世界最強の探索者が望んだダンジョン完全攻略の報酬はS級詐欺と呼ばれる俺との結婚だそうです

世界るい

第1話 世界最強のお嫁さん!

「お兄ちゃーーん、記者会見始まっちゃうよー! 起きて起きてっ」


「うーぃ」


 昼寝。なぜ人はクーラーの効いた部屋でゴロゴロしているといくらでも寝れてしまうのだろうか。

 ほーら、目を瞑れば──。


「お兄ちゃん?」


 綾音あやねの声が1トーン低くなったので、仕方なくベッドから転がるように起き、リビングへと移動する。


「あー、夏はやっぱ麦茶よなぁ。昼ご飯はソーメンにしようかねぇ」


 ソファーに座り、冷えた麦茶を飲みながら夏とお昼ごはんに想いを馳せる。


「もう、お兄ちゃん。お昼ごはんのことより、ほらもう始まるって」


 目的を忘れていた。流石に同業者としても日本国民としてこの会見は見とかねばなるまい。


『えー、まずは史上初、世界初のダンジョン完全攻略おめでとうございます! 率直に今のお気持ちを!』


 丁度始まったようだ。画面の向こうで記者が興奮した様子で偉業を達成した女性に質問している。

 この世界にダンジョンが生まれて半世紀あまり。誰も成し得ることができなかったダンジョン完全攻略という偉業。それが昨日ついに成し遂げられた。

 全局がこの会見を流しているし、同時通訳で世界中に放送されているであろう。


「いつ見ても綺麗だね、シアさん〜。いいなぁ、お兄ちゃんは生で見たことあるんでしょ?」


「ま、そりゃ同業者だしな」


 日下部くさかべシア。欧州と日本のハーフで画面越しにも分かる艶やかな金髪をロールアップにする女性。女優、モデルと並んでも遜色のない容姿。記者会見ということもあり、フォーマルな装いだ。

 二つ名を【戦女神ヴァルキュリア】と言い、日本に12人しかいないS級探索者である。

 そしてこの偉業を以て彼女は世界最強と称されることになるだろう。


『嬉しい』


 一言。

 全然嬉しそうに見えないが、まぁシアはそれが通常運転だ。淡々としており、感情の起伏や表情の変化が乏しい。やや天然で独特のキャラだがそれが逆に人気に繋がってるようにも思える。

 年齢は確か22歳だった気がするが、見た目はそれより大人びているし、キャラはそれより幼く感じる。


『ありがとうございますっ。では、次にズバリ【戦女神ヴァルキュリア】さんは、完全攻略の報酬を決めていらっしゃいますか? 兼ねてより政府、ダンジョン庁のトップ、大臣が公約されていた超法規的報酬。国家が全力を挙げて一つだけなんでも・・・・叶えるという報酬のことですっ』


 目玉政策の一つだ。司法、立法、行政を超越し、その個人の願いを遂行することに国が全力をあげる。そんな無茶苦茶な報酬ニンジンをぶら下げてまで国は史上初、世界初のダンジョン完全攻略というものを手に入れたかった。


「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃんはシアさんが何を望むと思う?」


「さぁな。シアは何考えているかさっぱり分からんからなぁ。それにこんな記者会見で発表されないと思うぞー。調整・・が入るはずだからな」


「うわー。夢がないなぁ」


 仕方あるまい。流石になんでも叶えるとは言ったものの、倫理的、道義的なすり合わせは必要なはずだ。


『ずっと前から決めてる』


 今にもそれを発表しそうな雰囲気に会場が一気に騒がしくなる。


『あの、それは一体どういう』『──えー、それに関してはダンジョン庁より改めて正式に発表させて頂きたく──』


 記者の質問を遮ったのは、ダンジョン庁トップの荒木大臣だ。文化人にはとても見えないイカツイ顔とガタイ。探索者としても最高位のS級まで上り詰めたおっさんだ。


「ハハハ、見ろアヤネ、荒木さんめっちゃ焦ってるぞ」


「荒木大臣かわいそ。でも、私は記者さんを応援する。だってシアさんの本当のお願い聞きたいもん!」


『この場で本人から言わさず、ダンジョン庁が後で発表するのは政府介入であり、公約違反であり、ひいては全探索者、およびそれらを支持する人々への裏切りだと思いますが、荒木大臣見解をお聞かせ下さいっ』


