アンドロイドでもいい

アンドロイドでもいい

 凪ってアンドロイドなの。


 うわさは本人の耳にも入ってきた。制服のリボンの裏、脈うっている温かな心臓のところで鋭い痛みを感じた。

 しかし凪は平然として見えた。それこそが理由なのだ。

 凪は感情が顔に出ない。


 そして凪は、アンドロイドと自分のあいだに厳格な線を引くことができない。プラスチックとたんぱく質、使われている物質が違うだけで、わたしも同じなんじゃないか。

 わたしも、塩基でコードされているだけの機械なんじゃないのか。


 学校からの帰り道、クラスメイトと一緒にコンビニに寄った。

 ぼんやりしていた凪は品出ししている店員とぶつかってしまった。あっ、すみません、と言ってから相手の店員がアンドロイドであることを知る。

「大丈夫ですか、お客様。お怪我はございませんか」

 アンドロイドの店員は驚いて目を見開き、それから心配そうに眉を寄せた。ぎこちない手が凪の肩を触れるように動いた。

 一方の凪はぽかんとするだけだ。しかし凪の頭の中は恥と申し訳なさ、自分をひっぱたきたい気持ちでいっぱいだった。考えごとをしながら歩いているからこんなことになるんだ。

 耳が熱くなる。

「凪のほうがアンドロイドだよ」

 クラスメイトは冗談めかして笑った。何の悪気もない笑顔で。

 その言葉は、凪が抱えていた模糊とした疑念と共鳴し、胸の中に問いを形づくった。 

 ……感情豊かなアンドロイドのほうがわたしより人間らしさを備えているのではないか。


 わたしは、アンドロイドより人間でないのではないか。


 凪の表面は静かで、てろんとした顔には悩みの影は現れない。物静かで、声をあげて騒ぐことはほとんどなく、あまり話さない口は重たく閉じられている。クラスメイトはおろか、母親でさえ凪は何を考えているのかわからないと言う。その言葉に刺されたように胸が痛むが、苦痛は顔には出ない。

 凪はまるで何も感じていないように見える。

 傷つけた実感を持たないから、まわりは何度でも凪を刺す。


 心理相談室に入り、凪はテーブルの椅子を引いて座る。窓は閉め切られ、ブラインドが途中まで降りている。

 空調が低く鳴っている。

 心理相談室に連れてきたのは母親で、部屋の外で待っている。原因不明の体調不良を起こし、朝起きられなくなった自分を母親がもてあましていることを凪は知っていた。だから母親には多くを話さない。クラスメイトにも、誰にも、話せない。


 カウンセラーはお茶を凪の前に置いた。凪は黒い茶托のつるんとして美しい光の反射を見つめてから、おもむろに顔を上げる。カウンセラーはほほえむ。

 彼女はアンドロイドだ。

 だが、街中で見かけるどこかぎこちないアンドロイドと比べて、とても動きが自然で、なめらかに表情を作る。目じりに細かい皺が見える。


 まるで人間みたいなアンドロイドだと、凪は感じる。

 わたしより人間みたいだ。


 軽い挨拶のあとで、彼女は自分がアンドロイドだと隠さない態度を取った。

「今日はどうしましたか? なにか気になることがあるならお手伝いします」

 まるでスマホの中のAIみたいな話し方。だからこそかえって気が楽だった。

 凪はポツポツ話した。クラスメイトが凪にだけ残酷な言葉を使うこと。母親が理解してくれないこと。自分がアンドロイドなんじゃないかと思うこと。

 絞るように話をしているのに、表情は大して変わっていないんだろうな、と凪は思う。

 聞き終わり、部屋が完全に静かになる。窓から射す日ざしが床を白く抜いている。外で誰かが車のドアを閉める音。

 カウンセラーが口を開いた。

「繊細な心を持っていますね。まわりの人に見えないだけで、心の中ではとても感情豊か」

 凪は顔をしかめた。しかめたつもりで、表情はかすかに動いただけだった。凪はそれを苦々しく感じる。

「どうしてわかるんですか」

「私はカウンセリング用のアンドロイドですから、表情の微細な動きを読み取ることができるんです。

 あなたの喜怒哀楽は私にはよく見えます。手に取るように、複雑な動きがわかる。

 断言します、あなたはアンドロイドじゃない、人間です」

 明るい茶色の真摯な瞳が凪を見つめる。ふたつのカメラが、凪の目を。

 わたしは人間だ。

 完全無欠、十全十美のアンドロイドがそう判断したのだ。

 ずっと重く肩にのしかかっていた錘がはずれた気がした。


 まるで魔法だ。

 凪は思わず笑いだす。


 ――そんな魔法が使えるなら、わたし、アンドロイドでもいいかもね。


 凪は思う。ぽろん、と心の中で涙がこぼれた。

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アンドロイドでもいい @kmskh

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