知らない文字
アンナとタイラーの説得に渋々といった様子で了承したケルビンは、そうと決まれば気が変わらぬ内に!とアンナに言われ、その日の内に制服の手配まで済ませていた。
2日後。リリカは、当直室の姿見の前で、渡された制服に袖を通し、自分の姿を眺めていた。アンナのようになれるかも!と期待したが、現実は袖口からは指先しか出ず、スカートも不格好に長い。アンナとはまるで程遠い姿だった。
コンコン。
「入ってもいいかな?」扉がノックされ、明るい声が聞こえてきた。「はーい。」と返事をすると、1年C組の担任である、エレナが扉を開けて顔を出した。
「1番小さいサイズを持って来たんだけど、やっぱりちょっと大きかったね。でも、うん!みんなすぐに大っきくなるから大丈夫。とってもよく似合ってるよ!」
「嬉しい!ありがとうございます。」
エレナは若くて可愛らしい女性の教師であった。小柄で青いセミロングの髪の毛。くりっとした瞳に顔の半分ほどある大きな眼鏡をかけていた。フワフワとした雰囲気で、人と接するのが得意では無い自分でも、エレナになら困り事を相談したり、話しを聞いて貰えるかもしれない。担任がエレナで心強いな。そんな風に思った。
「さてと。」
エレナは、手に持っていた大きめの封筒を机に置き、部屋に一脚だけある椅子に腰掛けて「ちょっとお話しようか。」と、ベッドを指差した。リリカは、エレナと向き合うようにベッドに腰掛けた。
「まずは、学園入学おめでとう。あなたを受け持つ担任になれて嬉しいわ。」
「私もエレナ先生が担任で嬉しいです。ありがとう。」
「さっそくなんだけどね、あなたにお話しておかなければいけない事があるの。」
「まず、これからあなたは、学園の生徒としてクラスに入り、色々な事を学んでいかなければいけない。そして、この学園は他と違い特殊で、入学試験は空欄の名簿に選ばれる事だと知っているよね。」
「うん。教えてもらった!知ってます。」
「名簿による選考基準は名簿にしか分からない。だけど毎年、一定以上の学力がある者。もしくは、何かに秀でる能力があるものが多く選ばれる傾向にあるわ。」
リリカは、エレナの話を聞きながら、だんだん心に影が落ちるような気持ちになった。
「先生。私、ここに来るまで自分が学校に通っていたのかも思い出せないの。お家が見つかるまで、生徒としてここで過ごさせて貰える事、とっても感謝してます。でも本当に生徒としてやっていけるのか自信が無くて..。」
「そうだよね。もちろん、名簿に選ばれたんだから、自信を持って生徒として入学して欲しい。だけど、今までの事何にも分からない状態で、突然クラスの皆と一緒に勉強する事に不安がある気持ち、とっても分かるよ。それで...」
エレナは、机の上に置いた封筒の中から数枚の紙を取り出した。
「これね、簡単なテストなの。今の貴方に、どれくらいの学力が身についているのか私が知っておきたくて。もちろん内容はミドルスクールまでのものだよ。点数が取れなかったら入学取り止め!!!とか、そんな事言わないから大丈夫!」
「とりあえず、基礎魔法と数学と歴史の3つを持ってきたの。魔法に関しては、記憶を失っているとウィル先生から聞いてるよ。でも、魔法は日常生活に無くてはならないもの。問題を見る事で、何か思い出すキッカケになるかもしれないと思って。特殊な選択授業も多いから、基本の学力はこの3つが出来ていれば何とかなるかなー!!」
エレナは机にテスト用紙を置くと、椅子から立ち上がりリリカの隣に腰掛けた。
「テストと言っても、私が貴方の学力を知る為のものだから、難しい所は質問してもらっても良いよ!」
そう言われて、リリカは不安になりながらベッドから立ち上がり椅子に座り直すと、テスト用紙を見つめた。
「時間制限は無いから。ゆっくり解いてね。」
