第11話 考えてみれば些細なことだから
じゃあ希美は許されて良いのか。
俺は許す。許したい。
恐らく、他人の評価は異なるだろう。
徹底的に断罪すべきと、他の男に心を移した女など絶対に許してはならないと。
慰謝料でもふんだくって、徹底的に落としめて、間男共々地獄の底に叩き落として溜飲を下げるべきだと。
人生の全てを粉々に打ち砕いて、一生かけて罪の意識を反省させて復讐するべきだと。
例えば俺の父親あたりならそう言うかも知れない。
親父も昔お袋に浮気されて離婚した過去を持っている。
自分を裏切る女は許してはいけないと、今でも時折酒の席で愚痴をこぼしているからな。
確かに裏切りは許しがたいと俺も思う。
最初はレイプから始まった不本意な関係だった。
だけど、その後誰にも相談せず、ただ流されるままに犯され続けて自分から快楽に嵌まっていってしまったのは、社会人となった大人のすべき判断ではない。
解釈の仕方によっては、希美は俺との関係よりも自分の立場を守ることを優先し、あろうことかレイプ魔の陰茎が与える快楽にハマった下半身脳な害悪女と言うこともできてしまう。
もしも希美の口からヤツを擁護する言葉が一瞬でも吐き出されたら、その場で別れを切り出していたかもしれない。それくらいギリギリの精神状態での判断だった。
勿論、希美の心情を考えれば、真逆の意見があるのも事実だ。
それだけ強面の凶暴な男に脅されて、心神喪失状態となった希美が、逆らうことができずに従うしかなかったという言い方もできる。
希美の証言から、この男の他にも仲間がいるのは容易に想像できるし、もしかしたら仲間内で輪姦する計画があってもおかしくない。
酷いことをされないために。社会的地位を守るために、俺に嫌われるという、希美にとって最悪の未来にならないために、流されるしかなかった。
しかも動画で脅されてもいた。彼女にとって恐ろしかったのは、俺との関係性を壊されることだったのだから。
あの男に気に入られる自分を作り上げることでしか自分の精神を守ることができなかった。
それしか思いつかなかった。それしか考えられなかった。他の選択肢が一切見えなくなるほど、精神的に追い詰められていた。
必死の精神防衛の一種だったのだ。自分自身が壊れてしまわないために、自分を保つだけで精一杯だったのだ。
例えそれが、単なる問題の先送りにしかならないと分かっていても。
先送りにすることでどんどん未来が最悪に向かっていくと分かっていても、怖くて誰にも打ち明けることができなかった。
おそらく、それは誰にも理解されない浮気した側の言い訳かもしれない。
臆病を通り越して害悪でしかないのかもしれない。
そんな女が俺を愛していると口にして、それを真っ向から信じることは、客観的な視点で見れば愚かしい事だろう。
だがそれは、希美と長く付き合ってきた俺が、一番先に気が付いていなきゃいけなかった。
希美のパートナーとして、日々の変化によく目を凝らして気が付くべきだったのだ。
だって希美にとって最も恐ろしいことは、俺を失うことだったのだから。
俺が守らなきゃいけなかったのだ。
だからこそ、俺にだって責任はある。
だからこそ、俺は希美を許したい。
だからこそ、レイプ犯に希美を渡して良い筈がない。
だからこそ、希美だけを責めることはできない。
だからこそ、希美は許されて良いはずだ。
だからこそ、罪を許して一緒に成長する選択をとるべきだ。
だからこそ、その不幸に見舞われた希美はもうこれから幸せになるべきだ。
だってそうじゃないか。
人生80年。
あるいは2万9200日。
あるいは70万800時間。
あるいは25億2288万秒の……長い長い長い長い長い、とても長いスパンで考えれば、その中で只の一度も過ちを犯さずに生きていられる人間などいたりしない。
その膨大な時間の中で、只の一度も判断ミスをしないで生きていける人間など、存在しないのだ。
長い人生の中で、間違った考え方や、他人に理解できない精神状態である時期があったとしても良いじゃないか。
たった2ヶ月というほんの一瞬に過ぎない短い時間だ。
そして人間は学んで成長する生き物だ。
他人から指摘され、追い詰められ、苦しめられて叩きのめされて打ちのめされて、やっとやっとやっとやっとやっとの事で気が付く大切な事だってあるはずだ。
俺も今回の事で心の無常性を学んだ。
どれだけ長い年月で培った絆も、横入りしてきた下劣な人間にあっさり奪われてしまうことを……。
ついさっきまで俺達の関係性が壊れるなんて、想像だにしていなかったのだから。
希美自身だって、まさか自分がレイプの被害者になるなんて思わなかっただろう。
被害に遭うことはどうしようもなかったとしても、その後でとった行動が不味かった。
それを許してしまうことは、彼女を増長させることになるのか?
俺はそれを否と断じる。
希美にも、それを学んで欲しいと思っている。
そして何より、俺自身が学んで行かないといけない。
「俺は希美の罪を許す。その代わり、その罰として、一生を俺に捧げて。俺の側で幸せになって。希美が一番好きな男が俺になるように努力するから」
「ありがとう……。本当に、ありがとう……、今は、この言葉に説得力はないかもしれない。でも、アッ君のことが、世界で一番大好きです。愛しているのは貴方だけです。あの人に抱いていた感情は、幻影だったと気が付きました。許して貰えるチャンスがあるなら、何だってしますっ!」
「分かった。もう何も言うな。君は、自分から罪を告白してくれた。それがあっただけで、俺には十分だよ」
そうだ。希美は、自分で罪を告白した。
それこそが、俺達がやり直しができるチャンスに恵まれている証拠の筈だ。
誰にも、どんな人間にも、どんな高尚な理論をもった賢者にも、絶対に絶対に、絶対に否定することができない真理だ。
俺はそれ以上言葉を重ねるのをやめ、泣きはらしてうなだれている希美の唇に熱いベーゼを被せた。
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