無力なる決意

「無理ね。あなた、殺されるわ」


 フタバの考えを聞いたユーリは即座にそう言い捨てた。かなり無茶な賭けをしようちしているのはフタバ自身分かりきっている。言うまでもなく失敗したらフタバの命にかかわるだろう。だが、引きこもり時代に培った戦略ゲームの知識からフタバ根拠のない自信に溢れていた。しかし、その勝率を上げるためにユーリの協力が必要なのだが――


「何度も言っているでしょ。私は関与しない。それに。あの女を見くびるのは浅はかよ」


「なら、あの蜘蛛女の情報を少しでもくれ。それだけでも、状況は変わるかもしれない」


「――あれは典型的な魔獣よ。魔に属する獣たちは総称してそう呼ばれているわ。一族として繫栄せず、個々で生存する。目的はそれぞれで違うけど、一つ言えることがあるわ」


 ユーリの目つきが鋭く睨みつける。緊張がフタバの体を一気に駆け抜けた。この先言おうとしていることに少し嫌な予感がしたからだ。


で動く魔獣はそういないわ。動物と一緒、本能のまま行動する」


「じゃあ、あの蜘蛛女は?」


「大方、人間をを作る――魔獣の考えそうなことね」


「ってことは、俺が言ったら喰われる.......か」


 ユーリは静かに頷いた。

 魔獣は本能のまま動く生き物。それが本当なら村人は餌。それを循環させる為に村を手中に収め、安定した生活を得ることが出来る。蜘蛛女に対しての村人の恐れる反応を見れば、その仮説も真実味を帯びてくる。

 そもそも、いとも簡単に一人の人間を手駒に加えることが出来るのだ。ただの人間じゃあ太刀打ち出来る訳がない。村人もフタバも対抗し得る手段を持っていない。魔法と呼ばれるものがあれば、少し優勢になるのだが。ないものを数えても仕方がない。


「ちなみに奴らの根城ってのは何処にあるんだ?」


「ここから反対の場所にある教会よ。あなたとは別の隕石跡が近くにあるから、その辺一帯は遠くから見ても分かるくらい見晴らしがよくなっているわ」


「その教会はか?」


「?――元々あまり使われていない場所だったから古びているわ。魔獣たちが住み着いてから村人はそこに寄り付かくなくなったし、誰も手入れしていないから老朽化も進んでいると思う」


「分かった。最後に聞きたいんだが、俺が落下跡で見つかった時は実際に爆発騒ぎがあった日からどれくらい経っている?」


「……三日くらいかしら。さっきから聞いてるそれは何か関係があるの?」


「大アリだよ。蜘蛛女に勝てるピースがかなり揃ったぜ。作戦決行だ」


 フタバの中で戦略が整いつつあった。正攻法では絶対に勝てない相手だ。人外の魔獣――アラクネを攻略するには多くの要素が必要だ。入念な準備と相手の攻略法のピースが揃って、初めて勝率を上げることが出来る。だが、今のままでは不確定だ。アラクネがユーリを連れてこいと言った期限まで時間がない。とにかく今はならない所がある。


「ユーリ、お願いだ。頼みがある」



     ~~~~~~~~~~~



「あいつらは……居ないよな?」


 フタバは恐る恐る、周囲を気にしながら物陰に隠れていた。辺りはまるで時間が止まったようにシンとしていて、遠くで鶏が小さく鳴いたが、それさえも静寂を破らぬほど穏やかだった。家先に歩された藁が風に揺れ、ざわざわと乾いた音を立てる。その音に紛れるようにフタバは移動した。昨日の記憶を最大限に振り絞り、ある家へと向かった。

 線香の香りが鼻を通る。ここに違いないと、フタバは一つの家に押し入った。そこには祭壇に手を合わせる背中の曲がった老人の背中があった。


「ネトラさん。まだあいつらは来てない?」


「おや、まあ……まだ村を出ていなかったのかい?早くしないと、あのお方が――」


「大丈夫だ、安心して。とにかく準備して欲しい物があるんだ」


「……準備して欲しい物?」


 祭壇の上、一つの命晶石が赤く輝く。最初に見た時は何も思わなかったが、あの輝石には一人の人間の魔力と魂が込められている。唯一、この世に残ったその者を表す最期の証。祭壇に飾られた命晶石もネトラさんの大切な人なのだろう。思いが重くのしかかり、もしかしたら自分も人を殺めたかもしれないという疑惑にゆっくりと刃を立てた。


「この命晶石は誰の?」


「夫だよ。娘が姿……ショックだったんだろうね」


「そうか。思い出させてごめん」


「いいんだよ。それよりもユーリは元気かい?」


 ネトラさんは皺だらけの顔を綻ばせ、そう訊いてきた。”訊く”というより、そうなのだろと思わせてくる笑みを浮かべている。

 こんなにも想ってくれている人に対して、ユーリは微塵も同情する面を見せなかった。アラクネの要求を吞まなければ何が起きるか分かりきっているのに、何故この人はまず先に身を案じる言葉が出てくるのだろうか。この人に孫はおろか、魔法によって認識を変えられた他人が孫のフリをしているなんて、あまりに酷で言える訳がない。

 言ってしまえば、どうにかなるのだろうか?そんな野暮な考えが浮かぶが、即座に振り払う。

 しかし、気の毒でならない。ユーリの理解できない冷淡な価値観をネトラさんは知らないのだろう。このまま何も知らないのが一番幸せなのかもしれない。


「元気だよ。別の所に避難している」


「そうかい。ならよかった。会いたかったが、無事ならいいんだよ。元気に過ごすよう言ってくれ」


 ネトラさんはそう言って、一つの子袋を渡してきた。これは何かと尋ねれば、ユーリの好物の木の実だと言う。会った時に渡して欲しいとのことだが、ユーリと再会する見込みはないが、断るわけにもいかないのでとりあえず受け取ることにした。今頃ユーリは仲間と合流したのだろうか。指名手配犯の空賊らしいが、ユーリがそんな物騒な連中の一員だとは想像が出来ない。


 ネトラさんからを調達し、家を出る。無事に必要なものは手に入れられた。後は下準備さえ済めば、アラクネの攻略を確実なものに出来るだろう。フタバはネトラさんの家を発ち、アラクネの根城である教会へと向かい出した。


「おーい、坊や」


「ん?どうしたネトラさん?」


「また怪我したら、手当してあげるからね」


「――ああ!頼んだよ」


 ゆっくりと手を振り、フタバを見送る。再び風が村を吹き抜け、草木を揺らした。惜しむように前に向き直り、フタバは歩き始めた。そう言ったネトラさんの表情は少し悲しげだったのは、気付かないフリをした。

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