第14話 下劣を煮詰めたようなクズに反撃を開始する
俺達はすぐに行動を開始した。
まず警察に行って強姦の被害届を出そうとしたが、ことはそう簡単ではなかった。
幾度にも渡って希美は自分の意思で相手の元に向かっていることから、お互いの合意があった上でのことだと見なされてしまう。
仮に強姦被害で訴えたとしても、身体に相手の精液が付着していたり等の物的な証拠がないと立証は難しい。
それに加えて事情聴取や現場検証などで根掘り葉掘り警官に聞かれることになるし、事件解決から裁判の決着まで数年かかるのが当たり前だと聞かされて俺達は途方に暮れた。
「ごめんねアッ君……せっかく決心したのに」
「……大丈夫だ。警察が当てにならないなら、違う角度から攻めればいいのさ」
公的な機関が当てにならないなら、人同士の繋がりでなんとかするしか無い。
「違う角度?」
まずは一手。俺は一人の人物に連絡を取り、そこから数日かけて準備を整えた。
◇◇◇
俺達は奴を呼び出し、こんなことはもうやめて欲しいとお願いするという
「こんな所に呼び出してなんのつもり? 俺、こう見えて忙しいんだわ」
「お話しした通りです。こんな関係はもうやめにしたい」
「ふーん。俺は別にそれでもいいけどねぇ。もしかしてあんたは彼氏?」
「初めまして。俺は希美の彼氏です。お願いします。望まぬ関係を強要するのはやめてください」
「ん~、何の話だろうなぁ。俺はナニもしてないよw」
俺は言葉を尽くして脅迫で希美の体を要求するようなマネはこれ以上やめてほしいと懇願した。
正確にはそういうフリをした。
初めは中々尻尾を出さなかった。
当然だ。自白すれば自分がレイプ犯だと認めることになる。
「どうすれば許してもらえますか?」
「え~、何を言ってるのかなぁ。いきなり呼び出されて訳が分からないなぁ」
それからすっとぼける強姦魔から
根気よく根気よく……それから1時間以上にも及ぶ『強者に怯えたカップル』を装っていると、少しずつ少しずつ、野郎は俺への語尾を強くしていった。
俺は敢えて証拠映像のことを何も言わなかった。
正直、あの映像だけでも証拠能力は十分あると思う。警察が動かなかったのは、単に面倒くさいだけだったのだろう。
俺達が結婚前であることと、希美が進んで奴のところに出向いていることを盾にとられて、暗に泣き寝入りして面倒を起こすなと言われたようなものだ。
この野郎に証拠があることや、強姦被害で訴えるなどの言葉は、敢えて使わなかった。
何故か?
俺の狙いは、弱々しく自分達を演出することで、『こいつらは訴え出る度胸もない。どうとでもなる弱者』であると思わせる事だ。
「お願いします。俺達結婚するんです」
「ふーん♪」
奴の目付きが、いっそう嫌らしいモノになる。
「どうしようかなぁ。希美は自分から望んで俺の所に来てたわけだしぃ。俺達ラブラブだった訳だしねぇ。君の男としての魅力が足りなかったんじゃないのぉ? 俺は一度も強制したことはないんだけどなぁ」
脅迫の証拠もメールの文面として残っているのに。 やっぱりだ。こいつ狡猾ではあるが非常に頭が悪い。
「それは今は問題ではありません。いま話しているのは、あなたと希美との関係を解消する為に、遺恨が残っていては不安だということです」
「ふーん♪」
すると調子に乗り始めた奴は、自分のやったことをドンドン白状し始める。
こちらが弱い立場で、どんどん尻込みして弱気なフリをし始めると、俺を弱者と侮ったのかとうとう自白した。
「つまり~、君の彼女があられもない姿を晒しているところが世の中に出回っちゃったら困るわけだ? そのために俺は自分から抱かれにきた女との動画を消さなくちゃならないなんて不公平じゃない?」
「それは脅迫ですか?」
