【TS転生】ナンパが原因で美少女に転生したんですが、何故か男装女子に愛されています
氷見錦りいち
序章
1話 美少女に転生したばかりですが、また転生しそうです。
「儂が呆れるまで三分とかからなんだわ。なかなかの好記録じゃの、このたわけ」
俺――
ハリセンの柄を喉奥にまで突っ込まれて。
目の前には、鋭い視線で俺を見下ろす張本人――どこぞの歌劇団から出てきたようなダークスーツにハットを被った、俺でなきゃ男だと見間違いかねない男装の麗人。手には握ったままのハリセン。
一体俺が何をしたというんだ。
俺はただ、目の前の人物が男装を解いたら相当の美人に違いないと踏んで、お茶でもどうかと誘っただけじゃないか。
「目を醒ましてまずやることが粉かけなんて、手順を間違えるにも程があるじゃろ。他にやることはないのか」
やたら古めかしい口調で麗人は、どうもおかしな事を言う。
魅力的だと思った異性に声をかけるのは当然ではないか。声をかけ、関係を築かねば、どんな美人もただの
「普通は声をかけるにしても『ここはどこですか?』が第一声じゃろうに、どこで茶を啜るつもりなんじゃ。儂の臍で茶でも沸かすつもりか? 開いた口が塞がらんわ」
物理的に塞がれているのは俺の方なのだが。
いい加減に口が疲れてきたのだが、未だに抜いてくれる気配はない。
「これじゃ先が思いやられるわ……。まあよい。さて、まずは転生おめでとう。と、現代の風潮に合わせるならそう言うべきなのかの。まったく、流行り廃りの循環が早すぎてついていけん。人間五十年とはよく言ったもんじゃな」
ひょっとしてこんなどうでもいい話が延々続くんじゃないんだろうな。
そんなことする前にせめて口から抜いてほしい。
女性に抜いて欲しいなんて、こんな形で願うとは思いもしなかったが。
「何じゃその目は。抜いてほしいのか?」
喋れない代わりに必死で目で訴える。この状況じゃ首を振る事さえ敵わない。
しかし、
「駄目じゃ」
と、無下にも断られた。
「抜いたところでどうせ
なんてこった。
これから俺は湖に沈められるのか。
「……ふむ。どうやら
どうすると言われて断る人間がいるだろうか。このままでは沈められてしまう。
引き続き目で答える俺。目と目で通じ合うとしても、せめて違う形で通じ合いたかった。
古風な男装のご麗人は先っぽをつまむと、ようやくハリセンを引き抜いた。
ヨダレの糸が柄から服に垂れそうなのを俺はギリギリで避け――そこで初めて着ている服が俺の物ではない事に気が付いた。
こんなメイド喫茶でも見かけない様な青いエプロンドレス、俺は好んで着たりはしない。見慣れぬ服装に気を取られていると、麗人は「後ろを向いて、湖を覗くがよい」と、顎で後ろの湖を指した。
「暴れん限りは落としたりせんから安心せい」
まるで湖を見ることが俺が暴れるきっかけになると暗に言っているが、ここまで来て覗かない選択肢は俺には無い。
突き落とされないか、背後に注意しながら湖を覗き込んだ。
水底まで透けて見える湖に映ったのは、怯えた目でこちらを見つめる――美少女の顔だった。
大きな碧眼、整った鼻筋、少し戸惑ったように震える唇、瞳と同じ色を帯びた絹糸の様な長い銀髪。
まるで泉の精霊か、どこぞのお嬢様だ。
泉の精霊は俺が首を傾げると鏡映しに首を傾げ、右手を挙げると左手を挙げる。口を開ければ口を開けるし、水面に手を近付けると向こうも近付け、触れると波紋となって美少女は消えた。
嫌な予感を覚えつつ、恐る恐る股に手を置いた。
無かった。
そこにあるはずの感触が、無かったのだ。
生まれた時から共にあり、時に夢の快楽と絶望の朝をもたらした、決して家出などするはずのない『相棒』が、影も形もなくなっていたのだ。
その代わり。
男子の胸をふざけて揉んでいる時のような、そんな無情な手触りが、俺の胸にもあった。
俺は――女になっていた。
「あまりに煩ければその舌を抜いてやろうかと思ったがいやはや、さすがの主も声さえ出んか。しかし、それはひとえに主が蒔いた種――因果応報じゃ」
