呼ぶから、1組の奴らが何? あいつ。外人ぶってんの? キモ。とか言うんじゃん」

「だってエイミーはエイミーだもん。な?」

陽太はニヤリと笑って英美の方に身を乗り出した。すずは横を向いて、後ろの席の英美に顔を近づけた。

「うーん……もうそろそろ止めてほしいかも?」

「ほらぁ」

すずの勝ち誇ったと言わんばかりの表情に、陽太は少し不満そうな顔をした。

「じゃあなんて呼ぶんだ?」

和久田は床に届かない足をプラプラさせていた。

「わっくんってエイミーをなんて呼んでるっけか」

「……佐藤」

「嘘つけ。英美でしょ、英美」

「うっさいなぁ……」

和久田は机から降りて自分の荷物をガサゴソと漁った。

「英美って呼んでみなぁ、陽太」

和久田の動きがぴたりと止まった。

「いやいや、それはもっと冷やかされるやつな」

「確かに、二股女〜とか言われちゃうね」

「ちょっとそれは……」

和久田はギロリと陽太とすずを睨んだ。

「ふぅ〜愛されてんじゃん、いいなぁ」

すずはひじで軽く英美を突いた。

「……そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」

「じゃあ、佐藤エイミーにするわ!」

「もっとだめじゃん!」

「それは知らない人から本名だと間違えられちゃうよ」

ゲラゲラ笑うすずと陽太を横目に、和久田は水筒の中身を口に流し込んだ。

「今まで通りで大丈夫だよ?」

英美は陽太にそう言った。和久田は水筒をしまって鞄のチャックを閉めた。

「じゃ、俺部活行くわ」

「いいの〜? あんたのカノジョ、いじられるままだよ」

「佐藤が納得してんならいいんじゃね? あとは陽太が何とかすんだろ」

そう言って和久田は教室から出て行った。

「怒ってるね……」

すずは陽太を睨んだ。

「最初から最後まであんたのせいじゃん」

「いや、お前も乗ってただろ」

そう言って陽太はニカっと笑った。

「大丈夫だって、明日にはどうにかすっから」



「悪かった」

「ごめん……な?」

そう言ってお辞儀をしているのは1組の男子3人。その謝罪を正面から受けているのは英美だった。

「な? こいつらもうエイミーって呼んでも馬鹿にしねぇってさ」

「うん、わかった」

英美の口元は真っ直ぐで、目元はどこか嬉しそうだった。

「じゃ……」

「すんませんでした……」

気まずそうに1組男子は立ち去っていった。

「どうやって謝罪させたの……?」

「ん? まぁ色々な」

「殴ってはないよね……?」

「それいつの話だよ」

ケラケラと笑っている陽太を英美は見つめていた。

「エイミーも、わっくんも、すずも俺が守ってやっからさ」

「じゃあ陽太のことは私たちが守るね」

「お、頼もしいね」



「いっけーーー! いいぞーーー!!」

「陽太ぁあああ!! 決めろぉおおお!!!」

陽太の指先を離れたボールは、和久田の指先の上へと昇り、そして吸い込まれるようにしてゴールに入った。

「陽太くんって何でもできるよねー」

「すずちゃんって陽太くんと付き合ってないんでしょ?」

「付き合ってないよー、あんなやつ」

「3組のえりちゃん好きらしいよ」

「5組の鈴木さんもだって」

「陽太くんって彼女いないの?」

「釣り合う子がいないかもねー」

「わかるわかる、皆ファンクラブみたいな感じ」

「でも告った子もいるんでしょ?」

「え、ほんと? だれだれ」

キャッキャしてる女子たちの話にすずは少しムッとしていた。陽太が悪い奴みたいだ。

「陽太ってそんなにイケメンでもないよ、馬鹿だし」

「えーすずちゃん、もしかして好きなのー?」

「そんな気するー」

「すずちゃんがいるから告ってないって子いるよ」

すずは少し声を大きくして言った。

「陽太が好きなんて馬鹿みたい」

「え? なに俺の話?」

陽太は額の汗を肩で拭きながら、すずたちの方へ近寄った。

「陽太くんってすずちゃんの事好きなの?」

返事を待つ女子たちの表情は、どこかギラついているように見えた。

「好きだよ」

