お米戦隊スイハンジャー

こーの新

お米戦隊スイハンジャー


 都内某所の地下深く。ちまきの妖精と角餅の妖精がソファにグデッと寝転んでいた。


「にこまる、暇ふく」


「にこも暇にこ。さやかたち、早く来て欲しいにこ」


 いつもより長い二匹だけの時間。暇を持て余した二匹の妖精は気だるげに身体を起こす。そしてソファの前に設置されたローテーブルに向かうと、二匹のために用意されていた三色団子にかぶりついた。パック詰めされたこれは近所の小さな和菓子屋のもので、二匹の最近のお気に入りだ。


「ふっくりんこ、玄米茶いれてにこ」


「にこまるがいれれば良いふく」


「にこの方がお姉ちゃんにこ!」


「俺の方が成績良かったふく」


「そんな学生時代の話を持ち出されても今は無効にこ」


 二匹はしょうもない喧嘩を始めた。しかしカンカンという音が聞こえてくると動きが止まった。外階段を慌てたように下りてくるこの足音。二匹は表情がぱぁっと明るくなった。


「おはよう」


「おはようにこ!」


「さやか! 遅いふくよ!」


「ごめんごめん。いつもより小レポートに書きたいことが多くって。びっしり書いてたら遅くなっちゃった」


 オーバーパンツにダボッとしたパーカーを合わせた緩いスタイルで現れたのは、秋風さやか。大学からの帰りにここ、お米戦隊スイハンジャーの本拠地に立ち寄ったのだった。


 申し訳なさげに顔の前で手を合わせて謝るその姿にあざとさも感じる。だがそこが良い。さやかが持つ優しさと可愛らしさはこのチームに必要不可欠なのだ。


「今日はバイトもないし、ちまき作るよ」


 さやかがリュックから米粉を取り出しながら笑いかける。さやかは先ほどの三色団子を販売している和菓子屋でアルバイトしている。そしてその合間に二匹が好きそうなもののレシピを師匠から学んでいるのだった。


「やったにこ!」


 ちまきが大好きなちまきの妖精、にこまるはくるくると飛び回って喜ぶ。しかし対照的に、ふっくりんこは頬を膨らませた。角餅の妖精も、頬を膨らませると焼き餅のように丸々と膨らんだ。


「お餅が良いふく」


 ふっくりんこの拗ねたような声に、さやかは手のひらを差し出した。その上にちょこんと舞い降りたふっくりんこの頬をつつくと、ふわりと微笑んだ。


「お餅は今度のお休みに作ろうね。あさひさんといぶきも誘って、一緒に食べようよ。ね?」


「分かったふく」


 ふっくりんこがコクリと頷くと、さやかは満足気に頷いてキッチンに向かった。ふっくりんことにこまるも手伝おうと隣をスーッと飛んでいく。しかしさやかが手を洗い終わった瞬間、けたたましい警報音とともに部屋中が赤く染まる。


【スイハンジャーよ、出動要請だ。頼んだぞ】


 亀さんの無駄に良い声が部屋のスピーカーから、そしてさやかの腕に着いたポン菓子柄の時計から響く。


「了解しました。一合、出動します。ふっくりんこ、にこまる、行くよ!」


「ふく!」


「にこ!」


 部屋を飛び出した一人は階段を駆け上がり、二匹はそのあとを追うようにスーッと飛んでいった。




 さやかたちが現場に着くとそこにはお茶碗の怪人、チャオワンがいた。お米を食べなくなった人間のせいで仕事を失ったお茶碗が怪人と化したのだった。


 周辺の家屋が破壊され、人々が逃げ惑う。さやかはその様子にキュッと唇を噛んだ。


「さやか! 悪い、遅くなった!」


「あさひさん!」


 背中のリュックを揺らして全力疾走で駆け込んできたのは、峰あさひ。女子サッカー部エースのその足はチーム一の速さを誇る。あさひは短髪に付けた黒いカチューシャがズレていることに気がつくと、ひょいと直した。


