ほろびのうた。

はじめアキラ

ほろびのうた。

 今からするのは、ちょっと洒落にならない怖い話。

 具体的にオバケが出てくるとか、サイコパスな人間がいるとか、そういうのとは少し違うけれど――一応怪談の領分だと思うから、話すことにする。


 幼い頃、私は田舎の小さな村で暮らしていた。


 お父さんとお母さんと、おじいちゃんとおばあちゃんと、それから従妹と従兄と伯父さんと伯母さんと叔父さんと叔母さんと――みたいに、とにかく親戚まとめて、ご近所さんだった頃があったのである。

 東京で暮らすようになった今ではとても考えられないことだが、当時は「駅から何分?なにそれ美味しいの?」くらいに駅から離れた場所にあった。親戚が住んでいる地区から商店街に行くのさえ車がいるほど離れていて、ましてや都心に行くためには徒歩ニ十分かかるバス停からさらに一時間くらいバスに揺られなければいけない始末。

 もっと言えばそのバスがほんとーに来ない。来ないったら来ない。なんせ一日に三本という少なさ。まあはっきり言って、そんなにバスを待つくらいなら車や自転車で自由に動き回った方がいいよね、という結論になるくらいだ。


 そんな私が住んでいる村には、大きな神社があった。


 何を祀っているのかはよく知らない。ただ、大昔この地を守って死んだすんごい霊能者さんを神格化して祀っているようだ、みたいな話は聞いたことがある。

 その霊能者さんは村の子供達が大好きで、危険なことがあると自分の力を貸して守ってくれるのだと言っていた。


『守ってくれるって、どういう風に守ってくれるの?』


 私の問におばあちゃんはこう話した記憶がある。


『そうさね。なんというか、見えないものが見えるようになったり、聞こえないものが聞こえるようになったりするんじゃなかろうかね。あるいは、誰も気づいていない危ない動物に気付けるようになるとか、今にも土砂崩れが起きそうな崖が分かるとか、排水溝の蓋が壊れているのがわかって危険を回避できるようになるとか。おれにもはっきりわからんけども、昔からそういうことがままあってね、多分そうなんじゃないかなあと思っとるんだけどもね』


 何でも、おばあちゃんも昔から“神様に守って貰った”と思った瞬間が何回もあったらしい。なんとなく嫌な予感がすると思って家族でお出かけするのを止めたら、行く予定だった山で山崩れがあったとか。

 やめた方がいいような気がしてトンネルに近づかないでいたら、そのすぐ傍でクマが出没してとんでもない騒動になったとか。


『神様は、いつでもおれたちを守ってくれとるんよ。だから、もしこの村を出ることがあっても、神棚にお祈りをすることを忘れんようにしなね。そしたらきっと、神様がいつまでも、カヤちゃんと家族を守ってくれるけん。大事に、大事にせなかんね』


 そんなおばあちゃんの言葉があったからか、どうなのか。

 私達一家は私が小学生の時、お父さんの仕事の都合で東京に移り住むことになったのだが――引っ越し先のマンションの部屋にも、両親はちゃんと神棚を作ってお祀りしていたのだった。私もなんとなく、毎朝お祈りをしてから学校に行く習慣がついていたのである。

 今ならわかるのだ。その神様は、きっと本物だったのだろうということが。

 悪い神様ではない。だからこそ、恐ろしいのだということが。




 ***




 それは、私がいわゆる花の女子高校生というやつをやっていた頃のこと。

 音楽の授業で、グループで歌を練習して発表することになったのだった。自分達で曲を作るというチャレンジャーなことをするグループもあったが、私と親友のチサトちゃんのグループにはそんな技術はなかった。普通に、そこそこ先生受けしそうな、それでいて流行している曲を練習してみんなで合唱することになったのである。

 ちなみに、歌ではなく楽器でも良かったのだが、いかんせん私とチサトちゃんと残る三人の女子はみんなそういったスキルが皆無だった。そもそも、高校の芸術専攻で“消去法で音楽を選んだ”みたいな子ばかりが集まっていたのである(書道は難しそうでできないし、美術は絵を描くのがめんどくさそうで嫌だし、みたいな理由だ)。なんとかみんなでユニゾンでもして誤魔化そう、となるのは必然の流れだったことだろう。


