かいらんばん。

浅野エミイ

僕は作家になりません

 ……今、僕はいささか困っている。理由1。僕は勉強ができない。理由2、やる気もしない。理由3、そのせいで数学の補講をサボった。結果、職員室に呼び出しを食らっているのである。


「他の生徒より見た目が地味だから真面目だと思っていたんだがなぁ」とは担任の弁。


 そりゃあ他の生徒に比べたら地味だろうな。ここは何といっても県内一のヤンキー高校。偏差値も低けりゃ、素行も悪い。いまだに時代錯誤な短ランとボンタンがまかり通るようなところだ。文句を言っても仕方がない。僕がまともな入試で受かる場所がここしかなかったんだから。


 担任の前に並んだのは、僕を入れて4人。右から、金髪、リーゼント、パンチパーマ。これでも令和の高校生の不良らしい。とは言え彼らはすでに留年していて成人だ。現役なのは僕だけ。担任が「見た目が地味だから真面目だろう」と油断したのも間違いはない。


「ともかく、一学期からこのザマだと先が心配だ。そういうわけだから、今から反省文を書いてもらう。原稿用紙10枚だ」

「えぇっ!?」


 一番右に立っている金髪のリアクション芸が冴える。僕は原稿用紙10枚といわれてもピンとこなかったが……どのくらい書けばいいんだ?


 えっと、原稿用紙は1枚400字だよな。ってことは……えーっと、ぎっしり書いて4000字? よんせんじってどのくらいだ? 原稿用紙10枚だ。いや、だからそう言ってるんだってば。あー、4000字かぁ。


「とりあえず、7時まではいるからそれまでに提出すること。わかったな?」

「できるかよ! んなこと!!」

「無理だっつーの!」


 リーゼントとパンチパーマも声を上げるが、担任はさっさと生徒指導室から出て行ってしまった。僕はしょうがないと席に着いたが、他の3人はやってられないと鉄板の入ったカバンを持って帰ってしまった。


 ひとりきりだ。いや、だからこそ集中できる。今から3時間で4000字、手書き。これができなくて「高校生現役ネット小説家」を名乗れるか!!

 

 ――僕の成績が悪い理由。それは、全学力ステータスを捨てて、『執筆力』に割り振っているから。理数系も社会も英語もダメ。だけど国語だけは抜きんでてよくできる。しかし残念かな、僕は一芸入試を受けなかった。だから今、こんな場所にいるわけなのだ。


「先生、できました」


 6:30。締め切り30分前。僕は職員室にいた担任の前に再び立つ。


「適当なことを書いてるんじゃないよなぁ?」


 担任は原稿用紙に目を通す。どうだ、これが今の僕の最大限の力だ。


「君……よくできている。まるでこれは太宰治の人間失格の出だしのような……。これは才能かもしれん。よかったら、今度の文学賞に出してみるか? もしかしたら、もしかするぞ?」


「いえ、そういうのはちょっと」


「そうか。まぁ、気が向いたらいつでも相談に乗ろう」


「ありがとうございます。じゃ、帰っていいですか?」


「もちろんだ。気をつけてな」


 僕はぺこりと頭を下げると、職員室を出る。ふうん、文学賞ね。ネット作家をやってはいるが、そういうのには興味がない。


 なぜなら僕は、「ネット作家だからこそ、賞レースのくだらなさをよく知っている」から。

 ごめんね、先生。僕は作家には絶対なりたくありません。将来の夢は、公務員です。

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