「いぶきは?」


「まだかかるみたい」


「おっけ。それじゃあ先に二人で行くか」


「うん!」


「頑張るふく!」


「応援してるにこ!」


 物陰に隠れて応援するふっくりんことにこまるに向けて頷いた二人は、左腕に付けた時計を胸の前にかざす。


「変身!」


 声を合わせた二人の周りに光が満ちる。そして光が弾けて消えると、さやかは白地に緑のラインが入ったアクタースーツを、あさひは赤のラインが入った色違いのアクタースーツを着ていた。首元にもそれぞれ緑と赤のスカーフがひらりとはためく。


「今日はたらふく食わない気だな! スイハン一合!」


「カレーもチャーハンもペロッと平らげる! スイハン二合!」


 二人は名乗って早々に駆け出すと、それぞれチャオワンに蹴りを食らわせた。両側から強烈な蹴りを食らったチャオワンがよろけると、一度体勢を整えた二人はビルの外壁を蹴ってパンチを繰り出した。


「はぁっ!」


「とりゃあっ!」


 チャオワンはその固いボディで二人の攻撃を受け止める。弾かれた二合がもう一度勢いよく突っ込んでいって蹴りを食らわせようとするが、チャオワンはそれを飛び退いて避けた。案外素早い動きができるらしい。


「二合、離れて!」


 空から響いてきた一合の声に、二合は即座に反応してチャオワンから距離を取る。

 一合は壊れかけの家屋の屋根の上でかりんとう型バトンを両手に握って立っていた。緑色のスカーフ翻すと、そのまま飛び上がってチャオワンの上に飛び上がった。そしてそのままバトンを振りかざす。


「降りしきれ、オカキアラレイン!」


 技の名前の通り、チャオワンの頭上からおかきとあられの雨が降る。目にも止まらぬ速さで降ってくるそれは名前の残念感とは裏腹に、生身の人間が食らえば一撃で天に召される威力だ。


 チャオワンはそれを茶碗型らしくくり抜かれた部分で受け止めると、飛び上がってその全てを一合に向かって放り投げた。


「うわぁっ」


 スイハンジャーは滞空時間が長いだけで飛べるわけではない。一合は避けることもできずに自分が出したおかきとあられに身体を打たれる。チャオワンが放り出したときのスピードで放たれているため威力は半減しているが、もともとの堅さは変わらない。かなり固く作られているため、未就学児が投げても当たれば痛い。お米戦隊本部に設置された戦略会議室とアイテム開発室の総力を挙げて考え開発された、いわば悪意の塊である。


 墜落した一合を二合がギリギリのところでキャッチする。目が回っている一合を見てギリッと歯を噛みしめた二合は、一合をがれきの陰に隠すと玄米茶カラーの散弾銃を構えた。二合はアクタースーツの中のキリッとした目でチャオワンを見据える。


「酔いしれろ。あま酒ショット!」


 二合が引き金を引けば、あま酒を寒天でコーティングした弾が勢いよく発射される。オカキアラレインより威力は弱いが、ここにもまた英知が結集されている。


 チャオワンがあま酒弾を避けようと飛び上がると、あま酒弾は急に角度を変えてチャオワンを追撃した。下からぷにぷにした柔らかなあま酒弾に打たれたチャオワンは拍子抜けして弾に目を向けた。柔らかなあま酒弾はその瞬間を待っていたかのように弾け、溺れるほどのあま酒がチャオワンに降りかかった。


 これこそ共同開発チームの英知の結晶だった。多くの実証実験を重ね、一番高い確率で弾けるように計算した硬さの寒天をコーティングに使用しているのだ。


「キャウアァ」


 チャオワンは奇声を上げながら思い切り地面に叩きつけられた。あま酒が目に染みる。


 二合がチラリと一合に視線を向けると、一合はまだふらついていてまともに戦えそうにそうにない。


「仕方ない、一人でやるか」


 二合がもう一度散弾銃を構えると、チャオワンはヨロヨロしながらも立ち上がる。そしてスゥッと大きく息を吸うと、勢いよく息と同時にカピカピに乾いたご飯を吐き出した。彼の所有者がまだ米を食べていたころに茶碗に残したまま時間が経過してしまった。まだお茶碗だったチャオワンは乾いていく米の悲鳴を一番近くで聞いていることしかできなかった。