キャッ!っと反射的に口を覆う女子たち。

「みんなも、でしょ?」

すずは涼しい笑顔で言った。

「そう。すずも、エイミーも、わっくんも」

なぁんだと女子たちは笑った。

「ナイッシュー」

すずは手を挙げた。陽太はニカっと笑ってすずの手を叩いた。

「まぁね」



「珍しいこともあるんだな」

「……ね。つまんないわ、和久田だけじゃ」

「うっせ、お前もな」

「ひっどくない?」

「お互いね……」

和久田は足をプラプラとさせていた。

すずは和久田の方に体を向けるよう、椅子を横向きに座っていた。

英美はすずの後ろの座席に、正面を向いて座っていた。

「なんか、うちら何話してたんだっけ」

「なんだろな」

和久田は足をプラプラさせるのを止めた。

「わっくんって今日部活ないんだよね」

英美は和久田を見上げた。

「お二人で帰るって? いいねぇ」

すずは真横と正面の2人を見比べた。

「……俺、今日寄るとこある」

「私も今日は部活呼ばれてて、一緒に帰れないの」

「そっか、頑張ってな」

「何もないのは私だけかぁ、寂しいなぁ。カレシ作ろっと」

じゃあね、とすずは自分の荷物を背負って教室から出て行った。

「寄るところって、もしかして……」

「そう、陽太んとこ」

「仲良いね」

「……まぁ」



「陽太、いますか?」

黒いインターフォンに話しかける。

「ごめんねぇ。今、陽太寝てて」

「LINEで連絡したんですけど、返信も既読もなくて……」

「ごめんねぇ、陽太にはわっくん来たこと伝えとくわね」

「お大事にって言っといてください」

「わかったわ、ごめんねぇ」

ブチっという音と共に、インターフォンが切れた。

和久田は地面に下ろしていたリュックを持ち上げ、肩にかけた。



「エイミー」

からかうような声でその名は呼ばれた。

英美は振り返ったが、その声の主は顔を見せなかった。代わりに人混みの遠くに走り去る背中が見えた。



「すずちゃん、2組の永田と付き合ったらしいよ」

「え? 永田なの」

「そう、よりによって永田」

「やばいね、絶対陽太くんにしとくべきだったのに」

「ねぇ〜」

「でもしょうがないよ」

「そうだね」

「そうそう」

すずはその話を廊下で聞いていた。



「ねぇ、聞いてる?」

陽太はふと我に返った。

「うん、聞いてるよ」

「じゃあもう1回私が言ったこと言ってみて」

彼女はそう言って、にやりと笑った。

「同窓会に出るか? ってことでしょ」

「めっずらし、よく聞いてたね」

目をまんまるにした彼女を見て陽太は笑った。

「ひっどいなぁ」

彼女は陽太の顔を見つめてこう言った。

「……会いたくないの?」

「うん、会いたくないかな」

陽太は目を閉じた。

「あいつらの中の俺って、俺じゃないんだ」

「うん」

「俺は、ずっと笑ってたいわけじゃないんだ」

「人間、誰だってそうだよ」

「うん」

陽太は目を開けた。

「ごめん遮って。続けて」

うん、と頷いて陽太はこう言った。

「俺が笑わないと、あいつら笑わないんだ」



「陽太、来ないね」

「……まぁ、そうだよな」

「久しぶりに会いたかったね」

「ゆーてここもいつぶり?って感じだけど」

「だな」

「うん」

「すずちゃんもうすぐ結婚するの?」

「そう! なんだかんだでね」

「素敵だね、おめでとう」

「ありがとう」

「俺はもうすぐ名古屋に転勤するんだ」

「大変だねぇ」

「やりがいはあるよ、当分独り身かな」

「案外次だったりしてね」

「その時は連絡してね」

「……わかった」



何枚かあるスライドショーを3人は眺めていた。その中の一枚は教室にいる英美、すず、和久田、陽太が映っていた。


その中でたった1人、陽太だけが笑っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三つ星 彼方 紗季 @kanatasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