「ねえ、じゃあこの曲どう?まだ最近投稿されたばかりのボカロ曲でさ、みんなもあんまり知らないと思うんだけど」

「え、なになに?」


 言い出したのはチサトちゃんだった。彼女はこのメンバーの中では比較的歌が上手い方だった。何度かカラオケに言ったが、音を取るのが苦手ですぐ声がひっくり返ってしまう私と違い、ちょっとキーの高い女性ボーカルの曲もそこそこに歌えるくらいのスキルは持ち合わせていたのである。

 そして、彼女はセンスも良かった。だから彼女が選んだ曲なら結構信頼できるだろう、と思ったのだが。


「こんなかんじの曲なんだ。えっとね。10[mx:「、04j1q@935ンpvjcm:0叔父frcmqc:49、xfqjh04qx、t@4ん、0cqw「g094qjx「9grpmpf、xqcmr@cのmvcq0,jg「4q:j、gじおrcfjれ@r0qcm0thrぐぃ4おjげをgじtrs、wgwjtw9btwt0@、gj4w0gtじをあぎgん4お7~」


――は?


 私は思わず固まった。

 何だろう、今の――歌以前に、人 その曲らしきものは、確かに彼女の喉から漏れたもののはずだった。しかし、私にはどうひっくり返っても“奇妙な動物の鳴き声と黒板を爪でひっかく音と暴動で罵声を浴びせる若者たちの声”がぐっちゃぐちゃに合わさったような――とにかく名状しがたい音にしか聞こえなかったのである。

 それなのに。


「え、それなんて曲?なんて曲なの?初音ミク?」

「そうそ。あたしの声じゃ、あんま可愛く聞こえないと思うんだけどさ。実際は春っぽくて爽やかで、すっごく素敵な曲なんだよ。タイトルは“f4qcmq00@9”って言うんだけど」

「へえ、結構いいかもね」


 ちょっと待て。

 ちょっと待ってくれ。

 私は冷や汗をかきながら、チサトちゃんを、他の友人達を見たのだった。


――何、言ってんの?今のが、歌に聞こえたの?


 私には曲そのものはおろか、タイトルさえ何を言っているのかさっぱりわからなかった。なんというか文字化けしたものを強引に音に変換して聞かされているような、そんな印象しか受けなかったのである。


「ねえ、みんな……それ、本当に良い曲だと、思う?」


 私は恐る恐る友人達に尋ねた。するとチサトちゃん以外の三人は「いい曲でしょ」と口を揃え、チサトちゃんは少し複雑そうな顔をしたのである。


「なんつーか、ごめんねカヤ。あたしが下手くそだから、良さが伝わなかったんだよね?」

「え!?ち、違うから!そんなんじゃないから!」


 どうやらとんだ誤解をさせてしまったらしい。私は拙い言葉でどうにか誤魔化して、へこんでしまった彼女を慰めたのだった。

 彼女らには、どうにも“出会いと別れを想起させる、爽やかで可愛らしい歌”にしか聞こえていないらしい。異常な音として認識しているのは、本当に私だけであるようだった。

 こんな歌を合唱で歌うなんて、あまりにも無茶な話である。なにより、他の人が歌うのも避けた方がいいような気がする。


「ごめん、私どうしてもその歌だけは歌える自信ない!別の歌にしてもらってもいい!?」

「えー……」


 死ぬ気で説得して、違う選曲にしてもらった。

 あの時の私は、受験の時と同じくらい必死になっていたかもしれない。間の声にもなってないようなヘンテコな音は。




 ***




 その後。

 私はチサトちゃんに、例の曲のURLをメールで送って貰っていた。タイトルさえ文字化けしたような音にしか聞こえず、とても自分で検索することができなかったからである。

 その曲はYouTubeにアップされていて、少しずつ再生回数を増やしているようだった。最近投稿を始めたばかりの新人のボカロPらしい。幸い、サムネイルとか、本人の簡素なプロフィールの文字、コメント欄の文字はバグっていなかった。

