空は脆くて苦いラムネ味

高村明光

プロローグ "管理人" 

 5分前から突然降り始めたゲリラ豪雨は、一向に止む気配がない。俺がいる5階建てビルの屋上にも、激しく打ち付けている。濡れて風邪に罹ったら大変だが、傘なんて無いから、仕方なくジャンパーのフードでも深く被っておく。雨粒一つ一つが痛いのは、我慢するほかない。

 しかし面倒なことになったなぁ、と思いながらビル裏手側の、細い路地裏を見下す。そこにあるゴミ捨て場の横で、うずくまるように座っている彼女がいた。ついさっき会った時は元気に脅迫まがいのことまでしていたのに、今や子犬のように弱くなっているじゃないか。

 表通りを行く人々は傘を差しているなか、彼女はずっと雨に打たれ続けている。元から傘を持っていなかっただろうし、そもそもドロラーとバレている時点で、傘を買う事すらままならないだろう。心と身体の疲れも、限界に近いはずだ。だけど俺は"管理人"であるが故、助ける事は出来ない。

 彼女に向かって、届かない言葉を語り掛ける。


「なぁ、お前はどう壊れていくんだ?それとものか?」


 これまでは、ほぼ全員が壊れていく側だったが。果たして、彼女は.....。

 その時、表通りから緑の傘が一つ、彼女に近づいてきた。おや、てっきり水色のレインコートを着た男が来ると思っていたが、これは...。


「ふ、ふ、ふふ」


と思わずこらえ切れなくなった笑いが漏れる。いかんいかん、落ち着かなければ。これ以上笑い声が大きくならないよう、深呼吸を2度して、はやる気持ちを抑える。もう一度路地裏を覗き込むと、すでに彼女と緑の傘の姿は無くなっていた。

 面白い。どうやら彼女は壊れる側ではなくて側だったようだ。

 また彼女に向かって、届かないだろう言葉を語り掛ける。


「序盤から俺を驚かせてくるなんて大したもんだ。だけどこれで終わりじゃないだろ?いいや、終わらないはずさ。きっとあんたにも俺にも、もっと多くの驚きが待ってるぜ。これからも楽しませてくれよ...」


 止みそうで無かった雨はいつの間にか、小降りになっていた。

 これからの展開を期待していたその時、胸ポケットに入れておいた携帯が震えた。なんだ?これからさらに面白くなりそうだというのに。場を読まない電話を掛けた奴にイラつきつつも、通話に出る。


「もしもし、水差し野郎?」

『こちらNo.5。オJ-96において異常が発生した。手の空いている"管理人"は至急、〈クラブ〉へ集結せよ』

「悪いな。俺は今、手が離せない状況でな」

『繰り返す。こちらNo.5...』

「チッ」


 全員に向けての自動音声通話だったか、思わず舌打ちが出た。まぁ仕方がない。〈クラブ〉への緊急招集が掛かるとは、よっぽどの大事が起きたようだ。しかしせっかくの楽しみを、邪魔されたことには変わりない。〈クラブ〉についたらアイツに向かって、皮肉をたんまりと言ってやろう。そう思いながら携帯の『#』を押して〈クラブ〉へと向かった。

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空は脆くて苦いラムネ味 高村明光 @takamura_akamitu

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