第30話 シアのパパ

 その夜、東京の夜景を見下ろしながらフランス副大統領であり、シアの父であるピエール・マルタンは思った。


「あのガキ殺す。絶対殺す」


 と。

 日下部家当主にまったく頭の上がらない自分と違い、ひょうひょうと”じーじ”などと呼び、鷹宮や凛子とも打ち解け談笑するクソガキ。

 まだ17歳の青二才の分際であろうことか私をお義父さんなどと呼び、気安く娘を下さい、だと?


「娘をそこらのパン屋に置いてあるフランスパンみたいに軽々しく下さいなんて言いよってからにぃぃぃぃ!!」


 最高級のシティホテルの一室、防音は完璧だ。好きなだけ叫ぶ。凛子は日下部家に泊まった。シアも泊まった。あろうことか、ゴブリンとクソガキとその妹までもが泊まった。自分だけは追い出された。


「F××K!!」


 フランス人だってF××Kくらい使う。使わなきゃやってられん。自分の名と同じ酒、レミーマルタンをグラスにドボドボと注ぎ、飲み干す。


「凛子も凛子だ! 自分の娘をあんなどこぞの馬の骨とも分からんクソガキに! なーにが、“あげたらいいじゃない”だ! 男を舐めるなァァァァアア!!」


 面と向かって絶対に言えない文句を叫び散らす。なぜ言えないかって? 凛子に捨てられたくないからに決まっている。


「フゥー、フゥー。いいだろう、クソガキ。フランスにのこのこと来るがいいさ。あの妖怪ジジィの目の届かないフランスでお前は葬る。今、決めた。厄介なのはあのゴブリンだが、四六時中一緒というわけでもあるまい。むしろこちらで引き離し、その隙に殺す」


 一瞬、先ほどのゴブリンの殺気を思い出す。──キューマとシアはボクのものだ。

 あのクソガキを殺すことができても、俺はあのゴブリンに殺されるだろう。

 いや待てよ? もしかしたらゴブリンはクソガキが死ぬのと同時にダンジョンに戻るか、あるいは消え去るかも知れん。

 だが娘のシアからは──。


「嫌われてしまうよなぁ。それはツライよ、シアぁ……」


 ピエールは泣いた。なぜ、最愛の娘の相手がよりによってあのクソガキなんだ。


「うぐぅ、ひぐぅっ」


 ピエールはただただ泣いた。クソガキを殺したい。シアから嫌われたくない。心の天秤がいつまでも揺れる。


「せめて、せめて好青年であったら……。そうだ。明日二人きりで話してみよう。万が一、そこでヤツがいいヤツなら涙を飲んで認めよう。あのクソガキの両親は立派であった。それに妹もとても中学生とは思えない落ち着きぶりと気の遣い方ができ、あれだけのメンツの中堂々とした立ち居振る舞い。傑物の卵か。

 ということはヤツにも万が一の可能性がある。だが、どうしてもシアを任せたくないと思ったなら殺そう」


 ピエールはこれを最後のチャンスをやらんと言わんばかりに決めた。そしてシアにラインを打った。

『未来の息子と二人きりで男同士の話がしたい。明日時間を作ってくれないか?』と。

 

「ッフ、この年になって人生の山場が来るとはな。明日に備えて寝るとしよう」


 ピエールは少しだけ気持ちがスッキリとし、眠りへとつく。



──


「キューマ、パパが二人で話したいって言ってるけど?」


「えー。ヤダなぁ。絶対グチグチ文句言ってくるもーん。俺は人から文句言われたり悪口言われるのは慣れてるけど、普通に言われたら悲しいんだからね」


「よしよし」


 シアが俺の頭を胸にうずめてよしよししてくれる。えへへへへ〜。


「本当に仲が良いのね。それに初めて会ったばかりの母親の前でイチャイチャできるのは流石ね」


「すみません、本当にTPOを弁えない兄で」


 綾音がペコペコと謝る。TPOって今は政府高官御用達の高級レストランの個室だ。ゴブリンが入店しても騒がれない場所だぞ。

 イチャついていい場面だろう。


「……お兄ちゃん、言っておくけど日本人の常識ではおうちとかで二人きりの時以外はそういうことしないの。まして家族の前では絶対しないの」


「ふぁーい」


「アヤネ、ごめん」


「うん、謝るなら離してあげてね?」


 ニッコリと笑う綾音に臆したシアが俺を解放する。おっぱいからの解放。おっぱいリベリオン。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんのお父さんに会ってあげたら?」


「えぇー……」


「キューマくん、私からもお願いできないかしら。あの人、おバカだけど娘への愛情は本物なの。きっと昨日も一人で悶々とどう折り合いをつけるか悩んでいたんだと思うの」


「うーん。分かりました」


 シアママがそこまで真剣にお願いするなら仕方あるまい。


「じゃあ、パパにいいよって返信する。あ、既読になった」


「はやっ」


 シアパパ、ライン画面ひらっきぱで待機してたな。


「場所は荒川の河川敷だって」


「なんで? まぁいいけど」


 ブロロロロロー。黒塗りの高級車が荒川河川敷へと向かう。


「あれね」


 似たような黒塗りの車が止まってる。こんなところに二台もロールスロイスが止まってるのはめちゃくちゃ目立つ。


「まぁ行ってくるわ」


「うん、気をつけて」


 いや、うん、あなたのパパに会いに行くだけだから気をつけてはおかしいと思うんだけどね。


「お兄ちゃん、失礼のないようにね?」


「キューマくん、うちのバカ旦那をよろしくお願いね」


「キューマ、ボクの部下である自覚を持って舐められないように頼むよ」


 それらに適当に相槌を打ちつつ、シアパパの下へと向かう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る