『超法規的なことであり、前例のないことですから、然るべき場所、然るべきタイミング、然るべき形式で──』


『それが今じゃないんですかっ!? 史上初、世界初のダンジョン完全攻略の会見っ! 当然目玉政策であった超法規的報酬は国民の関心事ですっ! なんでもアリを謳っていたのだから、この場で発表して何がいけないんですかっ!? それともその約束は嘘だったんですか!!』


 周りの記者もそうだ、そうだと囃し立てている。荒木さんは同じ答弁を繰り返し、随分と苦しげな表情だ。心中お察しします。

 そして、会見はここで一旦休憩を挟むことになり、別の記者からの質問で再開となった。


『ここまでの道のり、痛い思い、苦しい思い、様々な困難があったことと思います。【戦女神】さんは、どうやってこの頂きまで辿り着いたのでしょうかっ』


『ご褒美をもらうため』


「ククッ。アヤネ、シアの会見は面白いなぁ~」


「うん。シアさんのキャラすごく好き」


 他人事であるため、とても楽しく見ていられる。俺が荒木大臣の立場だったら胃に穴が開いて血を吐いていたかも知れない。


『そのご褒美とはズバリ、超法規的報酬のことでしょうか!?』


『うん』


『ですからぁ、その質問は──』


 荒木さんがまたしても身を乗り出し質問を遮った。


「にしても、おかしいなぁ」


「何が?」


「いや、S級探索者は当然完全攻略にもっとも近い位置にいる探索者だから、超法規的報酬については事前に聴取されているはずだ。このタイミングで調整が終わってないなんてことがあるか?」


「さぁ。シアさん秘密にしてたんじゃない?」


 なるほど?


『では、荒木大臣に質問ですが、荒木大臣個人、あるいはダンジョン庁は事前に【戦女神】さんの超法規的報酬を把握されていたのでしょうか?』


 と、思ったら記者の人が聞いてくれた。


『……私個人、及びダンジョン庁は、特にS級探索者については事前に聞き取りはしています。が、回答は任意であり、正式決定されるまでは変更が可能ということもあり、今現在の【戦女神】の報酬内容については把握しておりません』