「そう聞こえる? 別にそういうことではないんだけどなぁ。君たち結婚してないんでしょ? だったらこれはタイミングの問題であって、俺が責められる
「そんなこと……」
「あれあれ~、さっきまでの強気な態度はどうしたの?」
動画をばら撒くぞと脅してくる奴の言葉に屈したフリをしていると、自分が希美をどんな風によがらせたのか嬉々として語り始めるではないか。
「お前の女良い具合だったぜwww。もう俺無しじゃ生きられないくらいなwww」
ヤツは希美を完全に肉奴隷として堕としたと思い込み、自分無しには生きられない身体になっていたはずと息巻いていた。
「……」
「……」
こちらを煽るように馬鹿にした態度で見下してきた。
だがこれも作戦のうち。こちらが打ち負かされている態度をしていると、奴は調子に乗ってどんどん挑発してきた。
そんな男を、俺たちは何の感慨も湧かないような冷めた気持ちで見ていた。
奴の挑発的で侮辱的な発言は、俺達の心をまったく動かすことはなかった。
正直言って、何の悔しさも湧いてこない。
何故? それは――
「なに? なんにも言い返せないってこと? ウケるww。お前彼女のこと愛してないだろ。何かいってみろよww」
「……」
「希美はどうなの? 俺としては彼氏のいる女を抱くのは心苦しかったんだけどさぁ。自分から抱いて欲しいって懇願してきたよね?」
「……」
「なんか言ったらぁww」
「はっ」
俺は奴に向かって鼻で笑った。
「あ? なにその態度?」
「希美。こいつの言葉を聞いてどう思った?」
俺はわざとこの男に指を差して嘲笑してみせた。
明らかに眉間に皺が寄り、不快感をあらわにする。
「大丈夫、なんの感情も湧いてきません」
「は? なにそれ?ww」
本人を目の前にして分かったことは、例え社会的地位や肉体的条件、セックスのテクニックや経験人数が豊富で、女を簡単に落とせる手練手管を持っていようと、目の前にいるのは人の道に外れた外道。
人間ではない。
希美はそんな男を心底侮蔑した顔で吐き捨てるようにこう告げた。
「この人の言っている事、もう何の感慨も湧いてこないです」
「ああ、そうだな。本当に何も感じない」
能面のように感情の籠もっていない表情は、隣で見ている俺でさえゾッとするほど冷たい。
野郎は俺達が急に態度を変えたことに、明確な不快感を示した。
「なにそれ。俺の方が優れてるって何度もベッドで叫んでたじゃんwww」
「あ、それ、もう解決しました」
「は?」
抑揚のない声。感情のこもらない無機質な声。表情を一切変える事なく淡々と告げる希美。
そこになんの熱量も入っていない、心底どうでも良さそうな声は、強気だった男の表情に苛立ちを浮き上がらせる。
会話が噛み合わないことに眉をひそめる男。
だが希美は相手の話など聞く必要は無いと言わんばかりに、自分の言うべき事だけを口にする。
「私、もうアナタに興味がありません。ベッドの上で言ったこと、ひと言残らず全て撤回します」
「は? なんだよww あんなによがってたくせに――」
悔し紛れに言い返そうとする男。しかしその表情は、自分に媚びていた怯える女ではなく、冷たく、無慈悲な、ゴミを見る目をした能面のような顔だったことに眉をひそめていた。
「未経験の刺激に狂って大切な人に酷い裏切りをしてしまった。私は一生掛けてその償いをします。あなた如きを憎んでいる暇はありません」
発覚当時の時点では俺よりも遙かに優れたセックステクニックを有していた。
だが、希美が求めているものはそこではなくなった。ただそれだけの話だ。
彼女を満たしてくれる全てにおいて、俺の方が圧倒的に優れていることと、それを強い意志で選び取るという精神的な成長を遂げたことでハッキリと言い放つことができたのだ。
