不仲姉妹は処刑を機に極甘性活を始めたい!─魔女達は神に護られ翻弄される─

白ゐ眠子

第一章・始まりの国は大騒動。

第1話 放課後は召喚のプロローグ。

 時期は肌寒さが残る三月初旬、私は高校を卒業することがようやく叶った。

 卒業後は優しい父と妹が住まう実家を出て、遙か遠方の有名大学へと進学する。

 私の夢は大学で経済学を学んで、食堂を経営する父の仕事を手伝うことだ。

 妹も交際していた彼と同棲するそうで、近いうちに実家から出るらしい。


(卒業式も終えた。担任の最後の挨拶も終わったし、あとは図書室の小説を読み終えて返すだけと)


 教室内の空気は華やかで進学や就職活動の殺伐とした雰囲気も消え失せている。

 今は放課後、家に帰る者はさっさと昇降口まで向かっている。


「ちゅーもーく! これからカラオケに行く人、手をあげて!」

「俺、行く! 絶対、行く!」

「はいはい。アンタは人数に入っているから手をあげなくていいよ」

「よっしゃ! やっぱり持つべきものは俺の彼女だ」

「褒めてもなにも出ないよ?」

「いや、そこはおっぱいを出してくれると」

「寝言は寝てから言って」

「すみませんでした!」


 残る者は二次会と称してカラオケの予約とか、各々の目的で残っているようだ。

 私も似たようなものだから、彼等の行動に口を挟むつもりはない。

 それは在学中と同じく、当たり障りない日常と大差がないのだから。

 流石におっぱい云々は私でも引く。

 周囲の女子達もドン引きしているし。

 すると先ほど謝罪した男子が私に向かって問いかけてきた。


蒼李アオイ! お前も行くよな?」


 蒼李アオイさん、大好きな彼氏が呼んでいますよ?

 あらあら、不在のようですね。トイレにでも行ったかな?

 おや? 私を見て、言っているの?


(あの人、いつから鳥頭になったの? 私は姉の朱李アカリなんだけど? 悪知恵だけが働く愚妹と勘違いしないで欲しいよね、本当に)


 いくら妹と容姿が瓜二つだからって見間違えないで欲しい。

 私と愚妹の蒼李アオイは双子だ。それも一卵性双生児。

 体型から体質、髪型に至るまでほぼ同じ。

 髪色と持ち物、化粧の有無での違いはあるが、遠目では気づけない容姿を持つ。


(自画自賛ではないけど私って顔だけはいいもんね。すっぴんの私と厚化粧の蒼李アオイとの差分は明確だから、学校で眼鏡を外すなとか言われているけども)


 唯一の違いは目元に出ていて、私は吊り目で冷ややかな印象を与えている。

 妹は垂れ目で柔和というか、優しい聖母のような印象を与えているそうだ。


(聖母? これは彼氏の自慢かな。残酷なことにそれは真実ではないんだよね)


 お陰で私のこれまでの人生は毎度の如く酷い目に遭ってきた。

 幼少期から小学校は言うにおよばず、中学で彼氏が出来た時は見事に奪われてしまった。砂浜でハンバーガーを食べていたら、急降下で奪っていく猛禽類のように。

 私の名前と予備の眼鏡を勝手に使って、彼氏に対して私が妹だと吹聴した。

 そんな愚妹の所為で交際して一週間で私の二度目の恋は終わりを告げた。


(無視無視。残り、数ページ。クライマックスくらい静かに読ませてよ。ヒロインの将来がどうなるのか知りたいし、サブヒロインへのざまぁも気になるから)


 初恋も妹と被った所為で一瞬で終わった。

 双子だからって好みも同じとか嫌になる。それもあって彼氏と別れてからの私はオタク方面に、妹は美容方面に意識を割き、互いに干渉しなくなった……と私は思う。

 あくまで私はそうなのだけど、あの愚妹は猛禽類そのものだった。

 獲物を見つけると柔和な目元が一瞬だけ鋭くなる。

 鋭い視線が一瞬で消えると笑顔で近づいてくる。

 私は望んでいないのにニコニコと近づいてきて、


(また来たし。今度はなにが目的なのよ?)


 私の持つ小説を乱暴に奪ってしまった。


「ちょっと聞いてるの? 蒼李アオイ?」

「……」


 貸出品なのにそんな乱暴に扱わないでよ!

 つい、苛立ちから妹へと睨み返してしまった。


勇治ユウジが誘っているのに無視しないでよ」

「い、行きたければ勝手に行けば。今更、干渉しないで」

「ふん。妹のくせに生意気ね!」


 それはこちらの言い分だ。

 人の名前を勝手に使って校内での私の印象を悪くする。

 クラスメイトも空気が悪くなったと蒼李アオイの名前を口々に呟く。

 幸い、教師達は父との面談で私が姉だと知っているので、調査書ではありのままの私を示してくれている。校内の成績は学年二位を維持、生徒会には入っていなかったが有志による奉仕活動には積極的に参加した。


「まぁいいわ。愚図なアンタとの付き合いも残り数日だものね?」


 これも、周囲から点数稼ぎとか印象操作とか揶揄された。

 でも、見ている人は見ている。妹の口車に乗せられて真実を知ろうともしない思考停止共の言い分など聞く必要はないと父も常連さんも言い聞かせてくれたから。


「そうね。どんなに不細工な男が相手でも簡単に股を開く下品な妹で悪かったね」

「!!」


 これくらいの意趣返しはしてもいいよね?

