『祖父と私と10羽の奇跡』~10羽の鶏に命令した結果

ソコニ

第1話

「もう、限界です」


医師の言葉が、冷たい診察室に響いた。末期の病に冒された祖父は、もう長くないという。


養鶏場は祖父の命そのものだった。毎朝4時に起き、鶏たちに語りかけ、一羽一羽の体調を気にかけ、愛情を注いできた。その祖父が、もう養鶏場に立てない。


残された10羽の鶏たち。祖父が最後まで手放さなかった特別な品種だ。「この子たちには、人の心が分かるんだ」と、祖父はよく語っていた。


私は決意した。借金を背負ってでも、この養鶏場を守ると。しかし、現実は厳しかった。餌代も払えず、毎日が赤字続き。それでも、10羽の鶏たちは、まるで私を励ますように、いつも近寄ってきては、温かな目で見つめてくれた。


ある夜、病室で祖父が私の手を握った。


「あの子たちに...一度だけ、何かお願いできるんだ。でも、その願いは、心の底から本当に必要なことでなければいけない...」


その夜、祖父は静かに息を引き取った。


翌朝、涙も枯れ果てて養鶏場に向かうと、10羽の鶏たちが集まっていた。不思議なことに、私には彼女たちの言葉が聞こえた。


「一度だけ、あなたの本当の願いを叶えましょう」


その瞬間、私は理解した。祖父が守りたかったもの、それは養鶏場という建物でも、経営という形でもない。毎朝、鶏たちと交わす温かな時間、そこに生まれる絆、その一瞬一瞬が祖父の夢だったのだと。


「お願いします。私の記憶を...このコミュニティ全体で共有させてください。祖父が毎日見ていた景色、感じていた幸せを、みんなで分かち合いたいんです」


光が走った。その日から、不思議なことが起きた。近所の人々が、まるで懐かしい思い出を探すように、養鶏場に足を運ぶようになった。子供たちは鶏たちと遊び、お年寄りは餌やりを手伝い、主婦たちは新鮮な卵を求めて列を作る。


養鶏場は、人々の心をつなぐ場所に変わっていった。


10羽の鶏たちは、いつもの場所で温かな目を向けている。彼女たちの体は年々弱っていくが、確かに、祖父の夢は生き続けている。


時には、早朝の養鶏場で、祖父の笑顔が見える気がする。あの日願ったことは、きっと本当に正しかったのだと。

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