固まる後ろで令嬢はおかしそうに続ける。
「女と見れば片っ端から粉をかけにいくような軽薄な男、見ていて気持ちよくはないわな。今なら主を呪った
……なるほど、これは夢だ。消費期限一日過ぎた弁当を食べたばっかりにこんな変な夢を見てるに違いない。こりゃ明日の体力テストは散々だろうな。夢の中で悔やんでも仕方がないが。
それにしたって、俺の夢なんだからもう少し都合よく見せてくれてもいいのに。
二人きりの静かな湖畔なんて絶好のシチュエーションなのに、なんで身体が女なんだ。
年上の美女は好きだけど、男装は好みのファッションから程遠い。あと強気な性格も。
そういえば明晰夢ってある程度はコントロール出来るんだったか。
ふむ。
「どうやったら男になれるんだ?」
「なんじゃ、男に戻りたいのか?」
「当然だろ」
「せっかくの美少女じゃぞ? それを捨てて冴えない男に戻りたいと。あれだけ片っ端から声をかけても彼女の一人出来なかった、あんな男に戻りたいと?」
夢の中とはいえ、あんまりじゃないか。
チャレンジ精神があると言ってほしい。
「ま、よかろう。そこまで言うのであれば儂が男の身体に戻してやろう」
「じゃ、じゃあ――」
「誰が今すぐ戻すと言った」
ハリセンの柄で殴られた。
「口に突っ込んだ方で殴るな! まずハリセンの使い方からしておかしいだろうが!」
「寝惚けた顔をしとるのでな。……よもやこれがまだ夢だと思ってるのではあるまい?」
「こんなのが現実であってたまるか」
「……なるほどな」
麗人は頷くと、ハリセンの切先をバットのように両手で握り、正眼の構えで柄を見つめた後、顔だけをこちらに向けて――フルスイングした。
――柄は前髪を掠め、遅れて切られた風が吹いてきた。
「神主打法とは存外難しいもんじゃな。やはり神に神主は合わんか」
背後は湖、当たっていたらと思うと恐ろしい。
いくら夢でもずぶ濡れになったら正夢になってしまう。夢でなくても結果は同じだ。
跳んできた涎を拭うため、回れ右して顔を洗う。
冷たい水が直に顔を冷やしたが、目は醒めないし、落ち着いた水面に映った顔は、洗う前後で変わらなかった。
「おはよう。目は醒めたかの?」
美少女の後ろから意地の悪い美人が水面越しにこちらを見つめる。
どうせ同じシチュエーションで見られるなら、性格の悪い美人よりも顔の悪い善人がいい。突き落とされる不安が無いからな。
認識を改めよう。
これはもう夢じゃない。
受け入れ難い、現実だ。
「現実は受け入れられたか? まあよい。否が応でも現実は変わらんのじゃから。さて、改めて説明は必要か? 今なら特別にもう一度、説明してやらんこともないぞ」
通販番組の殺し文句か。
というか、説明なんて何もしてないじゃないか。
そう伝えると令嬢は「最近の若者は、語学力の低下が嘆かわしいわ」なんて自分の説明不足を棚に上げ、そんな年寄りじみたことをいうのだった。見た目は日本人だが(耳も長くなければ尖ってもない)、エルフみたいに若いのは見た目だけなんだろうか。そう思うと、何となくここがエルフの住む森に見えてくるのだから不思議だ。
「お主は殺されて、転生した。まずここまではよいか?」
「よいところが一ミリも――俺の『相棒』共々無いんだが」
「贅肉が削がれたのはよいことじゃろ。むしろ腐り落とされなかっただけありがたく思うがよい」
そんな不幸中の幸いみたいなものを基準にされても困る。それと俺の『相棒』は決して余分な肉じゃない。
「お主は前世で色んな女子に声をかけておったじゃろ。その結果あちこちで顰蹙を買い、殺された挙句、面倒な男に言い寄られる苦痛を味わえと呪われ、女に転生してしまった。というわけじゃ。理解できたか?」
説明は理解できたが納得はできなかった。
この変わり果てた身体の前ではどんな荒唐無稽な戯言も真実に聞こえてしまうけれど、だからと言ってすぐに納得できる話じゃない。
なんだ呪いって。
大体、この身体に言い寄ってくる男なんてロリコンじゃないか。少なくとも俺は同い年以下にナンパしたことはない一度だって無い。対象は大学生からだ。