「は? 意味わからん意味わからんっww なにそれ負け惜しみ?www」
「負け惜しみくらいにしか考えられないんですか? 本当に分からないんですね。哀れです。なんでこんなのに傾倒していたのか。本当に、私ってバカでした」
それから何度やり取りしても希美の態度を崩せなかったことに段々イラついてくる男の態度はなかなかに痛快だった。
希美は、本当に強くなった。泣き顔で言いなりになるしかなかった以前とはまるで別人だ。
はっきりと、強い意志を持って自分の本心を伝えていた。
「私、今とっても幸せなんです。あなたに与えられていたものが、心底陳腐に見えるくらい、とっても幸せなんですよ」
満面の笑顔。それは希美の心からの仕返しだったのかもしれない。
「うっざっ。ダルいわ。ダルいダルい……。そういうの萎えるわマジで。二人でメロドラマやってろよ。クッソ寒いって」
希美があまりにも淀みなく答えるので言い返すことができず、語彙力の低い言葉で吐き捨てることしかできていないこの男は笑えるほど哀れであった。
希美が一切の迷いなく、一切の表情を変えることなく無慈悲に言い放ったことに相当こたえたらしい。
「こうしてみると、本当に身体が大きいだけのチンケな男だったんですね。私、本当にバカでした……こんなものに
ボソリと呟いた一言は、何よりもヤツにダメージを与えたらしく、恨めしげにこちらを睨み付け始める。
奴は煽り耐性が低かったのか? 恐らくそうではないだろう。
後で詳しく話すが、この野郎はこの程度の修羅場はこれまで何度もくぐり抜け、脅迫した女達を屈服させてきた筈だ。
それは、脅しの材料に使っていた動画が絶対の切り札になっていたことと、徹底的に心を打ちのめして反撃する気力を無くさせてきたからだ。
「つまり、動画はバラまかれてもいいってことだね。自分達の立場分かってる? 俺がこのスマホをちょいと操作するだけで、お前ら終わるんだぜ?」
「それは俺達にとってもう切り札にはなり得ませんよ」
「は? 何言ってんだテメェ。ばら撒かれてもいいってこと?」
それはようやく垣間見えてきた奴の本性。余裕なく、人を食った態度はどこへやら。
明確に怒りを含んで脅しに掛かってきた。
「それは脅迫ですか?」
「うんにゃ。独り言だよー」
「そうですか。ではもう十分しゃべって頂いたので、終わりにしましょう」
「なんだと?」
証拠はもう十分だろう。
この会話は全て録音してある。俺は切り札を切った。
「もう俺達の用事は済みました。あとはプロの方に全てをお任せします」
「は……ぁ?」
別の席に座っている人物に合図を送ると、ツカツカとこちらに歩み寄ってくる。
「初めまして」
「あ? なにあんた」
背丈は180以上はあるだろう。紺色のスーツをビシッと着込み、パリッとしたオールバックの髪型。
歴戦の老将を思わせる年輪の刻まれた皺のある顔。
腹の内に幾重にも戦略を潜ませているのような鋭い眼光が強姦魔を見下ろしていた。
その男性の
誇り高い理想をあらわし、 太陽に向かって明るく力強く咲くひまわりは、正義に輝く象徴であり、自由の羽ばたきを連想させ、傾斜を敏感に表示する
「私は弁護士をしておりまして、今の会話は全て聞かせていただきました。もちろん一部始終録音済みです」
「……は? え、は?」
まさか弁護士を呼んでいるとは思わなかったのだろう。
男の顔に初めて明確な焦りが生じる。
「続きは是非私の事務所でお話ししませんか? お互い冷静な話し合いをしようじゃありませんか」
歴戦ベテランの凄みとでもいおうか。
体が大きく喧嘩慣れしていそうな強姦魔の男が顔を引きつらせていた。
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