「うわっ!」


 突然の攻撃を体勢を崩しながら躱した二合は、地面にズサッと滑りこむ。チャオワンはもう一度息を深く吸うと、立て続けに二合に向けて乾いたご飯のつぶてを放とうとした。


 しかし、チャオワンは突然前かがみに倒れ込んだ。二合は転がって避けたが、チャオワンの後ろに立っていた人影を見て頬を膨らませた。


「お待たせしました」


「三合! 危ないだろ!」


「二合なら避けられるでしょう?」


 涼し気な声で言い放った彼は青のラインが入ったアクタースーツを身に纏い、その首元にも一合と二合とお揃いの青のスカーフがはためいている。


「二人とも、喧嘩はしないで」


「一合! 大丈夫か?」


「うん、迷惑かけてごめん」


 ようやく戦線に復帰した一合も合わせて、これでようやくスイハンジャーが勢ぞろいした。三人は目を合わせると、よろよろと立ち上がろうとしているチャオワンを見据えた。


「今日はたらふく食わない気だな! スイハン一合!」


「カレーもチャーハンもペロッと平らげる! スイハン二合!」


「焼きおにぎりの常備に適量! スイハン三合!」


 それぞれが決めポーズを決めると、恥ずかしそうにもじもじしてしまう。本部が考えたキャッチコピーにはいつまで経っても慣れそうにない。


「我ら、お米を愛するお米の味方! お米戦隊スイハンジャー! お米を失った悲しいお茶碗さん、助けてあげるから待っていて!」


 一合がアクタースーツの中で真っ赤になりながらも決め台詞を言い切る。それと同時に、三人は駆け出した。一合は右、二合は左、三合は正面からチャオワンに突っ込んでいく。


「逃さない! ビーフンワイヤー!」


 三合は唯一黒い手袋が装備されている。そしてそれには手の甲側に煎餅型ディスクが装着されている。三合から飛び出したそこから飛び出したビーフンを模したワイヤーがチャオワンをきつく締めあげていく。


「あまり動かないでください。千切れます」


 三合の言葉にチャオワンはワイヤーを千切ろうと動きをさらに激しくする。しかし、暴れれば暴れるほどにワイヤーはチャオワンの身体をきつく締めあげていく。


「だから言ったじゃないですか。あまり動くと千切れますよ、あなたが」


 チャオワンは身動きを取ることもできず、三合の言葉でそんな気力さえも失ってしまった。そしてそこに、一合がパンチを、二合が蹴りを同時に食らわせた。バタリと倒れたチャオワンを見て三人が顔を見合わせる。


「ふっくりんこ!」


「ふく!」


 一合に呼ばれたふっくりんこが近くのがれきの陰から姿を現した。三人が左手を差し出したその上にちょこんとふっくりんこが座ると、ふっくりんこが光り始めた。そして原型が分からなくなるほど柔らかくなると、背中から風船状の薄い膜が膨れ上がった。


「かますふく!」


 ふっくりんこ自身が必殺技を繰り出すための武器となる。しかしふっくりんこ自身が幸せでないと変身できないという特性がある。ふっくりんこは三人と出会ってからは幸せな日常を送っているから変身できたが、出会った当初はそんなことは不可能だった。


「汝よ、米を一生のパートナーとし、甘みが強いときも弱いときも、粘り強いときも弱いときも、共に歩み、他のものに依らず、賞味期限が二人を分かつまで、愛を誓い、米を想い、米のみに沿うことを我らお米戦隊の前に誓いなさい!」


 三人の声が揃う。チャオワンがビーフンワイヤーに絡まりながらもその言葉に激しく頷くのを見た一合はアクタースーツの中で小さく微笑んだ。


「降り注げ! 幸せのライスシャワー!」


 三人が右手を天に掲げると、天から祝福のように生米が降り注ぐ。あっという間にチャオワンの器に生米が溜まると、三人は勢いよく腕を振り下ろした。


「フィナーレ!」


 その言葉と共に地面から噴き出した赤い光がチャオワンを包み込む。そして器の中のお米がホクホクと炊き上がると、チャオワンは幸せな悲鳴を上げて縮んでいく。最終的に普通のお茶碗に戻ったそれを一合が回収した。


