お花畑は焼き払わねば我が身が危険

あるる

第1話

 全ての始まりは、とある大規模なお茶会での騒ぎから始まった。

 お茶会も中盤に差し掛かり、穏やかな時間を過ごす紳士、淑女の時間は唐突に2人の令息と1人の令嬢によって水を差された。


 そう、最近流行りの小説のような婚約破棄の宣言だ。


 お約束通りの話の展開というものは、それはそれで安心感があり決して悪いものでは無い。

 小説などの話しであれば、エンディングは約束されているので気持ちよく読める。


 最近流行りの高位貴族の令息が低位貴族の娘、または平民の娘を見初めて恋に落ちるのは浪漫があるでしょう。

 そしてその高位貴族の子息に婚約者がいて、婚約者を蔑ろにしたことで婚約者の怒りがお相手の女性に向くのも、最後には本来であれば被害者だった婚約者が婚約破棄されるのも、お約束だ。


 更には最近だと婚約者の女性こそが被害者で、婚約破棄の場で逆に断罪すると言うパターンもある。

 その場合、大抵高位貴族の令息による婚約者の罪は捏造で、冤罪により婚約者の令嬢を陥れようとして、それを察した令嬢側が冗談じゃないと全て冤罪であると証拠を揃えて逆に断罪を行うようになっている。

 そして、非常に悲しいことに婚約者を陥れようとする令息は何故か揃いも揃って考えが浅く、さもしく、ここまで来ると、色々世も末だなと思うような男性ばかりなのに気が滅入る。

 私の婚約者こんな愚か者であったら、叩き切って差し上げるのに。


 そして、今目の前で繰り広げられている喜劇ファルスは一体どっちに転ぶのだろうか。

 見るからに高位貴族っぽい令息2人に、たしか男爵家に引き取られたとか言う庶子の令嬢が何やら吠えていますが…。

 あの令嬢が愛らしいねぇ…… まあ、人の好みはそれぞれなので興味ございませんが、娼婦のお姉さま方が一緒にするなと怒りそうなぐらい下品にしなだれかかってますね。


 そもそも浮気をする男性と、嫉妬から男性の浮気相手に嫌がらせをする婚約者、どちらがより悪いのかと考えると、嫌がらせの内容にも寄るとはいえ男性の方が圧倒的に悪いと思うのです。

 とはいえ、心身を損なうような嫌がらせは流石にダメですが、王立学院に通う子女がそんなことをわざわざするのかと伺いたい。


 第一に高位貴族のご令嬢ですよ?

 扇子とカトラリー位しか持たせて貰えない華奢でか弱い、悪く言えば貧弱な方々です。

 しかも常にピンヒールで走ることも難しい。

 もっとも、走るのははしたないのでそもそも彼女たちは走りません。と言うよりドレスの重量と、その重量をどうやって支えているのかと聞きたいくらい細いヒールのせいで走れません。


 そんなご令嬢方が、どうやって平民育ちで軽装のドレスにヒールのない靴で走り回るような俊敏な女性を捕まえて階段から落としたり、噴水に突っ込めるのかと、真面目に教えていただきたい。

 そんなことが可能だと思う令息方にはぜひ我が辺境伯家で取り入れられた男性方にコルセット、フル装備のドレス、そしてピンヒールをはいて優雅にワルツが踊れるようになるまで卒業が許されない特訓コースを体験していただきたい。

 その上で、彼らの言う行動が可能なのか、身をもって示して欲しいものですね。


「まあ、辺境伯領ではそんな素敵な訓練を取り入れていらっしゃいますのね」

「ええ、まあ…」


 ん?

 ふと気付き周りを見渡すと喜劇を始めていた令息方あほと、それに囲われている令嬢が真っ青になっている。

 他の方々も令嬢方はにこにこと、令息方は若干引きつって……。


「あの、大変失礼ですが、私もしかして…」

「ええ、全部お声に出していらっしゃいましたわ。

 断罪と婚約破棄をはりきって始められた侯爵令息様は最初怒りに真っ赤になっていらっしゃいましたが、徐々に青くなられて今は燃え尽きたように真っ白ですわ。

 非常に面白い百面相を見られましたわ、ありがとう存じます」

「いえ、むしろ場を乱してしまい…」

「そんなことございませんわ。

 そうですわ、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。わたくし公爵家の長女のミレニアと申しまして、あそこにいますとても残念な令息の片方を元婚約者に持つ者ですの。

 ずっと、ずっと、色々と思うところがございましたが、辺境伯令嬢様のお言葉に本当にスッキリしましたの!

