疑惑

疑惑①

AM 10:02

東京都内某所 貸会議室

部屋の中央に長机が置かれ、机の左右に椅子が5脚ずつ並べられている。一番奥の椅子に対面で座るマドカと火我ひが


昨日、マドカのスマートフォンに火我から着信があった。「会って話したいことがある。できるだけ早く」とのことで、指定された貸会議室にやって来たマドカ。火我が着ているさばのように輝く銀色のスーツを朝から見るのは刺激が強い。



火我「時間を作ってくれてありがとう。周りの人にはあまり聞かれたくない話でね」


マドカ「だからってわざわざ会議室を借りたんですか?火我先生の研究室で良かったのに」


火我「……私には研究室がないのだ」


マドカ「あっそっか、閑職に追いやられたから」



火我は「それ以上何も言うな」とばかりに大きく咳払いをする。そして足下に置いていた黒革のビジネスバッグからラップトップPCを取り出し、画面をマドカに向けた。映っているのは、あるWebサイト。



火我「昨日、調べ物をしているときに見つけたサイトでね。さまざまな『降霊』と『憑依』の儀式のやり方が載っている。この手のサイトはごまんとあるが、内容はガセネタであることがほとんどだ」



黒い背景で中央に青いテキストリンクが縦に並んでいる簡素なサイト。リンクの数は100を超えている。



火我「SEO(検索エンジン最適化)対策がほとんどされていないから執念深く探さないとたどり着けない、個人が作った感満載の古いサイトだ」


マドカ「火我先生はどうやって見つけたんですか?」


火我「それは遅念ちねん教授を殺そうと血眼で……えっ、あっ、いや今度、講演会を行うのでね。そのための下調べを入念にしていて偶然見つけたんだ」



火我は画面に表示されているテキストリンクのうち、一番上にある「血とぬいぐるみの儀式」と書かれたものをクリックする。儀式の詳細な手順が画像付きで紹介されているページに遷移した。


ぬいぐるみに呪殺したい対象者の血を染みこませ、至近距離でぬいぐるみを破壊する。マドカはこの手順に見覚えがあった。



マドカ「これ……私が遅念先生から調査を依頼されたときにやっている人を見ました。病院の看護師さんで、入院患者を儀式で殺していたんです」


火我「そうか……ということはやはり、効力がある本物の儀式なのだな。他の儀式のやり方も見てみたのだが、このサイトで紹介されているものはどれもガセネタだとは思えないのだ。研究者の私から見ても理にかなっている。それだけじゃない。ショッキングな画像だが、これも見てほしい」



火我は画面をスクロールする。ページの下部に、フローリングの上に横たわる女性の写真が掲載されていた。目にモザイクが入れられ、誰か特定できないようになっている。口から血を流し、顔色は雪のように白い。



マドカ「これって……」


火我「儀式で呪殺した人間の写真だろう。儀式の効果を証明するため、ご丁寧に死体の写真までアップしているようだ。他の儀式も同じようにな。写真が本物だとしたら、サイトの運営者は相当数の人間を殺していることになる」



マドカの表情が引きつる。



火我「このサイトで紹介されている儀式は、おそらく全て効果があるもの。つまりサイトの運営主も本物のノウハウを身に付けているということになる。実際に効力のある儀式を100個以上熟知している人間など、私が知る限り一人だ」


マドカ「……遅念先生」


火我「ああ、ヤツしかいないだろう……遅念教授が大学の教員になる前に何をしていたか聞いているかね?」


マドカ「いいえ。先生、あまり自分のことを話さないので」



火我は視線を斜め右下に向け、数秒黙り込んだ。マドカが知らない遅念の過去について本人の許可なく話していいか悩んでいる。マドカがショックを受ける可能性もあるだろう。しかし今さら話を引っ込めたところで、マドカは何としてでも聞き出そうとするはず。火我は腹をくくった。



火我「遅念教授はかつて『降霊』と『憑依』の儀式でターゲットを呪殺し、依頼人から金をもらう殺し屋のようなことをしていた」


マドカ「殺し屋……」


火我「今でこそ『降霊』と『憑依』の危険性や対処法を教える立場ではあるが、昔は儀式を悪用していたわけだ……いや訂正させてくれ。『昔は』ではない。件数は多くないが現在も呪殺の依頼を請け負っているらしい」


マドカ「……」


火我「すまない。知りたくなかっただろう?余計なことを言ってしまったな」


マドカ「いえ、遅念先生ならありえるなと思って。あの人、お金のためなら何でもやりそうですし、言動もサイコパスっぽいですから」



火我の懸念をよそに、けろっとしているマドカ。火我は「要らぬ心配だったか」と、ため息を吐く。



火我「ここからが本題だ。キミにはこのサイトの運営主が遅念教授なのか本人に確認し、もしそうなら閉鎖させてほしい」



火我はラップトップPCを操作し、サイト内の別のページを開く。ユーザーが自由に書き込みできる掲示板が画面に表示された。



火我「サイトで紹介されている儀式を実際に試した人たちの書き込みだ。投稿数は2000件を超えていて、ほとんどが『上手くいった』という旨の内容……本来明かされるべきではない、殺人事件にならない殺しのハウツーが流出している。この状況を阻止したいのだ」


マドカ「ヤバいですね……でもなぜ私が?火我先生が直接遅念先生に確かめればいいじゃないですか?」


火我「私と遅念教授は水と油!ハブとマングース!きのこの山とたけのこの里!私が何を言っても聞く耳を持たないどころか、ケンカをして終わりだろう。だからマドカくんにお願いしたい。遅念教授はキミのことを気に入っているようだから、話を真剣に聞いてくれるだろう」


マドカ「はぁ……わかりました。けど条件が2つあります」


火我「何だね?遠慮なく言いたまえ」


マドカ「1つ、遅念先生に探りを入れる際に火我先生からの依頼であることを明かします。もし遅念先生が運営しているサイトではなかった場合、私一人が責められるのはイヤなので」


火我「もちろん構わない」


マドカ「もう1つ、この依頼の報酬は30万。前金でください」


火我「さ、30万……ぐっ、ぐぅぅぅぅ……い、良いだろう」



マドカが右手を差し出す。火我も右手でマドカの手を握り、交渉成立となった。

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