しばらく時間がたっても、リリカの握ったペンが動き出す様子は無かった。エレナは、今まで学んできた事も記憶を無くしているかもしれない。苦労するかもしれないな...。出来る限りのフォローはしてあげなければならない。そう、リリカの背中を見ながら考えていた時だった。
「先生どうしよう。分からない。」
「基礎魔法かな?どの問題?先生に見せて!」
「違うの。何が書いてあるのか、1つも読めないんです。」
「え?」
「ここに書いてあるの全部、私の知ってる文字じゃない。名簿を見た時も、知らない文字で読めなかったもん!どうしよう!!」
エレナは驚いて、ベッドから立ち上がりリリカの隣に立った。
「知っている文字じゃない...??」
思わずリリカの顔を覗き込むと、リリカは涙を浮かべながらテスト用紙を見つめていた。
エレナは大きく目を見開いたまま、リリカの顔を見つめた。
エレナは自宅にある自室のデスクで、ノートに向かい必死に何かを書いていた。その脇には、学園からの帰り道に寄った書店で購入した、児童書や幼児向けの絵本が何冊か置かれていた。
すると、鞄の中の電話が着信音を鳴らした。
「あ、どーも!ケルビンです!エレナ先生お疲れ様です!時間外にすみません!今お時間大丈夫ですかぁ?もしかして、デート中とかじゃありませんでしたぁ?」
「忙しいので切りますっっ!!」
「あーー冗談ですよぅ。怒りん坊はモテませんよぉ!
!」
プチッ
エレナが通話を切り、電話の電源を落とす前に、再びケルビンからの着信が鳴った。
「なんですか?嫌がらせのお電話ですか?それなら理事長にクレームを入れます!」
「あーー!待って下さい!違います違います!それは止めて!ほんのケルビンジョークじゃないですかぁ。いやね、私が聞きたかった事は、リリカさんについてなんですよぉ。」
「何でしょうか?」
「先生から見て、彼女はどうでしょうか?いやね、名簿の出身地の件もそうですし、記憶喪失も何かと不可解な点がありますでしょ?もちろん、彼女自体は良い子過ぎる位に良い子なんですが。」
「つまり、彼女を学園に通わせる選択について、私の意見を聞かれているんですか?」
「まぁ、察しが早い!決して生徒に脅されて学費を渋々負担する事が嫌だからという理由で、学園に通う事を反対している訳ではありませんよ??ぜーったいに!!違います!!」
「脅されてたんですね...。」
「先程あなたから、文字が理解出来なかったと報告を受けたでしょ...。それを聞いて、彼女の出生に関する秘密は、僕が当初思っていたより、複雑な事情が絡んでいるかもしれないと思い始めまして。まぁそれは、調査しつつ追々お伝えします。」
「はい。」
「いくら名簿が許可しようとも、文字も読めない彼女が学園に通い、クラスメイトと同じように授業を受けるのは、少々荷が重いんじゃないかと心配で。あなたは担任として彼女のサポートする気満々の様子ですが、それにも限界があるんじゃないか?と思いまして。」
「そうですね。仰るとおりです。私もそう思います。だけど、もし帰る場所が見つからなかったら...。そう思うと、この学園で色々な事を学び得る経験は、きっとこの先彼女の力になるんじゃないかと思って。」
「そうですか。担任の貴方がそういう思いなら、分かりました。なにも、もし辛かったら名簿が許可したからといって、学園を途中で辞めるなというルールもありませんしねぇ。」
「彼女は良いお友達も沢山出来そうに見えますし!アンナさんみたいな!」
「そうですね。では、必要があれば、僕も彼女やあなたのサポートを致しますので。何でも仰って下さい!面倒くさい事と、お金がかかる事はなるべくっ」
プチッ
電話を切ってからも、エレナは夜中までデスクに向き合い、何かを書き出していた。
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