 本当に男性方は身を慎め、淑やかにたおやかに在れと仰いますのに、何でもかんでも表情に出し、足を見せて走るのをいとけなくて愛らしいなどと相反する事ばかり仰いますから」

「本当ですわよねぇ…。

 お初にお目にかかります辺境伯令嬢様、私は伯爵家の次女でアマリアと申します。ミレニア様と同じく残念な元婚約者があちらにおりますの。

 私の家は我が国有数の商会を抱えておりますが、金に汚いですとか成金だと常々罵られおられますのに、我が家の名前を勝手に使ってまるで強盗のように商会の品を無理矢理奪って行かれるので非常に困っていましたの」

「なんと…… ただの強盗より、むしろ関係があるだけに余計に質の悪いたかりではございませんか!」

「そう思いますでしょう?挙句の果てに『貰ってやっているのだから感謝しろ』などと世迷言を仰いますのよ?」

「ご令嬢、元婚約者、との事ですから勿論全て起訴されて?」

「ええ、もちろんですわ!証拠は全て残していますもの!」

「わたくしも、わたくしの家の名でかなり横暴されていましたので、全て裁判所に届けてございますの。

 大体我が家に入り婿として迎えられる契約でしたのに、何故わたくしを排して自分が公爵家を継げると思われたのか」

「やはり冤罪を犯そうなどとする令息は何故か知能が低くなるようなのですね。

 一体何が彼等を阿呆… 失礼、愚か、いや… もういいですか、馬鹿にさせるのでしょうね?」

「わたくしにもサッパリですわ。学業の成績は悪くなかったはずなのですけれど…」

「あ、重ね重ね失礼しました。私は辺境伯家の長女でコンスタンスと申します。

 お二人の事をミレニア様、アマリア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「もちろん、喜んで。コンスタンス様、ぜひ辺境伯領のお話をお聞かせくださいませ」

「では、移動しませんか?

 我が家が新しく作ったカフェが近くにありまして。実はそこのケーキは自信作なので、ぜひご意見いただけると」

「それは楽しみです。甘いものは好きなので…」

「まあ、コンスタンス様、可愛らしい」

「では、早速参りましょう!」


 周りの観客となっていた人々、断罪を考えていた愚かな者たち全てを置き去りにして、美しい3人の令嬢はあくまでも優雅に話しながらそのまま去って行った。

 残されたのは、既に婚約が破棄されていたと知り、ついでに自分たちがやろうとしたことを正面から全否定され、木っ端みじんにすり下ろす勢いでいかに愚かなのか言われ、反論の余地も残らないくらいに真っ白に燃え尽きている令息2人と見た目だけは愛らしい令嬢もどきだった。

 令嬢もどきは自分と令息2人に対して嘲るような視線を向けられていることに気付くと、口汚く文句を言っていた。


 令嬢もどきが非難の視線の多さにようやく気付き、顔色悪くなりつつ言葉に詰まるのを無数の無感情な視線が突き刺さる。

 文字通り無言の圧力だ。


 そこに別の貴族の声が聞こえてくる。


「公爵家と国内有数の商会を持つ伯爵家の令嬢方が本気で排除したいなら家の力を使うだろうに」

「そうですわねぇ、自らの手を汚す必要なんてありませんわよね」

「つまり、あの3人は見逃されていただけだって事か」

「まあ、それも今日までなんだろうな」


 自分に関係ない、自業自得な者たちへの容赦も遠慮もない言葉は突き刺すように鋭い。

 貴族にとって矜持は大事だ。

 そして冤罪で他家の面子を潰そうとした身の程知らずは貴族にとって排除すべきゴミでしかない上、そもそも廃棄が確定してるような存在に遠慮などする訳もなく追い打ちをかけ、早く去れと圧力をかける。

 ここは貴族たちの場所であり、もどきや愚か者が居ていい場所ではないのだ。


「まあ、それよりも辺境伯令嬢のお美しかったこと!」

「あの方、あの美しさで剣の腕も並みの騎士では勝てないそうでしてよ!」

「素敵…!」

「それにしても、令嬢の仰ってた特訓、良いことを聞きましたわ~」

「わたくしもそう思いましたの!我が家の弟は夏に是非その特訓をさせていただきたいですわ!」

「いいですわね、きっと申し込みが多いでしょうから王都でも特訓を開催していただけないかご相談しましょう?」

「そうですわね!さっそく帰宅したらお父様とお母様に申し上げてみますわ」


 そうしましょう!わたくしも!と賛成の声で盛り上がる令嬢方は我先にと帰って行き、令息方はみんな顔色が悪かった。

 彼等が想像するのは皆同じ、コルセットでぎゅうぎゅうに閉められ、ドレスを着せられ、ピンヒールを履かされた己の姿だ。


 どうしてこうなった…… そう気持ちが1つになった令息方の視線は1ヶ所に集中する。

 そう、お前たちが頭の悪い、余計なことをするからだ!!と。

 これだけ多くの家が賛同しているんだ、少なくとも数年は高位貴族も低位貴族も巻き込まれた訓練が実施されるだろう。

 そもそも現王妃陛下は、先ほどの公爵令嬢の叔母なのだから、国のトップから動かしにかかるのは想像に難くない。

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