奇妙な刺客 Part2

 轟音が響く市街地。ユーリは「外套の男」の猛攻を躱しながら、間一髪のところで避けながら時間を稼いでいた。具体的な時間を決められている訳ではない。ただ、フタバが任務を遂行するまでひたすらに「外套の男」を惹きつける。

 正門側でも大きく火が上がり始めた。アックスの方も戦闘が始まったのだろう。魔力から察するには本気だ。

「外套の男」がお構いなく街を壊し、瓦礫が顔の横を掠め、風圧で耳鳴りが止まらない。

 そんなに長くは囮になれないことをユーリは悟っていた。一分一秒が妙に長く、心臓の鼓動が時間の流れを刻むように感じられた。

 目の前の「外套の男」は、街を無差別に破壊し、巨大な破片が容赦なく飛んでくる。


 ユーリは冷静さを保とうと、呼吸を整え、次の行動を考える。


「まだ……まだ持たせる。フタバまで……時間を稼がなきゃ……」


 魔法を使えば全てを跳ね返えされる。「外套の男」の魔法は”全ての反射”。この二日間で出した結論は不確かではあるが、信憑性は高い。この二日間、「外套の男」への攻撃はことごとく跳ね返された。それもの威力となって。

 今の街を壊している破壊力も「外套の男」な力というよりは、空気や摩擦が何倍もの威力となって跳ね返り、あれほどの粉砕を起こしているのだろう。


 つまりは使のだ。物理攻撃も例外ではない。そうならばユーリの取る行動は一つ、手を出さずひたすらに相手の攻撃を躱すこと。

 フタバからの合図があるまで、この「外套の男」を丘の上に行かせてはならないのだ。


「急いで……フタバ!」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 療養院の床に横たわる人影—フタバはピエロの魔法に翻弄され、なす術もなく地面に転がっていた。

 意識が朦朧とする中、遠くで鈍い爆発音が響き、地を這うような振動が床を伝い、冷えた石の感触とともにフタバの頬を小さく揺らす。視界はぼやけ、天井の色も形も定まらない。だが、それでも——音だけは、確かに現実のものだった。

 アックスとユーリが相手と対峙しているだろう。二人ともフタバの提案で囮役になってくれている。

 力の入らない指が、かすかに床を掴む。

 魔力を持たぬ身で戦うには、策を巡らすしかなかった。だが、いくら策を練っても、魔法の前では無力だと突きつけられた。


「もぉ、ぼく様つまんなーい。ちょっと遊んだだけで寝ちゃうんだもん」


 ピエロは両腕を広げ、わざと大げさにため息をつく。

 その声は幼子のように甘く、それでいて金属を擦るような不快な響きを含んでいた。


「こ……んな、所でっ……。倒れる訳にはっ……」


「なあーに、まだ立てるの?」


 ピエロが首をぐにゃりと傾け、両手をひらひらと振った。

 フタバは喉の奥から絞り出すように言葉を吐いた。

 腕は震え、体が自分のものじゃないみたいに重い。だが、床を押しのけるようにして膝を立てる。

 視界の端に、歪んだ色彩と共にピエロが現れる。青白い顔に貼りついた笑み。裂けた口角がひきつるように動き、金属質の声が重なる。


 視界は霞み、身体の感覚もあやふやだ。だが、それでも目の前のピエロへと手を伸ばす。

 震える指先が、あとわずかで相手に触れる——。


「わるーい子には……えいっ!」


 パキン—。

 何かが弾けるような音が静かな院内に反響する。軽やかな声とともに、フタバの腕に焼けるような激痛が走った。

 骨がねじ切られる衝撃——手のひらから先が、粉々に砕け散る。神経がむき出しにされたみたいに、電流が体内を走った。


「ぁ……がっ……!」


 声が出たのかも分からない。喉の奥で痛みが震えて、呼吸が途切れる。過呼吸のように上手く酸素が肺に入っていかない。少しでも酸素を取り入れようと体が小刻みに揺れる。


「君弱いねー。ぼく様もあっちに参加してこようかなー」


 痛みに震えるフタバを、ピエロはまるで壊れた玩具でも眺めるように見下ろしていた。

 その顔は笑っているのに、瞳だけは凍るように冷たい。

 ひゅう、ひゅう、と喉の奥から漏れる呼吸音が、静まり返った療養院にやけに響く。


「い、行かせる……かよっ」


「指が砕けたくらいでボロボロの君になーにが出来るのぉぉー?」


 ピエロは肩をすくめ、仰々しく手を広げて見せる。

 しかし,ここでピエロを二人の場所に行かせては全てが水の泡になってしまう。せっかく二人が囮になっていることも、今回のフタバが不意打ちするのも、また対策されてしまう。

