青濱ソーカイ留年雑記

青濱ソーカイ

留年決定



 私青濱ソーカイは首都圏私学文系実家暮らしの学生である。大学のランクは大東亜帝国と日東駒専の間くらいだろうか。県内出身者が大半を占めるが、近隣県の学生も多い。留学生もそこそこの数いるようで、学内では彼らの出身国のことばを耳にする機会もわりとある。特別学歴で強いわけではないが、地銀や地元企業への就職者は多いようだ。

 所属の学部は私学でよく見かけるリベラルアーツ学部(当該大学や所属学生への批判ではない)などの「学部名だけ見ても何を勉強するのか分からない」タイプの学部。スポーツ推薦の受け皿学部になるのだろうか、学部には見るからに運動部っぽい学生がたくさんいる。そしてやたら出席の管理が厳しい。色々手広く勉強できる分、1つの分野に特化した勉強を積み重ねるようなスタイルではない。一応ゼミは学部必修で卒論の提出は卒業要件に含まれている。大学全体の中でもそこまで頭が良い学部とは言えないだろう。

 ではなぜそんな緩い学部で青濱は留年したのか?

 答えは簡単。単位の確認不足である。これは教職課程の影響だが、私は既に165単位を取得している。学部の卒業要件単位数は126のため、本来であれば卒業の心配などほとんどいらない。しかし、細かい単位数の規定があることを理解していなかったために卒業を逃してしまった。もしこれを読んでくださっている人の中に大学生がいたら、ぜひとも同じ学部の信頼できる相手複数人と、単位の規定について確認することをおすすめする。

 この話をM2の先輩にしたところ、「何年かに1回そういう奴はいる。たまにそのことを忘れて引っかかるんだよね」とのことであった。また、数十年前に卒業したOBも私と同じポイントで引っかかり卒業を逃したという。大学側はこのシステムを改善しようとは思わないのだろうかと思うが、大学は自由と責任が引き換えの高等教育機関である。こんなことをごねた日には自覚のない学生扱いを受けることは目に見えているため、誰にも言わずに黙っている。


 私が自分の留年を知ったのは24年の10月頃だった。授業中に突然教務課から電話があったが、授業中だったのでスルーした。すると今度は【緊急連絡】と書かれたメールが送られてきた。要するに出頭命令である。大学生活の中でも初めての経験であったからこれを放置するのはまずいと直感的に思った。私は授業後に出頭する旨を電話しようと考えたのだが、実際に廊下で電話をかけたら担当者が

「青濱さん、あなた卒業できないですよ~」

 と言った。さすがに声もことばも出なかった。

「今受けている一部の科目を卒業要件科目に変更すれば卒業できますけど、どうしましょうか~」

 と言われる。候補に挙げられた科目はいずれも教員免許状の取得に必須の科目で、私の卒業後の進路としては教員を考えていた。その選択肢を選んだ場合私は教員にはなれない。この話をされた時点で、私の留年はほぼ決まっていた。

 教務課で詳しい話を聞き、留年する場合の学費割引の資料を持って帰宅した。あの日は雨が降っていてとても寒かった。真っ白な頭だったが、あまりにできすぎた状況と天気のマッチングにため息も出なかった。帰宅して両親と話し合い、無事(?)留年が決まった私は翌朝からとてもブルーだった。高校生の頃、部活の先輩にポジティブモンスターと呼ばれていた私も、さすがに元気にはなれなかった。公立学校の正規教員の採用試験には落ちていたのだが、臨時任用(いわゆる臨任)で働くつもりでいたからだ。免許状と卒業証書をもらい、同期達と4年の地獄を抜けて教員として働けることを喜ぶつもりでいた。それが私だけ見送る側になってしまったこと、両親に無駄な負担をかけてしまうこと、みんなが働くのに自分はそうできないことで私はめこめこに凹んでいた。

 翌日、私はまず免許状の一括申請を取り下げた。免許状は年度が変わってから自分で手続きをすることになった。大学の関係部署の方々が準備を手伝ってくださるそうでとても心強い。教職課程の先生方に留年報告をして回ったところ、先生方の浪人留年エピソードを聞く機会にもなった。私達が知らないだけで案外留年した人はいるのかもしれない。人と話してご飯を食べ、風呂に入ってアイスを食べたら回復した。ちょうど蓮根が美味しい時期だった。

 それから親しい友人達に留年することを伝えた。みんな色々な反応をしたけれど、これから数十年働くことになるのだからその時間を考えれば半年の遅れなど大したことはないと言われた。確かにそうかもしれない。この間ゼミの教授にようやく自分が留年することを伝えた。教務課から聞いて知っているものだと思っていて、自分の口からは伝えていなかった。ゼミの同期達には留年のことはまだ言っていない。ゼミの教授に卒業式には嫌でなければ写真だけでも撮りに来ないかと言ってもらえたので、(私は卒業できないが)卒業式で何を着ようか考えている。使えそうなワンピースとパンプスがあるが、ワンピースがノースリーブなのでシースルーの長袖でも買おうかなと思う。パンプスは色は気に入ったが履く機会が少なくてまだ靴擦れするので、それまでの間にある程度履き慣らそうと思っている。

 それから何やかんやで年が明け、卒論も何とかなりそうな状況となり、留年生活でやりたいことを考えるようになった。

①教職の科目のせいで取れなかった科目を履修する

②バイトのシフトを増やして稼ぐ

③もしできたら旅行に行く

 教職課程の多忙さと自分の要領の悪さ、意欲のなさでいわゆる大学生っぽい学生生活をしていなかった。延長戦の半年間は、していなかったことをやろうと思う。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青濱ソーカイ留年雑記 青濱ソーカイ @sorakata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