弱視の白百合

七川 / Nanakawa

第1話 図書館

「ねぇ佐仁美。図書館って、大学の中で一番素敵な場所だと思わない?」


 私の耳元で、 璃里はそう囁く。思わず緊張する。璃里はもっと、自身の美しさを自覚すべきだ。璃里にとっては難しいことだろうが...

 気を取り直して、発言に対する理由と尋ねると、璃里はこう言った。


「静かでゆっくりと時間が流れているし、私が安らげる数少ない場所なの。それに、膨大な数の本のタイトルを眺めていると、それだけ数多くの人生が存在するんだって神秘的な気分になれる」

 本当に頭がいい人は、そういう価値観を持つのか。それにしても、後半は彼女なりの冗談なのだろうか。


 補足説明をすると、璃里は弱視だそうだ。いつも白杖を使って構内を歩いている。本のタイトルほどの大きさの文字は読めないはずだ。


 とりあえず、「そうなんだね」と小声で返事をする。何というか、 璃里は人にどう思われるかを一切気にしていないように見える。いつも白杖を片手に、白のワンピースを着ていて、凛とした姿勢を保っている。目立つことを恐れない。これも、弱視の影響なのだろうか?自分の不謹慎な憶測にばつが悪くなっていると、私の目を真っ直ぐ見つめ、璃里は告げた。


「ねぇ、また何か余計なこと考えるでしょ?」


 読心術でもできるのかといつも思う。。私の心を見透かすように、璃里は続ける。


「私だって、叶うなら何の変哲もない人間に生まれたかった。けど、この通りほとんど目が見えないし、元々他人が私を見てどう思うかなんて、気にしたって仕方がないもの。なら、自分の思うように生きるのが合理的じゃない?」


 こんなに簡潔で明瞭な回答をされると、頷くほかない。

 いつも白い服ばかりを着ているのは、彼女の趣味だと思っていた。実際は敢えて目立つことで、周りの注意を惹き、自身を守ろうとしているのかもしれない。


「そうね、大いに賛同するわ。私には少し難しそうだけどね」


「それにね、目が見えない分人を見る目はあるつもりなの。あなたほど素直で単純な女の子って珍しいわ」


 褒めているのか馬鹿にされているのか、分からない。悪意はないのだろうが、こうも明け透けにものを言われると、なんだかむっとする。

 どう返事しようか悩んでいると、微笑みながら、再び耳元でこう囁いた。


「だから、これからも私の友人でいてくれると助かるわ、佐仁美」


 すべての反論を諦めるように、分かったからと彼女に告げる。7月のにわか雨が止んだ空には、これまで見たことないほど、鮮明な虹がかかっている。この美しさを、聡明な君にどう伝えればいいのか、私はまだ知らない。


 文学部首席。20歳にして、英語に中国語、ドイツ語、アラビア語など約10か国語を、璃里は話すことができるらしい。彼女はならこの景色をどう表現するのだろうか。いつか私の言葉で、この景色の美しさを知って欲しい。

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