 何としてでもこのピエロを倒して、この先の術者の魔法を魔力しなければならないのだ。

 震える足を地面に刺すようにして何とか立ち上がる。


 フタバにしか出来ないこと。今ここで果たせなければ、ユーリたちに顔向け出来ない。揺らぐ視界の中、ピエロの姿をはっきりと捉えた。


「お前の……魔法は……卑怯なんだよ」


「ヒキョウ?なぁーにそれ?」


「幻術か空間操作か知らないけどなぁ……俺はRPGでもそんなキャラは使ってこなかったんだよ!!」


 フタバは視界の揺らぎの中で、血の気を失った指先を見下ろす。

 もう感覚すらない。

 だがその中心で、鈍く黒い何かが蠢いていた。


 痛みと悔しさがトリガーとなり、体の内から込み上げるような熱が全身に駆け巡った。


 黒い炎がフタバの掌からゆっくりと溢れ出し、床を這うように広がっていく。

 炎が触れた場所から、色が空間が剥がれ落ちていく。

 それは炎というより、影の形をした熱。

 空間の歪みを焦がし、現実離れした空間を焼き切っていった。


「なにそれぇ……?」


 ピエロの声がかすかに震える。

 それまで愉快そうに跳ねていた口調が、ほんの少しだけ掠れた。

 黒い炎は止まることなくじわじわと広がり、ピエロの作り出した幻術の層を焼き尽くす。黒い炎がピエロの魔法を食い破るようにしてじわじわと広がっていき、やがて、目の前に元の療養院の景色がゆっくりと戻ってきた。


 白亜の石材、静寂に包まれた回廊、淡い月明かりが差し込む窓辺——すべてが、まるで何事もなかったかのように整然としている


 フタバの予想は当たっていた。現れた元の景色は何一つ影響及ぼしていない。ピエロの魔法は空間魔法というよりかは幻術に近い。おそらく、初めの腕の鈴の音が発動の合図だろう。


 握りしめた掌の中の黒炎はまだ微かに燻っている。

 だがそれはもはや暴走ではなく、自分の意思を反映する制御の効く黒い炎。これがユーリの言う「魔法を打ち消す」ことが出来る力。


 何故こんなものがフタバに宿っているかは分からない。だが、昨日よりも確実に自分の物になっている感覚がフタバの思考を鮮明に透き通らせる。


 魔法を掻き消されたピエロは明らかに狼狽した様子だ。新しく魔法を展開しようと腕の鈴を鳴らすも、辺りを埋め尽くす黒い炎に飲み込まれてしまう。


「歯食いしばれよ、このペテン師が!」


 フタバは砕かれていない方の腕を握りしめる。血と痛みで震える体を必死に支え、力を集中させた。溢れるようにして黒い炎が拳を包んだ。

 一気に振り抜いた腕が、ピエロの顔面を直撃する。

 衝撃で空気が裂け、ピエロは思わず背中を反らし、後方へ吹き飛ばされ、一直線に柱に衝突した

 白亜の石材でできた柱に体がぶつかる音が、鈍く響く破裂音となって療養院の静寂を裂く。

 衝撃で、表面の装飾が粉状になり、パラパラと剥がれ落ちた。

 小さな石片が床に散らばり、空気を巻き上げる。


「……やったか?」


 白い煙の中、ピエロはぴくりとも動かない。しばらく身構えていたフタバは、荒い呼吸を整えながら一歩、また一歩と警戒を緩める。


「そのまま動かないでくれよ……」


 フタバはふらつく足取りで療養院の奥へと向かい出す。ピエロを吹っ飛ばしたが外での変化は特に感じられない。

 だが、フタバの本命は「外套の男」が出現した時の魔力反応を示した術者。おそらく、ピエロはキルギスの街を覆う結界術を担っているのだろう。

 今この瞬間もユーリが「外套の男」を足止めしてくれている。


 ぐらつく足元を踏ん張りながら、両側に扉が並ぶ廊下を進む。ピエロの魔法が解けたとはいえ、空気はまだどこか歪んでいるように感じる。


「あの部屋……」


 廊下の突き当たり――古びた扉の隙間から、淡い光が漏れ出しているのを見つける。明滅するように揺らぐ光は、蝋燭の火とも違う。

 青白く、どこか生き物のように脈打ちながら、扉の隙間から廊下へと這い出している。

 まるで呼吸をしているかのように、光が強まり、そして弱まる。

 フタバは直感であの部屋に「外套の男」の術者の存在を感じとった。


 フタバは唾を飲み込み、壁に手を添えながら慎重に近づいた。恐る恐る、その部屋を押し開ける。


「……なんだこれ」


 部屋の中は、異様な光景だった。

 床一面に円形の紋章が刻まれ、青白い光がそこから脈動のように放たれている。

 ゆっくりと動くその紋章はよく見ると複雑な魔法陣であった。魔法陣の中心にはベットが置かれており、静かに横たわる少年の姿があった。


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