 私達は元々仲の悪い姉妹なのだから。

 今更、険悪になったところでもう遅い。


「ふ、ふん! じ、自分で、分かっている、なら、いいわ!」


 というか小説を床に投げ捨てる行為だけはやめて欲しい。

 私は自分の席から立って床に落ちた小説を拾う。

 苦笑しつつ埃を払って自分の席に戻った。


(ふふっ。声が震えてる。私を演じるからそうなるんだよ。いつまでも黙って怯える私ではないよ。それに婚姻届を出す段になって問い質されるのは目に見えているし)


 言葉巧みに偽ろうとも書類を偽ることは出来ない。

 父が蒼李アオイの戸籍を取得してきて先方に手渡すから。


アカツキ君は私と婚姻するつもりのようだけど、その子は不出来な蒼李アオイだよ。最後まで愚妹に騙されて絶望すればいいよ)


 元彼は妹に誘導された末に一方的に私を罵ったのだ、自分の彼女を演じるなと。

 本気だった私の恋心は一瞬で弾け飛んだ。

 今更泣いて懇願したところで元彼への愛情は戻らない。

 教室の中央に戻った蒼李アオイは気を取り直して参加者の決を採っていた。

 アカツキ君はぶー垂れたまま私を何度も見ているが知ったことではない。

 私は閉じられた小説を開きつつ、意識を地の文へと戻した。


(栞を挟んでおけば良かった。後悔先に立たずとはこのことかぁ)


 思いに耽る最中、


「え?」


 教室の床に不可解な紋様が表出し、金色の輝きを放つ。

 意識が地の文から床へと引き込まれた私は周囲の異変に気づく。


「な、なんなの?」

「ま、眩しい!」

「身体が動かない! 金縛り?」


 教室に残ったクラスメイト。その数は二八人。

 ギリギリ扉前と廊下に居たバカップルも巻き込まれ、身体が動かないと騒いだ。

 私は上半身だけがなぜか動かせたので小説を机の上に置き、鞄に片付けていたスマホを手に取り、通話アプリを開いて、一一〇番を押した。


「け、圏外?」


 押せども圏外。阿鼻叫喚の様相を黙って見続けることしか出来なかった。

 大慌てでブレザーの内ポケットにスマホと充電器を片付けた私は、目映い輝きを最後に意識を飛ばした。



 §



 の輝きの中、私は瞼を開いて周囲を見回した。

 私達が居るのは荘厳な建物の中だった。

 蒼李アオイアカツキ君に抱き締められたまま建物奥へと視線を向けていた。それは冷たい床へと転がっているクラスメイトも同様だった。


(きゅ、宮殿? まるで修学旅行で見学した海外の宮殿みたい。というか服装も、どことなく異質。ん? か、? なんで?)


 全員の視線の先には雛壇があり、私から見て左側には満足気に微笑むドレスの女性が二人居た。二人の間には美丈夫な男性が豪奢な椅子に座って睥睨していた。

 真ん中には贅沢の限りを尽くして成長した腹と二重顎を晒したおっさんも居た。

 頭には黄金と宝石を散りばめた王冠が載っていて絵本に出てくる王様に見えた。


(見えたっていうか王様だよね。雛壇の下には偉そうなハゲが一人。左右には不躾な視線を向ける男女が複数、か)


 私は呆然としつつも冷静に、父から聞いた話を思い出し、内心で頭を抱えた。


(本当に異世界だよ! 内容は理解出来ないけど、言いたいことが不思議と分かる)


 混乱した! どうしてこうなった? いや、分かるけど。

 教室内で無為な時間を過ごした結果、集団拉致に遭遇した。

 それも好んで読んでいた創作と同じ、異世界召喚という異常事態。

 この光景に気づいているのは、私とオタク男子の三人だけ。

 理解していないのはオタクとは無縁の生徒達だけだ。


「王よ。勇者達が勢揃いしました」

「うむ。では、鑑定を開始せよ」

「はっ」


 ああ、やっぱりそうなんだ。「勇者達」と聞こえたもんね。

 命令を受けた宰相らしき側頭部に緑髪を残した人物ハゲは水晶玉を右手に持ったまま手前に転がるナオから鑑定を始めていた。

 左右の兵士を連れて水晶からなんらかの板を取り出していた。


(あれが世界共通の身分証明書ギルドカード?)


 取り出した薄い板をクラスメイト達へと手渡していく。

 クラスメイト達も鑑定されるまでは「なにを言っているの?」という様子だったが、カードを受け取ると同時に理解を示し、呆然としたまま表面に触れていた。


(あ!)


 終いには受け取った者から順に地毛が変化した。黒髪、茶髪、金髪。

 卒業で染めていた者達を含む、受け取った者達の髪色が綺麗な色彩に変化した。

 蒼、緑、茶、白、紫、金。肌の色も白人の如く一瞬で変化したのだ。

 愚妹の番になると毛という毛が蒼を纏った銀になった。


「わ、私が、聖女?」


 他の誰も持っていない特徴的な色彩になったのだ。


(つまり属性が色彩で反映されるのね。そうなると?)


 最後に私の番になった。

 カードを受け取って髪色が変化した直後、周囲が騒然となった。


「ひ、引っ捕らえよ!」

「「はっ!」」

「?」


 きょとんとした私はカードを奪われた後、左右の腕を屈強な兵士に掴まれた。

 兵士達に連行されていく私は呆然としたまま背後の会話を黙って聞く。


「今代の勇者は総勢二九名でした」

「うむ。処刑の日程は任せる」

「はっ」


 こうして私はあっという間に異臭漂う地下牢の中へと投げ捨てられた。


(父さんの言った通りになった。処刑の日程とか命じていたよね。そうなると私、殺されるの? なんか嫌だなぁ)


 後悔したところで手遅れ。

 地下牢で膝を抱えた私は静かに天井の一点を見つめたのだった。



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