「不幸な事に呪った当人らも今頃どこかで同じ呪いに苦しめられておる。人を呪わば穴二つ。まったく可哀想に。こんな色欲魔に関わったばかりに破滅するなんて」
侮蔑するような目でこちらを見下す自称神。
「そういうわけでじゃ、男に戻りたければ儂に協力せよ。なに、難しい事は言わん。儂と一緒にその女子の呪いを解いて回るだけじゃ――まさか可哀想な女子を見捨てたりはせんよな?」
「…………」
それこそ自業自得、因果応報なのでは――と言いかけてやめた。
良心が咎めたわけではなく、ハリセンが僅かに動くのが見えたのだ。次は空振りでは済まない、そういう強い意志を感じる。冷たい湖に落ちたくない俺は首を縦に振り、恭順とは言わないまでも従順の意思を示した。
この場をしのぐためなら、いくらでも頭は軽くできる。それこそ鴻毛よりも。
そんなことを考えていると。
遠くで女の悲鳴が聞こえた。
――ような気がした。
なんとなく、そんな気がしただけなのだけれど。
気付けば俺は声のする方へ勝手に駆け出していた。
「どこに行くんじゃ――」
どこと言われても、声のする方としか言い様がない。
ひょっとしてこれが転生物お約束のチートスキルだったりするのだろうか。
だとすると、流れ的にあの頭のおかしい麗人は神になるのか――本人もそんなことをさらっと言ってたような気がするが、あんなのを神だと認めるのは何だか癪だ。証拠も無いしまだ自称神の域を出ちゃいない。
遠くから聞こえる自称神様の声を無視し、茂みをかき分けながら森を一直線に駆け抜ける。枝葉がエプロンドレスからはみ出た素肌を傷つけるが、一刻一秒を争ってる時にそんなのは気にしてる場合じゃない。
やがて開けた場所へ出た。
そこには、見慣れぬ革鎧姿の、金髪ポニーテールの女が短剣を逆手に構えて対峙していた。
相手は額に一本の長いドリル状の角を持つ、大型犬ほどの大きさの異形の兎。
その長い耳こそいかにも兎だが、しかしあの愛らしさは微塵も感じられない。
赤い目は爛々と輝き、唸りながら見せつける剥き出しの牙は鋭い。
どう見ても地球にいるような兎じゃあない。が、プレイしていたゲームの中では見たことがある。
アルミラージとかいう、序盤の雑魚モンスター――のはずだが、発する威圧感はとてもじゃないが雑魚のそれじゃない。兎じゃなくて、兎を狩るライオンだ。
しかし、だからこそ助ける価値がある。
手頃な木の枝を拾い、俺は茂みから躍り出た。
「おい、デカウサギ! こっちだ!」
アルミラージがぴくりと耳を動かし、こちらにその角を向ける。
「何してる! 危ないから逃げろ!」
遅ればせながらポニーテールの彼女が振り返り叫ぶが、俺はその言葉を聞き流した。
俺はこの理不尽な姿に転生したのだ。であるならば、あるはずなのだ。たとえそれが呪いの影響とは言え、何らかのチートスキルが。遠くから叫ぶ声が聞こえたように、窮地を脱する特別な力が。そうでなければこんな姿、ちっとも割に合わない。
アルミラージが唸り声を上げ、地面を掻く。殺気が濃密になっていくのを感じる。
潜在能力は追い詰められた時にこそ覚醒すると聞く。ならばこの瞬間にも発動する可能性はあるのだ。
「機を見て動かざるは勇無きなり、だ!」
自らを鼓舞するように叫び、枝を構え直した、その瞬間――
アルミラージの姿が消えた。
否。消えたように見えただけだった。
気付いたときにはもう、目の前にいた。
角まであと一歩の距離にいた。
だが、これでいい。生と死の間際こそ、死の淵に立たされてこそ、才能は開花する。
無根拠の自信が思考を支配する。研ぎ澄まされた感覚で、完璧なタイミングを見計らう。この枝が強力な武器に変わる。
「スキル発動!
渾身の意志を込めて叫んだ。
――しかし。
「……そんな都合のいいもの、あるわけなかろう」
「えっ――」
転生したその日、俺は天使になった気がした。
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