竜のウンコ
鳥辺野九
哲学的ウンコ
「この手に『かつては命の糧であったもの』があるとする」
「要はウンコっす」
清らかに澄んだ青い目とツインテールの垂れ耳エルフが片手を差し出す。そこにはひと握りの哲学的排泄物が乗っている。ほのかに湯気が揺らめく生まれたてのホカホカだ。
エルフの隣には魔女っ子。背が高く、黒髪のロングストレートが艶やかで、その漆黒の瞳は冷ややかだ。
「これは竜が食糧から養分を吸収した後の搾りカスだが、竜の生命活動の果てに生成される副産物と表現してもいい。生き物に等しく快楽と栄養を与えし者の残滓だ」
「つまりウンコっすね。どう言い換えようと等しくウンコっす」
純粋無垢が形を成した少女にも見紛うエルフはてろんと垂れた長耳をふるふると震わせる。ローブドレスから伸びる細い腕もかすかに揺れて、モザイクを貫通する茶褐色のブツもたゆんと震える。
ナチュラルなガーリーメイクを施したギャル魔女っ子が眉間にしわを寄せる。この世で最強の絶望と出くわしたかのような嫌悪感溢るる表情だ。
「ご存知の通り、竜は史上最強の生命体だ。強靭で堅牢な肉体をもってして空を舞い制空権を掌握する物理法則を無視した生物である。何故、竜は空を飛べるか。その秘密はこの神が遺した生命の落とし子が握っている」
「すなわちウンコっす。よく素手で握れるっすね」
エルフの柔らかそうに垂れた耳がピクリ。白魚のようなか細い指に握り締められた生命の落とし子もむくりと蠢く。
「わたしは探究者。時の枷に縛られない高みに羽ばたく鳥。こんこんと無限に溢れ出る知の泉に泳ぐ魚。これが何か知りたいという欲に溺れる獣。事実ではなく真実を探し究めるエルフ。わたしはヴァルヴァレッタ。ヴァルヴァレッタ・クラブマン」
「だからそれウンコっす。大きなトカゲのウンコっす。あたしはこの垂れ耳エルフの研究助手にして高レベル魔法使い。尊敬する人物像は清潔感を感じさせるひと。あたしはアーリア。アーリア・シャローン」
かつては命の糧であったもの。哲学的排泄物。生命活動の果てに生成される副産物。生命の落とし子。ヴァルヴァレッタの小さな手に握られた生々しくもモザイクを貫通する茶褐色。それの名などどうでもいい。真理は名もなき現象に眠る。
「これは『竜は何故空を飛べるのか』を研究した探究者のモキュメンタリー・エッセイであり、量子力学を用いて哲学的排泄物を論述展開するフェイク・ラノベである」
「略して『ウンコ・エッセイ』っす。みんなウンコネタ好きっすよね」
「読み手に造語を想像させ脳内リソース展開で描写を完成させるライトノベル文学手法を活用してそれを表現するのだ。わたしは今までその単語を一言も言ってないが、すでに読み手の脳内はそれまみれになっているはずだ」
「あたしウンコ連打してるっす。もう無駄っす」
ヴァルヴァレッタの堪忍袋の緒がついにブチ切れた。か弱いその手握り締めていた哲学的排泄物をいとも容易く握り潰す。重力を感じさせない軌道で四方八方に飛び散る小哲学的排泄物群。
「いちいち言い直さなくてもいい!」
「ぅわっ! マジっすか! 生命の落とし子を握り潰すなんて!」
「ちなみにこれは魔法で作り出した例のブツの虚像だ。物理的性質は持っていない」
「きったねー! 二重の意味できったねえー!」
「さあ、始めるぞ始まるぞ! モキュメンタリー・エッセイ。題して『竜のウンコ』!」
「今、ウンコって言ったじゃないっすか。カクヨムコンプライアンス的にどうなんすか?」
華奢なヴァルヴァレッタが高身長のアーリアの胸へぺしっと裏拳気味につっこむ。さっきまで虚像ウンコを握り締めていた小さな手で。
「もう遅い。これが読まれている時点でウンコはカクヨムをすり抜けた」
「汚ねえ手で胸触んないでください」
ヴァルヴァレッタはさっきまで虚像ウンコを握り締めていた手をこちらへ向ける。誘うように指を一本ずつ華麗に差し出して。
「さあ、ウンコのことは決して考えずにこれを読んでくれたまえ。思考実験開始だ」
「哲学的ウンコはウンコに入るっすか?」
「ウンコをゲシュタルト崩壊させようったって無駄だぞ。ウンコは幼児期の原体験に直結するから言語野にワードが組み込まれている」
「もういいっすわ」
つづく
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