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  • 「息巻く」という言葉には、どうしても「ケンカ」のイメージが私には付きまとうので、あまり使いたい言葉ではありません。言葉の持つニュアンスとしても、「前向き」であったり、「向上心」を感じさせるような言葉ではないと思います。

    記者の語彙の選択の問題なのでしょうか?校正、校閲も引っ掛けることなく記事にしたのでしょうか。

    「言葉は時代とともに移り変わるもの」という事は分かってはいるのですが、やはり違和感があることは否めないと思います。

    作者からの返信

    いつも有難うございます。🙇‍♂️

    私は新聞社でどのようにして記事が出来るのか、詳しいことは知りません。
    校閲する部署もあるのだと思います。
    とはいえ、一番問われるのは、書き手の語彙力ではないでしょうか。

  • 少子化対策を「考えたい」との社説、ぜひ考えて、提案してほしいものだなぁ、と思います。

    統計上は「婚姻家庭」における平均こども人数は上昇傾向にあると聞きます。つまり、「結婚」した人は、「子供を作りたい」と思っており、実際に子供を作っているわけです。

    では何がボトルネックになっているか、というと「結婚」する人たちが減っている、という事です。なぜ「結婚しない」のか、という事にはいくつも理由はあるかと思いますが、一番は、「結婚して生活していく」だけの給料をもらえない、というところにあるのでは、と思います。人間の生態として、婚姻の選択権は社会的制限がなければ、”Female Choice”で、動物学的には女性が選択権を保有しています。

    マッチングアプリなどで出会いの場が広がると、いわゆる「恋愛偏差値の高い男性」がたくさんの女性とひとときの恋を楽しむため、一度、「恋愛偏差値の高い男性」を知ってしまった女性は、自身の内的レベルを下げることが難しく、「恋愛弱者の男性と結婚するくらいなら、独り身の方がまし」という事もあるのかもしれません。

    東京都の「異性愛者」に対する結婚サポート事業が、LGBTQ団体の強い批判を受けて中止となりましたが、「人口減少対策」とすれば、本来そこに力を粗粗くべきだと思っています。

    そういう点で、過去の「お見合い」制度、国力を維持し、子孫を反映させるという点では、良い制度だったのでは、と思います。

    作者からの返信

    いつもありがとうございます。🙇‍♂️

    「ここを、こうすれば解決する」というような簡単な問題ではないことは確かです。
    ご指摘のとおり、婚姻件数を増加させないと、どうしようもないですね。
    結婚サポート事業は、国レベルで実施すべきではないでしょうか。

  • おっしゃる通りです。推敲した文章の方が、はるかに誤解が少なく、明瞭だと思います。

    問題と指摘された文章、私も問題だと思います。厳しく言わせてもらえば、「日本語の体を成していない」「誤解を招くことなく情報を伝える、という意識の欠落した文章」だと思いました。

    限られた枠の中で、情報を詰め込み、それを短時間で仕上げる、という新聞社の仕事には敬意を抱きますが、おそらく睡眠不足などがあったのでしょうか、情報伝達、という視点では極めて不適切な文章だと思います。

    作者からの返信

    いつも拙文をお読み下さって、ありがとうございます。🙇‍♂️
    そうおっしゃっていただけると、ホッとします。
    単に私の無知から来るものかもしれないと、内心不安でした。💦


  • 編集済

    第2話 句点の打ち方への応援コメント

    句読点には本来はルールはありません
    初等教育のために教師が児童に分かりやすく示すものです
    日本語にはもとは無かったものです
    どこに打っても良いというのが答えです

    年賀状や手紙(特に目上の人)には句読点を使用してはいけないことになっているのです

    この文章に句読点は使用していませんが意味は分かると思います

    (追記)
    改行についてですがすでに平安時代頃から使われていました日本の公用文は江戸時代までは漢文ですお経(仏典)をみていただければわかりますが公用文はお経のように書かれていました

    作者からの返信

    拙文をお読み下さってありがとうございます。
    私は現在、ある大学の文学部通信教育課程で学んでおります。昨夏、スクーリングで「国語学」を履修しました。
    その中で、句読点についても学びました。
    講師の岡田一祐先生(慶應義塾大)は、次のように述べられました。

    ■「句読点や接続詞は、なくともよいが、あったほうがよいもので、使い方によっては、かえってわかりにくくなる。」
    ■ 文部省図書課「句読点案」(1906年)、文部省教科書局調査課国語調査室「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)」(1946)、「公用文書作成の要領」(1951)、「公用文作成の考え方」(2020)などで、句読点の使い方が整備されてきた。

    拙文で取り上げた例は、「使い方によっては、かえってわかりにくくなる」に該当すると思います。
    句点は、使わなくても良いが、さりとて、どこに打っても良いというものではなく、誤った理解を誘発したり、かえって分かりにくくなるような使い方は避けねばなりません。

    なお、応援コメントで晁衡さんが書かれた文章には、確かに句読点は使われていませんが、十分読めます。
    ただ、改行されていますね。
    改行は一文の終わりを示し、読点と同じ働きをしていると思われます。
    6つの文を、改行も読点も使わず、全部ひと続きにしたらば、果たして簡単に読めるでしょうか?

    編集済
  • 第2話 句点の打ち方への応援コメント

    おっしゃる通りだと思います。とはいえ、私自身も句点を無意識のうちに入れまくって、読み直すと「何じゃ、この句点の山は??」と思うタイプです。

    自分の書いた文章、アップした後しばらく経ってから読み直し、推敲しなおすことが多い私の悪習です。

    作者からの返信

    いつも応援コメントを下さって、まことにありがとうございます。励みになります。
    文章の推敲は、とても大事ですね。数年前、私の論文をプロの編集者に見てもらったことがあるのですが、出るは出るは……。指摘の山が出来て、恥じ入りました。
    記者さんは恐らく、推敲の時間が限られているのでしょう。

  • 「紀行文」とはいえ、新聞記者が書いた文章ですから、「大真面目に」という表現はくだけすぎているように感じます。しかも「誤用」ならなおさらです。

    言葉のプロだからこそ、言葉選びには慎重になってほしいと思います。

    作者からの返信

    いつも拙文をお読み下さって、まことにありがとうございます。
    私の亡父は新聞記者でした。もっとも、恥ずかしながら、父の記事を読んだ記憶があまりありません。
    私も新聞記者になりたかったのですが、いろいろ事情で、別の道を行きました。
    新聞記者には、学生や若者にとって手本になる様な文章を書いてほしいと思います。