第2話 終焉の終わり。

 成河りぬは女子高生である。

「姉ちゃん。なんか通達が来ているよ」

 成河りとが封筒を開ける。

「わたしたちが政府高官からの通達? おかしな話ね」

「そんなことないよ!」

 りぬの友達が前に出る。

「きっとりっちゃんだから届いたんだよ」

「証票したいんじゃない? クラスでも人気高いし」

「そうだね。りぬはクラスの人気ものだ」

 りとは複雑な思いでそれを見届ける。

「そ、そうかなー? みんな気を遣っていない?」

 りぬは笑顔で対応する。

 姉はいつもそうだ。

 周りからの評価を気にし、自分のものとする。 

 だが弟である僕は知っている。

 それが偽りだと。

 彼女は最初から塗り固めた笑みで対応しているのだ。

 どうすれば可愛く見えるのか。

 どう魅せれば、人気者になれるのか。

 そういった打算で生きている。

 暗くて人の目を気にしパーカーのフードを目深くかぶっている僕とは対照的。

 陰キャな僕にはできない。

 知っている?

 〝僕〟という一人称は下僕の僕からきていることを。

 僕は一生、姉の下僕なんだろうな。

 書類を開くと、そこには姉の名前と、僕の名前が書かれていた。

「姉さん。緊急事態だ」

「どうしたの? いつになく真剣だね」

 りぬはハテナマークを浮かべている。

「政府からの依頼文章だ」

 それは街の外の探索。

 僕たちはこの街の全人口一万人を支える仕事に従事することになる。


※※※


「集まってもらったのは他でもない。アマテラスの代打になるような調査依頼を行う」

 枢木、青木、水口みなぐち、矢貝、りぬ、りと、の六名は技術者として名を馳せている田中たなかと向き合う。

 水口だけはずーんと暗い雰囲気を出しているが、他の連中は違う。

 富や名声、使命感に燃えている者が多い。

 しかしこうも人種も年齢もバラバラな人を集めたものだ。

「すでに第二部隊を編成中だ。君らが失敗しても問題ない。だから、悔いのないように業務にまっとうしてほしい。君らが頼りだ。頼む」

 ようはジブリールの脅威から身を守るために、アマテラスの予備機構を構築しておきたい、ということらしい。

 みんな話は理解できた。

 郊外に出て資源の目星をつけてほしいのが第一目標だろう。

 この街の中では主に鉄が不足している。

 アマテラスとて機械だ。鉄などの金属は多数使われている。

 データの吸い出しも行われているが、それだけでは足りない。

「あのー」

 ずっと俯いていた水口が口を開く。

「どうしてぼくたちなんですか?」

「君たちには適正があるというデータがある。期待しているぞ。少年」

 にまりと笑む田中。

 納得いかないように再び俯く水口。

 人類救済のため。

 彼らは集められた。

 部隊編成を終えると、みんなは訓練を受けることとなった。


 訓練では一悶着あったが、彼らの仲は深まったと言えるだろう。


 そしていよいよ訓練の成果を見せる時が来た。

 七日間にわたる激しい訓練のため、見違えるようにキリッとした雰囲気を放つ六人。

 最新機器を背負い、宇宙スーツを着て街の外に出る。

 塵と砂が舞うひどく視界の悪い地獄のような光景に、一瞬ひるむ一同。

 それでも前に進む。

「本当に位置情報が分かるんだよな?」

 矢貝は不安そうに訊ねる。

 有線ケーブルで通信している。

「ああ。大丈夫だ」

 青木が根拠のない自信を浮かべている。

「加速度センサーと3Dセンサー、重力センサーなどを組み合わせてできた携帯端末です。可能ですよ」

 誰よりも機械に詳しい水口がため息とともに口走る。

 水口はすぐにでも帰りたい気持ちを殺し、前に踏み出す。

「ここからは二人一組で探索を行う。Aは南へ。Bは東へ」

 予定通り探索を開始する六名の勇者たち。

 砂塵でほとんど見えないが、背負っている機械が資源を確認してくれる。

 電波が使えない以上、人の手が必要だった。

 これでは有視界暗号通信もできやしない。

 精鋭と呼ばれた彼らは散り散りになり、捜索に集中する。