「ふーん。もしかしたらシアはアヤネの言った通り無回答だったのかもなぁ」


『では、【戦女神】さんに質問です。ダンジョン庁からの事前の聞き取りでは何と答えていましたか?』


『それは──』


『秘密。……秘密って答えてた』


 荒木さんが慌てて遮ろうにもシアはマイクを握り続ける。


『なぜ秘密にされていたのでしょうか!? それは政府介入により、歪められる可能性を考慮してでしょうか!?』


『……恥ずかしかった』


『はい?』


 シアの頬がポッと赤くなり、モジモジと恥ずかしそうにしている。


「ダハハハハっ。この会見最高っ。シアが恥ずかしがるところなんて初めて見たし、全世界が見てる中、この空気を作るなんてまた全世界にファンが増えたな」


 あー、面白っ。


「えへへ~。シアさん、可愛い。でも、恥ずかしがるお願いってなんだろうね」


「ハッハッハ、想像もつかん。おにぎり100個食べたいとかじゃないか?」


「もう、お兄ちゃん。ふざけないで、そんなの超法規的報酬じゃなくてもいくらでもできるよ!」


 ま、冗談だ。しかしS級探索者となれば政府へのパイプも強いし、資産だってエグい額貯まる。そんな超法規的報酬などに頼らずとも大抵のことは達成できてしまうのだ。


「んー。シアのことだから総理大臣になりたいとかじゃないだろうしなぁ」


「それはなさそうだね。なんだろう。気になる~」


 ちょっと俺も気になってきた。シアがずっと前から決めていて、恥ずかしくて言えなくて、超法規的報酬に頼らざるをえないご褒美。


『……私はこの会見を結婚会見にする』


『!? 一体どういうことですかっ!!』


 突如シアが放ったその一言にざわつきが大きくなる。こんなのは会見の台本にはなかっただろう。


「ほぇー。シアさんって恋人いたんだね。まぁこれだけ美人で強くて、性格も可愛いならいて当然かぁ。お兄ちゃん知ってた?」


「いやまったく。意外にもほどがある。でもこの流れで結婚会見か──ッ!? 分かった!」


 閃いた。閃いてしまった。


「えっ、何が!?」


「報酬だよ。つまり、シアは報酬でS級探索者をやめてお嫁さんになりますって引退宣言をするんだよ!」


「はぇ~。なるほどぉ~」


 妹は感心したように兄を見つめている。俺はフフンとドヤ顔で前のめりになっていた体をソファーに沈め、勝利の美酒麦茶に酔いしれる。


『報酬──【不死者ノスフェラトゥ】、葉山はやま久馬きゅうまのお嫁さんにして』


「ぶぶぶぶぅぅぅーーーー!!」


「お、おに、おに、おにいちゃんっ!?」


 麦茶が陽光を反射し、薄汚れた虹がかかった。妹はテレビと俺を交互に指さしあわあわと慌てている。

 落ち着け妹よ。【不死者】葉山久馬さんかぁ。俺と確かに同じ名前と二つ名だ。だが、単なる偶然だ。だって心当たりがない。


「やったぁぁああ!! シアさんがお姉ちゃんになる!! うわーーー!! お姉ちゃんって呼んでいいのかなっ!! わーーーい!!」


 妹はとても嬉しそうに抱き着いてくる。いやいや待て待て。聞き間違いの可能性と言い間違いの可能性と人違いの可能性がある。


『それは正式に超法規的報酬の内容ということでとらえてよろしいんでしょうか!?  それと、念のため【不死者】葉山久馬さんとは、あの一年前に最速でS級探索者となった現在高校二年生の葉山久馬さんのことでしょうか?』


『うん』


 うんじゃねぇよ。何ちょっと顔赤らめてんだよ。俺17歳だかんな。結婚できる年齢じゃないからな。いやそもそも付き合ってもないどころか、お友達かどうかも自信がない。同業者、顔見知りレベルだ。


『お二人は以前から交際をしており、結婚できる年齢を超法規的にスキップして、歴史に残る結婚をしたかったということでしょうか!?』


『交際はしてない。恥ずかしくてあんまり喋ったことない。私、ちょっと年上だから年上嫌いだったら困るからご褒美でお願いしようと思った』


 うーーーん。ううーーーん。どこからどうツッコめばいいのだろうか。ん?


 prrrr。prrrr。


「……イヤなタイミングで掛かってくるなぁ」


「誰?」


「佐々木局長。はぁ、しゃあない。もしもーし」


『久馬くん。いいかい。君は自ら望んで、【戦女神ヴァルキュリア】と結婚するってことになる。シナリオはこうだ。同じS級探索者として憧れており、いつしか恋心を抱くように。自分がダンジョン完全攻略をしたら告白しようと思っていたが、結果として彼女の気持ちを知ることができ、相思相愛だということが分かった今、幸せの絶頂です。17歳で結婚という超法規的な措置をして下さった日本国には感謝しかありません。未熟ではありますが、どうかこれからの二人の成長をあたたかく見守っていただけますと幸いです。付け足すところあるかい?』


 確定事項かのように伝えられちゃったなぁ。


「差し引くところしかないけど?」


「いいかい、久馬くん。事実として伝えるが今ダンジョン庁をはじめ、霞ヶ関全体が緊急会議を開いてる。議題は【戦女神】からの国難ご褒美をどう乗り越えるか。論点は一人の人間の気持ちを無視して、その人生を変えることが道義的、倫理的にセーフかアウトか、だ。結論はアウト。こと恋愛、結婚、人の気持ちといったものが大きく絡むセンシティブなこの事案は人権侵害、思想侵害に当たる可能性がある。しかし、民法731条で定められた婚姻適齢、いわゆる18歳以上でしか結婚できませんよは超法規的に無視させることができる。誰の目にも分かりやすい超法規的な報酬だ。これは非常に政府としてもありがたい。しかし、これが超法規的である期間は限られている。久馬くんが18歳になってしまった時点で法律で認められてしまい、報酬の意味をなさない。聡い久馬くんなら分かるね? キミと彼女が相思相愛で今すぐ結婚することで国が救われるんだ。頼む、久馬くん、この国を救ってくれ』


 すっげー真剣に国を救ってくれって頼まれてしまった。

「お兄ちゃん、どうするのー? 多分だけど、あのヘリコプター記者さんだと思うよ?」


 高さ35階。タワーマンション最上階の窓からちょうど目線と同じ高さでヘリコプターが飛んでいる。その手にはカメラが握られており、遠くから続々とヘリが飛んできてるのが分かる。