 しかし。


『0m@cxj09qghp9qr!xく0ん9mr0hqm@!!rw0cn9mwr[,0xrq4@0x,9t4q[90mt[q0,t[0!!vwn0@cmr[0q,r[09xucm[-q49,gjr[q-49u5mv[-q,c90[[m-qxg,j[049gnumq0v9w!!0qcmx0rw9,ugnv[mw0,0ncq0cnqm0nrc0q,c0qnc3u409q40n3r4ewsjlpferjaq43-9i[qf~』


 駄目だった。

 どうひっくり返っても、歌には聞こえない。それどころか聞けば聞くほど全身から冷たい汗が噴き出して、悪寒が止まらなくなるのである。

 映像の中では、可愛らしい初音ミクがくるくると踊っている。何もおかしいことはない。それなのに、歌詞のところだけ不自然に文字が滲んでいる。YouTubeの字幕機能もバグっている。

 そして、コメント欄には。


『すっごくかわいい!』

『これは次クル曲でしょー!』

『もっと伸びるべき!』

『サビのところでうるっとしちゃった。そうだよね、大事な人とお別れするのは寂しいもんね……』


 おかしいのは、私の方なのだろうか。誰も彼も、この曲が可愛らしいボカロ曲にしか聞こえていない様子なのだ。

 怖くなって、私はついに母に相談した。すると、彼女は神棚を見て、「お祈りしておきなさい」と怖い顔で言ったのである。


「うちの村の神様のこと、知ってるわね?神様は、子供が特に好きなの。大人より、子供を守ってくれることが多いの。だからきっと、危ないものを教えてくれてるんじゃないかしら……カヤちゃんに」

「この曲が、危ないってこと?」

「私には普通の可愛いボカロ曲にしか聞こえないのに、貴女だけ聞こえるのはきっとそういうことだと思う。……もうその曲を聞くのはやめなさい。それから、お友達にもなるべく聞かないように勧めて。それ以外に、多分避ける方法なんかないわ」


 これは、推測でしかないが。

 世の中には、往々にして“あってはならないもの”が紛れ込むことがあると、そういうことなのだろう。

 人混みの中に紛れる怪異があるのなら、ネットに紛れる怪異だってあってもおかしくはない。それこそ、大手動画サービスの動画に擬態するなんて、被害を広めたい悪意のある怪異にはうってつけではなかろうか。

 もしくは、“そういうもの”だと知っていて、悪意のある人間がアップしたのかもしれないが。


「やめなよ、危ないってその曲!聞くのまずいって!」

「カヤちゃんさあ。自分が好きじゃないからって、人にそういうの押し付けるのよくないと思うんだけど?」

「そ、そういうんじゃなくて!」


 残念ながら。チサトちゃんや友人達を説得しても、理解してもらうことはできなかった。当然だろう、彼女たちには名曲にしか聞こえていないのだから。

 その曲のせいかはわからないが、チサトちゃんは高校卒業してすぐに事故で死んだ。

 あとの友人たちもそれぞれ病気で死んだり、自殺したりということが立て続けに起きた。――二十二歳になった今、あの時のメンバーで生きているのは私だけである。

 あの動画は、もう探しても見つからなかった。いつの間にかネットから消えていた。でも、この世界から消えたわけではないと確信している。そして、あの“滅びの歌”は多分、一種類や二種類じゃないのだろうなということも。


――もし、またああいうものが、もっと有名な人の曲に擬態して現れたら……。


 私の予感は、的中してしまった。

 最近、とある国民的アニメの主題歌が変わったのだけれど。恐ろしいことに、その曲が私にはあの時と同じ“異音”にしか聞こえないのである。

 私でさえ耳を塞ぐのには限界がある。ましてや皆さんはきっともう何度も聞いてしまっているはずだ。なんせ、ラジオでも歌番組でも流れているのだから。


 近い未来で何人死ぬのか、考えただけでも恐ろしい。

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