第32話 赤いフードの少女

街のざわめきの中、俺たちは制服のシルエットを探しながら進んだ。


「あのカフェっぽい店とか、見てみる?」


田中さんが提案して、俺たちは人混みを縫うように歩く。

店内は落ち着いた雰囲気で、冒険者や旅人が行き交っていたが、制服の者はいなかった。


「ここにはいないか……次はあの市場かな?」


俺は地図を見ながら答えた。

市場は活気にあふれ、多彩な商品が並ぶ。けど制服姿は見つからない。


「まだ朝だけど、今日は長丁場になりそうだな。」


田中さんが小さく息をつく。


「でも、みんな無事だって信じてる。最後まで諦めたくない。」


俺もそう思った、そんな時だった。

俺はどこかからか視線を感じた。

視線を感じた方を見ると、そこには街に来てから1日目に見かけた赤いフードの人が屋根の上に座っていた。


「……あれ、初日に見かけた人だ。」


俺は田中さんに小声で指さす。

心なしかその人は笑っているように見えた。


「あの人、この前カルミアを探してる時にもみた。」

「そうだっけ?」

「うん。たしか、あの時も少しだけ見えたんだ。すぐいなくなっちゃったけど……」


田中さんが頷く。思い出すように、少し目を細めて赤いフードの人を見つめた。


俺たちが見ているのに気づいているはずなのに、その人は逃げるでも、手を振るでもなく、ただじっと屋根の縁に座っていた。

風が吹いて、フードの端が少し揺れる。


「どうする?……近づいてみる?」


俺は田中さんに尋ねた。

田中さんは少し考えてから、頷いた。


「気になるなら、行ってみよう。でも慎重にね。変な人だったらすぐ逃げよう。」

「うん、そうしよう。」


俺たちは視線を外さずに、赤いフードの人物がいる建物に向かって歩き始めた。

まるでそれを待っていたかのように、その人物は屋根から軽やかに地面へと降りた。

そして、こちらを見たまま、くるりと背を向け、ゆっくりと細い路地の方へと歩き出す。


「……やっぱり誘ってる?」


俺はそう呟いて、田中さんと顔を見合わせた。


「ついて行ってみよう。」


その人の歩調は速すぎず遅すぎず、まるで“ついてこい”と言ってるみたいだった。

人混みのざわめきが遠ざかっていく。

入り組んだ路地の先、そこに何があるのかはわからない。


路地を何度か曲がった先、赤いフードの人物は小さな広場の手前で足を止めた。


俺たちとの距離はもう、数メートル。

あと数歩で、背中に手が届きそうなほど。

静かな風が吹き抜ける。

人通りもほとんどなく、広場にいるのは俺たち三人だけだった。


赤いフードの人は、ゆっくりと振り返り、フードを外した。


「初めまして…だね。」


年齢は俺たちとそう変わらないくらいの女性。

栗色の髪が風に揺れ、整った顔立ちには不思議な余裕が浮かんでいた。

瞳は、こっちの様子を楽しむように細められていた。


俺は無意識に息を呑んだ。


その瞳は、どこかすべてを見透かしているような…そんな不思議な色をしていた。


「……俺たちのこと、知ってるのか?」


俺が一歩踏み出しながら訊ねると、彼女はにっこりと笑って頷いた。


「うん。藤井翔吾、田中美憂。名前も、顔も……少し前から見てたから。」

「見てたって、いつから……?」

「君たちが山の洞窟から出て来た時。たしかカルミアを探してた時にも、ボクの姿を見たよね?」


田中さんが息を呑む。


「やっぱり、あの時も……」


彼女は小さく笑いながら、目線をそらすように空を見上げた。


「今日はね、伝えたいことがあったから君たちの前に姿を見せたんだ。」

「伝えたいことって…?」


彼女は少し離れると、急に頭を下げた。


「この前は、ボクの弟たちが本当にすみませんでしたぁ!!!」

「「え……弟たち?」」


俺と田中さんは声をそろえて聞き返した。

彼女は顔を上げ、バツが悪そうに頬をかきながらも、しっかりと俺たちの目を見た。


「うん、あの……もしかして覚えてない? 森で、ちょっとだけ君たちが甘樹果を採るのを邪魔した4人組の黒フードの子たちがいたでしょ?」

「え……ああっ、AN4!?」


田中さんが目を見開いた。

彼女は軽く頷いた。


「AN4なんて言う名前は知らないけど、勝手につけたのかな。まぁそうだね。あれがボクの弟たち。……って言っても、血は繋がってないけどね。あの子たちとは、ちょっと特殊な関係なんだ。」

「特殊な関係……?」


俺が眉をひそめると、彼女は肩をすくめて、気まずそうに笑った。


「その話は次にあったら多分するよ。そんなことよりもさ、ボク君の仲間のいる場所、2人だけだけど知ってるよ。聞きたい?」

「…うん。」


彼女はふっと笑って、広場の端にある石の縁に腰を下ろした。風が静かに吹き、彼女の赤いフードがひらりと揺れる。


「翔吾くんたちの仲間……たしか、女の子が2人だったかな。少し前に、城の地下室で見かけたよ。」

「城に地下室があるの…??」


彼女は頷いた。


「城に入る前の庭のどこかに地下室への入り口がある。その中に連れて行かれるのをみたんだ。」

「…なんでそんなことを知っているんだ?」


俺が聞くと、彼女は再びフードを被り、笑顔で答えた。


「ボクさ、実はギガーズの関係者なんだ。」

「でもギガーズって余計な事を喋ったら殺されるんじゃなかったっけ…?」

「その事、清孝から聞いたのかな?まぁ、ボクの場合は、殺しにくる人を毎回返り討ちにしてるだけさ。」

「え?」


俺たちは思わず顔を見合わせた。


「毎回返り討ちにしてる……って、つまり、強いってこと?」


彼女は少しだけ得意げに笑った。


「まあね。ギガーズの連中は見た目ほど弱くない。でも、私が相手ならそう簡単には勝てないってだけさ。」


田中さんが小さく息を呑む。


「でも、なんでわざわざ俺たちに協力しようとしてるんだ?」

「それはね……」


彼女は視線を逸らし、言葉を選ぶように口を開いた。


「私にも、守りたいものがあるんだ。弟たちだけじゃなくてね。ギガーズの中でも、変わりたいと思ってるやつはいる。私がその一人だよ。」


俺は少し胸が熱くなった。

敵の組織の中にだって、変わろうとする者がいる。裏切り者かもしれないけど、それでも俺たちにとっては、希望の光かもしれない。


「だから、君たちには協力したい。仲間を助けるために。」


彼女の言葉は真剣そのものだった。

俺たちは無言で頷き合い、彼女の言葉を信じようと決めた。


「…ねぇ、名前なんて言うの?」


田中さんが聞くと、彼女はふっと微笑み、ぽんと俺たちの肩を軽く叩いた。


彩音あやねだよ。」


静かな広場の空気が、少しだけ緊張感を帯びていく。


「さて、いくら私でもあまり喋りすぎたらとボスに殺されるから、ここら辺でね。」


彼女は走り、再び見えなくなった。

一瞬だけ彼女のポケットの中には輝いている紙があった気がした。


「行くか。」


俺は田中さんにそう言うと田中さんは強くうなずいた。

俺たちは新たな手がかりを胸に、動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る