She is a vampire/Prototype
べなお
第1話:献血なんてしている暇も心の余裕もないよね
↓イメージ挿絵になります。合わせてお楽しみください。
https://kakuyomu.jp/users/benao_novel/news/16818093092991966000
A型の血液が不足しています。その血を必要としている人たちがいます。どうか、ご協力いただけないでしょうか。皆さんの一人ひとりの力が、必要なのです。どうか、どうかお願いします。献血にご協力お願いします。
朝の忙しい空気に満ちた駅前の通りで、そんな風に大声で話す恐らくは病院関係者だろうと思われる人たちがいたとして、A型の血液が不足していると言っていて、もし自分の血液がA型だったとしたら、少し気まずそうにしながらも、自分一人なんかがここで勇気を振り絞ったとしても、そんなものはたかが知れていて、それはただの自己満足で終わってしまって、何も変えられはしなくて、だったらまあいいかと先を行く足を速めるのだろうか。
ちなみに俺はそうだった。
加えて今現在俺は、ギリギリの時刻に自宅を出たため、一限の授業に遅れそうな現役大学生であって、テストも近いからなんて理由を頭の中で構築しながら、もしかしたら俺の血で救われるかもしれない命とか、笑顔とか、そういうことは考えないようした。
どうせ、授業なんて寝ているだけだというのに。
それにしても、こういう瞬間で、本当に行動できる奴なんているのだろうか。これは言い訳と言われてしまったらそれで終わってしまうが、俺だけがそうなんじゃなくて、皆そうだ。皆、きれいごとだけ並べておいて、いざとなったら頭の中で利害がグルグル回って、気付けば最初の位置に戻っていることだろう。
ここで自分だけ頑張っちゃうのは、利口じゃねえな、と。
だってそうだろう。お前だけ善人みたいにするんじゃねえよ。
だから、こんなところで彼らは意味のない努力などをしてもやはり意味はなくて、それはなぜなら日本人は目先の利害ばかり追いかける、つまらない人種だということでそれはもうどうしようもなくて。
現に献血協力者は一向に現れない様子。通りを行きかうサラリーマンや学生は、皆、目もくれずに去っていくか、一瞬見ても自分には関係ないという顔を浮かべてやはり去っていくだけだ。
誰も助けようとしない。人は、忙しいときに別のことはどうでもよくなってしまう。どこにいるかわからない誰かのために、自分が痛い思いをしなければならない理由が見つからないのだ。
血を採るという行為への恐怖もある。注射という言葉を聞いて、幸せな気分になる奴はそれこそ違う病院に行ったほうがいい。
痛みが伴い、恐怖が伴う。だれでも、小さな頃に予防接種の経験くらいあるはずだ。
幼い思考でしか物事を考えられないまだ子供の目からすれば、キラリと凶悪に光るその鋭い針は、自分にとって必要なものだとはとても受け入れられない。
お母さん、なんでっ、やだあ、注射いやだっ。
悪夢であってほしいと願ったのはまだ忘れない。
自分は、そういえば注射を特別嫌がる子供だった気がする。母親には内緒で連れてこられ、何も知らされず小児科の医師と面と向かわされた時、自分は母親に裏切られたと感じたものだった。
もう誰も信じられないと思ったものだった。
まあ子供の感じること、思うことなんていうものは、一過性のものがほとんどだ。自分が今、誰も信じられない人間不信なんてことは全くない。
だから、誰も好きで自分の子供に鉄の針を刺しに、病院へと向かうのではないのだということだ。それは、まだ見えない、やがて子供を襲うかもしれない病気を未然に防ぐために、わざわざしてくれているのだということには、もう十八年間生きていてとっくに知った。
それだけではなく、親というのは、もっと子供の知らないところで、悪い役をやってくれているものなのだ。
ふとそんなことを思って、自分が泣いていることに気付く。
慌てて瞳をぬぐい、もうたくさんだと、嫌なことを思い出させてくれた対象に背中を向けて走り出そうとしたその時。
騒音のような、人の足音や話し声。電車の通過する振動などで埋もれた空間を、やけに透明な響きのする声が横切った。
それは、このぐちゃぐちゃに混ざり合ったような人ごみの中でもよく響いた。
その声は、若い女性の声音をしていて、とても綺麗な澄んだ爽快さがあった。
「血が足りないって?」
俺は、その隣から聞こえてくる声の方を反射的に向いたのだった。
「」
俺は、それはもしや自分が言われていることなのではと、一瞬焦る。その彼女は、ここで今まさに逃げだそうとしている自分に説教するためにわざわざ出てきてくれているのかと。しかし、そんなことはなかった。
彼女の瞳には、自分の姿など映ってはいなかった。彼女の視線は、一直線に先ほどからむなしく一般市民に無視され続ける恐らくは病院関係者たちの方を向いていた。
「私は今ようやく知りました。私の人生は、今この時のためにあったのだということを」
途中から、ちょっと変な娘なのかと疑った。
それから彼女は、どうどうとした歩みで真っすぐ真っすぐ大股で歩いていき、白いテントの前の、受付の係が腰掛ける机の前に仁王立ちして言った。
「私の血でよければっ。どうか、使ってくださいっ」
大声で、高らかと。あたり一面に聞こえるくらい、声高々に。
道行く人々が一斉に制止し、皆こちらを向く。
彼女は、そんな状況も理解せずに意味もわからずいた。
そんな彼女の空回りっぷりが、なぜかそのとき俺は、おかしくて、笑ってしまっていた。涙はどこへ、いったやら。
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