地雷系シンドローム

ラム

襲来

 私の記憶の中で最も古い、5歳の頃は幸せだった。

 両親に、祖父母に愛情を注がれ、知らないことばかりの世界を冒険している気分だった。

 10歳の頃は男子をいじめて、よく問題児として厄介者にされた。

 母親が男子の親に謝る姿が印象的だ。


 15歳の頃は優等生だった。

 母に散々頭を下げさせた反省から、きっちりしようと思った。

 成績は奮わないものの、真面目な子と評された。

 

 そして20歳──


 私は引きこもりになっていた。

 度数9%のチューハイとエナドリを愛飲している。

 それだけではない。

 デパス、ロヒプノール、マイスリー、ルネスタ。

 これらの睡眠薬、抗不安薬4錠をハッピーセットと呼んで飲んでいる。

 実際飲むとハッピー……とはいかずとも気分は楽になる。

 どうしてこうなったかというと、おそらく大学受験に失敗したからだ。

 偏差値60の大学に宅浪しても入れないうちに才能が無いと思い、勉強をやめて、次第にまともに生きることもやめてしまっていた。

 それだけが原因ではないけれど。

 高校の頃までの友達とも付き合いを断ったため友達もいない。暗い部屋でハッピーセットをキメる日々。


 私はネットに深く依存していた。

 動画サイトやSNSを見て過ごしている。

 当然私のような女のことを地雷系、あるいはメンヘラということも知っている。

 そのSNSで何気なくこう呟いた。


「地雷系女子好きな人リプ」


 本当になんてことない、思いつきとすら呼べない行動だった。

 フォロワーもよく分からないアカウントしかいないのでリプライが来るとは思っていなかったし、来ても相手にしないつもりだった。

 しかし思ったのと違ったリプライが来たのだ。


「私も地雷系と呼ばれてて悩んでます……地雷系つらいですよね……」


 何故か共感された。さらにそのアカウントからフォローされたのでフォローバックをするとDMが届く。


「あの、あたし北沢アカリっていいます。年齢は19で、東京の豊島区に住んでます。これ、顔写真です。覚えてくれると嬉しいです」


 聞いてもいないのにベラベラと個人情報を明かされた。

 なるほど、これは地雷系だ。

 ただ顔写真はツインテールの可憐な少女だった。

 それに豊島区は私が住んでいる区でもあった。


「良ければお会いしませんか? 私の最寄りは千川です」


 千川と言えば私の最寄りの一つ隣であった。

 断りたいところだが、好奇心があった。なにより断るのは彼女に申し訳なく思った。

 私は快諾し、翌日早速会うことになった。


 待ち合わせ場所は池袋のいけふくろう前。

 5分ほど前に辿り着くと、写真通りの可憐な女性が立っていた。


「こんにちは! 北沢アカリです!」


 友好的な笑みを浮かべるアカリ。

 その服装は私のようなゴシックな黒いワンピースでなく、落ち着いた色調のワンピース。美のつく少女と言える。


「じゃあまずはカフェ行きましょうか! おすすめのお店知ってるんです!」


 12:30、ランチにもちょうどいい時間だと珈琲が美味しいことで有名なカフェに入る。

 注文を終え、席につくとアカリは語る。


「えーと、なんてお呼びすればいいでしょうか? カナリンさん?」


 愛沢カナというのが私の本名だけれど、SNSではカナリンと名乗っている。


──愛沢でいいわよ。

「分かりました。愛沢さんは大学はどこ通われてるんですか? 私は立教です」


 それを聞いて私は驚いた。

 アカリが大学に通っているとは。私と同じ無職だと思っていた。

 しかも私が落ちた大学に。そのことを素直に伝える。


「そうだったのですか? 今からでも立教来て下さいよ! 勉強教えますから!」

「それと、愛沢さんの投稿、見ました! すごく共感しました!」

「もう何回も読み返してます!」


 一瞬寒気がした。何が彼女をそこまで駆り立てるのだろう。


 15:00、気付くと随分と話し込んでいた。

 カフェから出ることにした。


「このあとどうしましょうね? あ、カラオケとか良いと思います!」


 特に断る理由もなく、カラオケ店へ向かうことになった。二人で狭い個室に入る。

 ただ、私が席につくと、何故か出口の方にアカリが立ち塞がっていた。

 つまり、私は出られない。

 嫌な予感がした。

 

「あのぉ-、愛沢さん、聞いて下さい」

「実は私」


「レズなんです」


 私は出口を塞いでいる理由が分かってしまった。


「愛沢さん、凄くタイプなんです。SNSのアカウントの発言全部見て、あ、私に似てるな、と……話も合いますし……ね? 私と……」


 しかし私は同性愛者ではないため、全力で断る。

 するとアカリは泣き出してしまう。


「愛沢さんなら、分かってくれると思ったのに……」

「じゃあ愛沢さん、手は出さないのでお願い聞いて下さい」

「スカートをたくし上げてください」


 ほら、結局身体が目当てだ。これじゃ野蛮な男と何も変わらない。


「ダメ、ですか? そうですか……」


 しゅん、と大人しくなるアカリ。

 私は彼女を強引にどけてカラオケ店から、アカリから逃げた。


 そして家へついた時に私の最寄りを知らせてしまっていたことに気付き、悟ってしまった。

 北沢アカリからは逃れられないのだと。


 SNSでもDMが届く。無論北沢アカリからだ。


「今日はすみませんでした! 今後もよろしくお願いします」


 そのメッセージに添えられていたのは……

 私の家の写真。


 それを見て私は、トイレへ向かい吐いた。

 吐き終わるとハッピーセットをキメてベッドに向かう。


 北沢アカリが私が思っていたのと良い意味でも、悪い意味でも違うことは今後思い知っていくことになる。

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