異世界ロボット珍道中 ~神に見込まれたおっさんが世界を救う~

水砲

第1話 彼の名は山田、おっさんである

人類が月面で生活を始めて早100年。


既に1世紀も昔のこと、人類は増えすぎた人口の生きる場所として宇宙に手を伸ばした。最初に挑んだのは当たり前のようにお月さま。

地球からもっとも近い天体であり、今となっては宇宙艇に数時間ほども乗れば到着する。


移住者たちは月面に点在する巨大なクレータを活用した全天候型の巨大なコロニーをいくつもつくりあげた。ひとつひとつが地球ならば巨大都市ほどもあり、さらにコロニー間は地下交通網でつながる。人々はエアカーやジェットトレインで都市間を行き来するようになり、まるで地続きの大陸のように人々は月を駆け回った。立て続けの開発事業の末に月は人類の第二の故郷となったのだった。


そんな世界が物語の最初の舞台。


月面コロニーの1つで生活するおっさんは非常事態警報が鳴り響く中で避難する群衆の中の一人であった。


彼の名前は山田。

小さな商社の課長職。

齢50と少し。


仕事一筋30年にして万年課長。

上司の無理難題に右往左往し部下からの訴訟に怯える管理職。


一応は管理職な外聞を拝命しているが名ばかり課長だ。実際の仕事ではお客先を右に左に飛び回ってばかり。体のいいバイプレイヤーをしている自覚は本人もあり。

精神的にも肉体的にも疲れ切った顔色はどけ茶色で肝機能が弱っていることを映し出し、薄くなった頭髪が哀愁を帯びて風にたなびいている。


ドッコォーンッ!


流れ弾で周囲が爆発を繰り返す中、おっさんも他の数人の若者たちと一緒に大きく吹き飛ばされ崖を転がり落ちた。


少女はキャーと可愛らしい声を上げながらも受け身を取り、青年はうおおぉと衝撃緩和に体をまるめる。

そして山田は「へぎょおぉ」と不明な叫びをあげカエルのように両手両足を不格好に広げた恰好でひとりだけ木に激突する。

世の中は不公平。彼に衝突を回避するための運動神経は存在しない。


誤解をおそれずに言えば50過ぎ社畜サラリーマンの肉体が運動なんて出来るわけがない。


山田はもとから運動が苦手というわけではなく(得意でもないのだが)仕事に関係しない筋肉が枯れはてただけなのだ。

彼に残っているのはひたすら営業で歩き回る筋肉、姿勢正しくきりっと腰を曲げてお辞儀をする筋肉、天気の話から時事ネタからもちろん自社製品の売り込みまでペラペラと口をついて出てくるための口と舌の筋肉。

これ以外の筋肉はこの30年間ロクに使用されていないのだからしょうがない。使わないものは退化する宿命だ。


倒れこんだ彼は地面に擦れて泥だらけの破れたスーツを見ると切ない思いがよぎる。

ついにスーツを買いなおさないとダメか。


彼はヒーローでなく軍人でもない。

戦争の行く末より明日の仕事が優先する、どこにでもいるワーカーホリックな会社員。


妻になんて言おう。

古ぼけたスーツは課長になった記念に清水の舞台から飛び降りるつもりで作ったセミ・オーダーの少しだけお高いスーツ。

仕立屋でフルオーダーなんて夢のまた夢、洋服の◯◯がデフォルトの彼には選択肢に入るはずもない。

細々と貯めたお給料で購入したスーツはそれでも既製品より随分と体になじむ。勝負の日に着るための一張羅だったのだ。

長年の相棒との歴戦の思い出がよぎり切なさが募る。だが今はそれどころではない。


緊急事態、謎の集団から突然の攻撃、避難するはずがボロボロで傷だらけの動けない体。


一緒に崖から落ちた若者二人がこちらを気にかけてくれる。

額から不格好に血が滴っている怪しいおっさんに声をかけて安否の確認をしてくれるのが心に染みる。


うん、今時の若いもんは。


よくある定型句だ。しかし彼にはわかっている。


今どきの若いもんはやさしいし丁寧・・・


心の蛇口からしょっぱい水が漏れてくる。


そう。若者たちは会社さえ離れればいい子たちなのだ。むしろ自分たちの若い頃より。理屈に合わない業務命令に冷たいだけで。

当たり前のように見せてくる素のやさしさに自分の若い頃が恥ずかしくなる。


「動けるようになったら森に隠れてみるから。俺のことはいいから君たちは早く逃げな。どうせこの崖を登るなんてこの体じゃできっこないしね」


板についたやせ我慢が口をついて出るのは管理職の性だろう。

残業も後片付けも面倒なことは全て自分の仕事。

会社で実際に働いた時間を換算すれば時給が最も低いのは自分に違いない。


見上げる崖はそれほど急な斜面というわけではない。

急な上り坂程度だから若い二人は軽々と元の列に戻れる程度。

でも俺にはムリだこの崖もアイガーの北壁もエベレストも「登れない」という点では一緒なのだ。


俺だって足が動くならもうちょい元気なら列に戻ってモブに戻って生き残りたいさ。

でもおっさんなんかを気遣ってくれる優しい若者たちを巻き込むわけにもいかないだろ?


戻るか躊躇していた若者二人は、俺が全然平気と親指を立てて笑うと軽々と坂を上っていった。

苦しい時つらい時の作り笑いはお手の物。そうさわかってる。


ふつうのおっさんが苦しい顔をしたって誰も手を差し伸べてくれるわけがない。

たとえ3徹明けの定時寸前に鳴ったやっかいなクライアントからの電話だろうと。会社で実証済だ。

簡単にスルーされるくらいなら、それに落ち込むくらいなら笑顔で恰好をつけた方がマシ。美学なんて綺麗ごとじゃなく経験則からくる悲しい諦観だ。


木の幹に寄っかかって二人に手を振ってやる。

振りかえり振りかえり俺を気にしてくれる二人。これを契機につき合って結婚しちまえばいいさ。たしかこういうの「吊り橋効果」?

未来ある若者たちに乾杯。


遠くで爆撃音が聞こえる。

昨日も夜中まで残業して、今日は必死に逃げ回ってふき飛んで血まみれ。

さすがにもう疲れた。


眠ってしまったら生きて目覚めるかなあ?一瞬不安になりそうになったのでサッサと思考のスイッチを切ってしまう。

こちとら何十年サラリーマンやってると思ってるんだ。

どんなにやっかいな仕事が週明けに確定していようとも週末ウジウジ悩んだら負けなんだ。病んでなんていられるか。


頭のスイッチをパチリと切ると、おっさんの意識はあっという間に遠のいたのだった。

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