遺された者たちへ④

ハルキの部屋の入口から羊谷ひつじたにが「アヤさん!アヤさん!」と繰り返し叫ぶ。その声はアヤの耳にも届いたが、水の中にいるかのようにぼやけて聞こえていた。


アヤは悟る。ハルキが生前に仕掛けた『自動型の儀式』に自分もかかってしまったのだと。が儀式の発動条件。


ハルキの絵を見たことがあるはずの羊谷たち使用人が呪われていないのは、ハルキの部屋に入ることを許されていなかったから。絵を鑑賞したことがなかったから。


一方で、才園寺さいおんじの家族は部屋の中でハルキの絵を鑑賞してしまったために儀式の発動条件を満たし、呪われた。


さらにハルキは、自分の命を代償にすることで『自動型の儀式』では本来呼び出せない強さの悪霊を『降霊』している。儀式の即効性を高めるため、彼は自殺したのだ。


アヤは壁から剥がした絵を、うまく力が入らない両手で何度も叩き、ぐちゃぐちゃにする。もう1枚も何とか壊したが、途中で体が言うことを聞かなくなった。糸が切れた操り人形のように床に倒れ込む。



入口でうろたえる羊谷に、アヤは最後の力を振り絞って顔を上げ、声をかける。



アヤ「羊谷……さん……言ってましたよね……?カヲルさんの……ハルキくんへの教育を……止めるべきだったって」


羊谷「……ええ」


アヤ「この部屋と絵は……ハルキくんが抱いた憎悪そのものです……もしアナタが今も……ハルキくんの死を後悔しているのなら……この絵を壊して……彼を……憎悪から……解放してあげて……く……」



アヤの気道が塞がり始める。



羊谷「しかしこの絵は……才園寺家の……」


アヤ「アナタはどう思ってるんです!?……才園寺家ではなく……アナタは!?」



アヤの気道は完全に塞がり、声を出すことも顔を上げることさえもできなくなる。微かに羊谷が立ち去る足音が聞こえた。全身に強い寒気を感じ、視界が下の方から徐々に暗くなる。心臓の音がどんどん弱まっていく。


アヤのすぐ近くに「死」が迫っていた。


直後、喉の奥を空気が通り、消えかかっていた意識がハッキリする。アヤは仰向けになり大きく呼吸をした。手足にも力が入る。


上半身を起こすと、羊谷たち使用人が全員でハルキの部屋に入り、壁に掛かっていた油絵を壊していた。ある者は絵を踏みつけ、ある者はほうきで絵を殴りつけている。


羊谷がアヤに駆け寄り、500mlペットボトルに入った水を飲ませた。



アヤ「羊谷さん……」


羊谷「覚悟を決めました。もう後悔はしたくありません。使用人たち全員、私と同じ気持ちだったようです」



−−−−−−−−−−



アヤが意識を取り戻したのとほぼ同時に、体調不良に陥っていたカヲル、タカヒロ、ユキも回復傾向になった。今は3人とも眠っているが、目を覚ましたら自分たちの全財産ともいえるハルキの絵が全て壊されていることに絶望し、怒り狂うだろう。そしてその怒りが使用人たちに向かうことは火を見るより明らかだ。


羊谷は「カヲル様たちが目覚める前に」と、アヤに早々に支度をするよう促し、屋敷の入口へと送る。自分たちが食らうであろう大目玉にアヤを巻き込まないための配慮だ。


入口の外で使用人11人が横に並びアヤを見送る。やはり漫画でしか見たことがない光景に苦笑しつつも、アヤは強い罪悪感を覚えた。



アヤ「皆さん、本当にごめんなさい。ハルキくんの絵を壊すように言ったのは私なのに」


羊谷「私たちは断ることだってできた。しかし実行しました。アヤさんの指示だからやったのではなく、自分たちの意思でやったのです」


アヤ「けど皆さんの立場が……」


羊谷「私たちの役割は、自身の立場を捨ててでも才園寺一家を支えること。私たちは『才園寺の家のため』と自分に言い聞かせながら、保身に走ってきた。家のために本当に必要なことから目を背けてきた。それに向き合わせてくれたアヤさんに、感謝こそすれど恨むことなどありません」


アヤ「羊谷さん……」


羊谷「この気持ちをハルキ様が生きているときに思い出すべきでした……ですが悔いてばかりもいられません。いま生きておられる才園寺のご家族と話し合い、私たちにできること一つずつやっていこうと思います」



羊谷はアヤに向かって深くお辞儀をした。続いて他の使用人たちも一斉に頭を下げる。


アヤもお辞儀をし、無言でその場を後にした。アヤが来てから屋敷で起きたことは全てなかったかのように。



巨大な正門を通り抜け、アヤはふと考えた。ハルキが仕掛けた儀式を壊したことで、衰弱していた才園寺の家族は回復するだろう。しかしハルキの絵という財源を失った才園寺家はどのような未来を歩むのか。アヤの判断は『降霊』と『憑依』の儀式に狂わされた才園寺家を本当の意味で救うものだったのか。


もし遅念ちねんに相談したら「アヤさんの関知するところではない」などと言うだろう。遅かれ早かれ、才園寺家はハルキの絵に頼らず生きていく術を見つけなければならないのも事実。


アヤは右の拳をぎゅっと握りしめて考えるのを止めると、スキップをしながら最寄り駅へと向かった。



<遺された者たちへ-完->

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