「これより有線ケーブルを切り離す。各員検討を」

 リーダー格の枢木が警告を出すと、ケーブルは切り離される。

 そして各自、指定されたポイントまで探索を開始することになる。

 三つの班に別れる。


※※※


 そうして一日が経ったある日。

「マズいな。そろそろポイントだっていうのにジブリールが見える」

 青木と水口のBチーム、その目の前にはかつて人類を滅ぼした天使シリーズが見える。

「迂回しましょう」

「だが、水が少ないぜ?」

 青木は眉をつり上げる。

「ですが……。危険すぎます」

 こちらはアマテラスの疑似ステルスシステムを使用している。

 いるのだが、安全性は保障されていない。

 ぼくたちが犠牲になる可能性がある。

 だがせっかちで自分勝手な青木のことだ。

 ぼくが言わなくても、勝手に突き進むだろう。

「ああ。もう、分かりましたよ」

 押しに弱い十代の子どもだ。

 頷くしかなかった。

 しなやかな羽が10枚。天使は命令もなく無尽蔵に周囲を破壊している。

「あの真っ只中に行くのか?」

「ああ。それしか手はない。それにあそこは鉄鉱石の鉱脈がある。資源としては充分なはずだ」

 電子音が響く。

 ジブリールがこちらを捕捉した。

「まずい。逃げろ!! 水口!!」

 青木はそう叫び、水口を後方へ突き放す。

 血だまりがあたりに広がる。


▽▼▽


 捜査開始から二日目。

「ダメだ。全然資源なんて見当たらないわ」

 りぬは諦めかけていたそのとき、

「あ……。ジブリールだ……」

 りとは絶望した顔で目の前の天使にひざまづく。

「……あれがなければ、わたしたち探す必要ないんだよね?」

「姉ちゃん? 何言っているんだ?」

 りぬは駆け足でジブリールに向かっていく。

「ばか!! やめろ!」

 りとは力の限り叫ぶが、通信ケーブルを分離パージしていたりぬは届かない。

 俺も慌てて駆け出す。

 ジブリールがこちらを捕捉したのか、人の目を模したセンサーユニットが走査線を走らせる。

 食いちぎられる。

 そんな本能的な恐怖心に足がすくむ。

 前を行くりぬを止めなくちゃ。

 りぬは地を蹴り、ジブリールの足下にたどりつく。

「どうする気だ」

 ジブリールの動きがおかしい。

 攻撃してこない。

「なんだ?」

 ハッキングだ。

 俺はあの訓練施設で水口のハッキングセンスを見ている。

 よく見ると、足下に水口がつかっていた無人機の残骸が刺さっている。

 そこには彼を示すマーキングが血とともに見える。

「あいつ」

 りぬはコクピットブロックにたどりついたようで、内部からの破壊を試みている。

「姉ちゃん」

「こいつだって、アマテラスと同じ駆動天使よね?」

 俺はりぬと接触回線で話をする。

「そうだけど」

 コクピットが開く、ということは操作できるのかもしれない。

 一縷の希望に心躍る。

 でも操作系など分かるはずもない。

「くっ。どうすればいいんだ」

 りぬは焦りの色を見せる。

 とたん、ジブリールの全システムがダウンする。

「やったっ!!」

 喜ぶりぬ。

 だが俺は嫌な予感がしていた。

「まずい。再起動だ!」

 ジブリールは自分のシステム障害を感知し、再起動したのだ。

 それは水口のハッキングによる攻撃プログラムを封殺するためだ。

 俺とりぬを敵勢勢力と判断したら一巻の終わりだ。

 そのまえにできることをする。

「俺の核融合炉を自爆させる。姉さんだけでも逃げて」

「そんな! わたしも一緒にいる」

「姉さん!」

「ワガママな姉でごめんね」

「……ホント、自分勝手なんだから

 俺は背面に背負った荷物を降ろし、システムを暴走させる。

「行くよ」

「うん」

 三

 二

 一



 閃光が爆発的に広がり、辺りを昼間と思わせる。

 ジブリールは内部に入り込んだ異物を排除しようとガンマ線をコクピット内に放つ。

 それは電子レンジと同様の役割を果たす。


 死が待っている。

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