「あー。とりあえずカーテンしめとくか」


 一応全面マジックミラーになっているから部屋の中は映っていない筈だが、ブンブン飛び回るヘリを視界に入れるのが嫌なのでカーテンを閉めておく。


『久馬くん。頼む』


「ハァ。政府に貸しイチだから」


『ありがとうっ。ありがとうっ。君はこの国の影の英雄だっ』


 佐々木さんマジ泣きしているみたいだ。この交渉ネゴシエイトを政府高官のお偉方に囲まれながら胃に穴が空く思いで臨んでいたのだろう。ちょっぴり同情はする。


「ハァ……。気が重いなぁ」


「えぇ、なんでシアさんだよ!? 最高じゃんっ!」


「いや、俺も他人事だったらそう言えるんだけどなぁ。いきなり結婚だもんよ。初めての恋人とか、初めてのデートとか、甘酸っぱい青春みたいなの全部すっ飛ばして結婚よ?」


「でも私はシアさんのことお姉ちゃんにしたいから結婚賛成~。それにもう決めたんでしょ。ウジウジするのは男らしくないよっ!」


「いや、そうは言ってもウジウジさせてくれよぉ~」


「それに、シアさんとデートしたり青春してけばいいだけじゃん! そうじゃなかったら一生恋人とかできなかったかも知れないんだよ! むしろ良かったと思わなきゃ!」


 妹よ、お兄ちゃんそんなにモテないように見えるかなぁ。一応国内最速のS級探索者っていうちょっぴりすごい記録を持ってるんだぞー?


「はいはい。お兄ちゃん。着替えるよっ」


「……へーい」


 妹に急かされ、しょうがなくフォーマルな服装に着替える。S級探索者ともなればそういう場に出ることもしばしばあるので用意はある。


「んじゃ、行ってくる……」


「ついていこうか?」


「いや、お前の顔を全世界にさらしたくない」


「え。私ってそんなひどい顔……?」


「そういう意味じゃない。最高にカワイイ妹だ」


「へへへ~。知ってる~。はい、じゃあお兄ちゃん頑張って!」


 背中を押される。


「うーい」


 部屋を出て、エレベーターを待ち、一階へと降りる。マンションのエントランスにはこの短時間でよくもここまで集まったなという数のマスコミが待ち構えていた。


「葉山さーん、葉山さーん。【戦女神】さんの会見は見られましたのでしょうかっ。彼女の超法規的報酬はアナタとの結婚だそうですっ! もし万が一、葉山さんにその気がなかった場合、国は超法規的手段を用いて、無理やり結婚という形を──」


 記者がこれ以上騒ぐ前にマイクを受け取り、叫ぶ──。


「俺はシアのことを愛しているっ!! 彼女と結ばれる日をどれほど焦がれたかっ!! 同じS級探索者と言えど、片や最強と名高い【戦女神ヴァルキュリア】、片やS級として最弱と言われている【不死者ノスフェラトゥ】! 叶わない、叶わない恋だと思っていた! 俺がダンジョン完全攻略を成し遂げた日には想いを伝えようと思った! 奇しくも彼女と俺の気持ちは同じだった!! 俺は今すぐ彼女に会って伝えたいっ!! 俺と結婚してくれ、とっ!!」


「はい。結婚します」


 全員が振り向く。そこにはシアがいた。会見会場から数十kmは離れているだろうに、どうやら走ってきたようだ。僅かに乱れた髪、上気した肌……、俺のことを見つめてくる潤んだ瞳。うーん、エロい。

 俺とシアの間にいたマスコミがどき、左右に並ぶ。その光景はまるでモーゼのヴァージンロードだ。その道をゆっくりとシアが歩いてくる。


「キ……、キース」


 どこぞの記者が小さく、本当に小さな声でその言葉を口にした。それは波紋のようにその場にうねりをもって伝わり、瞬く間にキース、キースと大合唱になっていた。

 俺はこのとき、こいつら本当にネタのためにようやるな、と。マスコミ魂に呆れと感心を抱いていた。


「ねぇ、キューマ」


 俺のシャツの胸元をキュっと掴み、上目遣いになるシア。整った顔立ちと相まって、その火照った表情は──やはりエロい。仕方ない俺も17歳男子高校生(童貞)だ。エロに頭が支配されて何が悪い。悪くないっ!

 ゴクリ。生唾を飲み込む。


 シアが半歩近付き、俺たちの全身が触れ合うまで残り数ミリだ。


「キューマ、私をお嫁さんにして下さい」


「……あぁ、シア結婚しよう」


 そして俺たちの唇は重なり──。


 SNSは大炎上した。

 



 

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