「にこまる、後は頼んだ」


「まかせるにこ!」


 にこまるはキュッと縮こまると、一気に身体を広げて笹の中に包まれていた光を溢れさせた。その白い光が壊れた街に降り注ぐと、みるみると街が元の姿に戻った。


 街が元に戻ると、人々が戻ってくる前に三人は変身を解除した。そしてすぐにその場を離れると本拠地へと足を向けた。


 三人が立ち去った跡地に現れた緑色の作業着の人々。その背中には〈ノーライス、ノーライフ〉とカタカナで縦書きされている。




【諸君、大義であった】


 亀さんの声が部屋中に満ちる。さやかはキッチンに置いた背の高い丸椅子に、あさひはソファのふっくりんことにこまるの間に、そしてもう一人の長髪の青年はモニターの前に置かれたふかふかのデスクチェアに座りながらその声に耳を傾けた。


 本来は司令官である亀さんのために用意されたその椅子に堂々と座る彼は、越いぶき。スイハンジャーの最年少、スイハン三合である。それにもかかわらず一番良い椅子に座ることができる態度の大きさがある。一合がキッチンの自前の椅子が好きだったり、あさひがふっくりんことにこまるの間に座りたがったり。そんな人たちでなければ雷を落とされていただろう。


【本日の給金もまた口座に振り込んでおく】


 スイハンジャーたちはアルバイトである。


 米農家出身で米に対する愛情があることを条件に大学生に募集をかけて、この三人を集めたのだった。


 お米戦隊は米の消費を促すための企業である。スイハンジャーを組織するための戦略会議室やアイテム開発室などの特設チームがある以外にも、米の品種改良や米を使用した料理や菓子の考案を担うチームなどを有する。表向きは、というより、米を巡って怪人が現れない限りにはただの米を愛する企業なのだ。


 怪人が現れればスイハンジャーに救ってもらう。米の消費を促すことになれば商売繫盛が見込めるため、スイハンジャー事業にも注力している。ふっくりんことにこまるは開発チームに開発された生物であり、二匹をモデルにしたグッズの売り上げは上々だ。


 ちなみにそんな企業がバックについているのだから当然と言えば当然のことだが、三人が必殺技に使用したおかきもあられもビーフンも食べられる。あれには緩衝材にならない程度の薄い膜が巻いてあるため、戦闘後は回収して食べられる仕様になっている。最近は食品ロスにもうるさい世の中だ。あま酒も消費期限が切れているものしか使っていない。


 あの〈ノーライス、ノーライフ〉という文言を背負った作業員たちはパートの回収担当の職員だ。回収したものは社内で美味しくいただいている。だがやはりおかきもあられもビーフンも堅い。歯が欠けないように、食べるときには注意が必要だ。


【また次も頑張って欲しいのだが、何か改善して欲しい点はあったか?】


 現場の声を拾い上げる優良企業でもあるため、離職者が少ないこともこの企業の売り込みポイントだ。


「はい。滞空中にも機動力が欲しいです」


【確かにな。現状、着地は自由落下に任せている。攻撃を加えられればひとたまりもないだろう】


「はい、まさに今日それを実感しました」


 さやかが遠い目をすると、励ますようににこまるがさやかの元に飛んで行った。


【承知した。開発チームと相談してみよう。また実装のための実験に協力してもらうことになるわけだが、大丈夫だろうか?】


「大学の授業と和菓子屋のバイトに影響がなければ」


 スイハンジャーは出動と実験協力のときにのみ給金が発生する。さらにみな、ただの大学生だ。大学と、生活を支えるバイトを優先したいのは当たり前である。


「じゃあ、いぶきがやれば? バイトしてないし」


「あさひさん、私もバイトをしていないだけで暇ではないのですが」


「二人とも、喧嘩しないで欲しいふく!」


 睨み合う二人の間にふっくりんこが割って入る。何故か犬猿の仲な二人に手を焼くのもいつものことだ。さやかとにこまるは苦笑いを浮かべた。


【ではまた連絡する】


 亀さんも呆れたようにため息を吐いて通信を切る。


「ほら、二人とも。これからちまきを作りますから、それまでに仲直りしてくださいね?」


 さやかは二人に声を掛けてキッチンに向かう。にこまるがその手元を覗き込む。


「美味しいものを作ろうね」


「楽しみにこ!」


 さやかとにこまるは微笑み合うと、ボールに米粉と砂糖を入れて混ぜ始めた。


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