卒業旅行
第5話
旅行行こうよ、と充が言ったのは、三月中旬、卒業式の三日後だった。いつ来ても薄暗い充の家で、堅羽は光を求めて、窓際の四人席で本を読んでいた。
「急にどうした」
「急じゃないよ。だって俺ら、卒業したし。最近はほら、だいぶあったかくなってきたし」
「ほー。お前には不審者の才能があるみたいだな」
「どういう意味?」
「春になると虫とか獣が一斉に出てくるだろ。それと一緒。不審者も暖かくなると出現するようになるらしいぜ」
「なんだよそれ。なー、かたはー」
再び本を読み始めた堅羽の肩を、充が不満そうに揺する。あまりにも激しく動かすので耐えきれなくなり、堅羽は本を置いた。
「旅行って言ってもなあ。俺引っ越し準備で忙しいし」
「宿も移動手段も俺が考えるよ」
「荷造りも面倒だし」
「手ぶらで行って現地で全部調達しよう」
「そもそも金ねえし」
「俺が二人分払うからさあ」
「ってか男二人でどこ行くんだよ」
「ネズミーズランド?」
「却下」
カップルと家族連れとその他団体様で構成された人混みを思い浮かべて、堅羽は大きなため息をついた。大昔に一度だけ、母と訪れたことがある。
ネズミーズランドは千葉県にあるテーマパークで、季節を問わず来園者でごった返している。そわそわして楽しんだ気がしないので、正直あまり好きではない。
「なんでさ。堅羽はいいの? 卒業旅行しなくて」
「卒業したら旅行しなきゃいけない決まりなんてねえよ。まあ近場なら考えなくもないけどな」
「それはだめ」
「なんで」
「もう買っちゃったから、チケット」
モウカッチャッタカラ、チケット?
堅羽は頭の中でたっぷり十秒、その言葉を反芻した。モウカッチャッタカラ、チケット。モウカッチャッタカラ、チケット。モウカッチャッタカラ、チケット――。
「マジかよ!」
目を丸くする堅羽を見て、向かいの席に腰を下ろした充が照れくさそうに頬をかいた。
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