第25話 身勝手な理由

 少女は、夢を見ていた。それは走馬灯の様だった。彼女が昔から親しくしていた青年は、不慮の事故で亡き者となった。彼の命を諦め切れなかった彼女は、彼を魔術で蘇らせた。それから彼女は新天地で彼と再び楽しい日々を過ごしていた。しかし、突然辺りに暗闇が訪れ、それはやがて黒い渦となって彼を飲み込んでしまう。

「ルクス!」

 そこで漸く、ベッラは目を覚ました。彼女は寝ぼけ眼を擦り、部屋の中をゆっくりと見回し、そして窓の方を見た。外は既に日が沈んでおり、部屋の中も蝋燭に火を付けていない為暗くなっていた。少女の意識が次第にはっきりとして来た時。彼女は同居人である青年を探し、各部屋を回る。しかし彼の姿は何処にも無かった。その時だった。玄関の方から、扉をノックする音がしたのだ。彼女ははっとして玄関まで行き、扉を勢いよく開ける。

「ルクス!?」

「うわっ、びっくりした」

 そこに立っていたのは、彼女達の友人フロースだった。

「どうしたの、そんなに血相を掻いて?」

「何だ、貴方だったのね……」

 ベッラはがっかりしてため息を吐いた。

「何って何よ。私が来ちゃいけないの?」

 フロースは頬を膨らませて怒りを示す。しかしそれは傍から見たら可愛いという印象しか抱かせないものだった。彼女はその事に気付いていなかった。

「別に来てはいけない訳では無い……とも言い切れないわね。大体貴方を含む町の人達はもうルクスや私と関わり合いになりたくないはずだと思っていたのだけれど」

 ベッラの言葉に、フロースは俯き、言葉を詰まらせながらも紡ぐ。

「それは確かに思ったわ。実は恋していた人が死人で、仲良くしていた子がそれを蘇らせた黒魔術師だったなんて、とてもショックだった。けれど、お母さん達と話して思ったの。それでも、あなた達が私達町の人に優しくしてくれた事に変わりは無いだろうって。だから私は決めたの。これからもあなた達とは、これまでの関係を続けようって」

 フロースは顔を上げてベッラを見つめた。その瞳には強い決心の炎が宿っている様だった。

「そう、それはありがとう。でも今はのんびりしている場合では無いの。ルクスが屋敷の何処を探しても居ないのよ。全く、こんな時に何処に行ったのやら」

「あ、ルクス君なら見たわよ」

「……っ!それは何処で!?」

 ベッラはフロースの服の襟を握り締めて言った。

「い、痛い……」

「あ、ごめんなさい。冷静を欠いたわ」

 ベッラは我に返り、フロースの服から手を離した。

「ルクス君ならさっき町の外に向かって歩いていたのを見たわよ。でも何処に行ったのかまでは分からないわ」

「……それはつまり」

 フロースの話を聞くと、ベッラは顎に手を当てて考える素振りをした。

「ベッラ、どうしたの?」

「ありがとう、それだけ分かれば十分よ」

 そう言うと、ベッラはフロースの肩にそっと手を乗せた。その後、彼女は屋敷の鍵も掛けずに外に出て走って行った。

「ベッラ!?」

 フロースの声は聞こえていたが、彼女は立ち止まることなくルクスが居るであろう場所に向かって駆けて行くのだった。




 ルクスとファミュラスは、先程までと違う部屋で対峙していた。別にルクスがスピーナの事を思ってわざわざ場所を移動したという訳では無く、ただの偶然だった。尤も、それによってファミュラスはスピーナに気を遣わずに戦えるようになった為、彼だけがその恩恵を受けていた。暫く、二人は間合いを探っていたが、ルクスが剣を突きだして前に出た途端、ファミュラスがナイフを投げて牽制した。それをルクスが弾き落とし、再びファミュラス目掛けて突進する。そうしてルクスは、ファミュラスの横腹に一閃を当てた。

「これでどう……だ!?」

 振り向き様に彼は驚いた。何故なら、ファミュラスの身体から零れ落ちている物が血では無かったからだった。それは、藁や木屑だったのだ。

「どうして、それじゃあまるで……」

「まるで外で待機している魔動人形と同じ、ですか。それはそうでしょうね」

 ファミュラスは今の一撃によって乱れた衣服を正しながら、飽くまでも冷静に言葉を発した。

「何故なら私も魔動人形なのですから」

「なっ……!?」

 ルクスは開いた口が塞がらなかった。今まで対峙していた者が、実は普通の人間でなかったという事は彼にとってそれほど衝撃的だった。

「そんな馬鹿な。もしそうだとしたらあの人形と比べてあなたは人間らし過ぎる」

 ルクスには話が俄かには信じられなかった。

「それはそうですよ。私は他の有象無象の人形よりも精巧に作られていますからね」

「それじゃあ、外に居た人形達の様に、あなたもスピーナに作られて……?」

 ルクスがそう言うと、ファミュラスは首を横に振った。

「いいえ、私を作ったのはお嬢様の父親、つまりは旦那様に御座います」

「スピーナの父親が?」

「はい。幼少期に中々お友達が出来なかったお嬢様の為に最初の友達として作られたのが私で御座います。お嬢様が大きくなられてからは身の回りのお世話を任されております」

「それじゃあ、彼女はその事を?」

「恐らく知らないでしょうね」

 その答えに、ルクスは目の前の敵をじっと見つめた。

「この間あなたは好き放題言ってくれたけれど、あなたこそどうなんですか?ずっと付き従ってくれた人が実は人間では無かったと知ったら、彼女は悲しみに暮れるんじゃないですか!?」

「ええ、それはそうでしょう。だから貴方には口を噤んで頂きます」

「何を……?」

 ルクスはファミュラスの放った言葉の意味が理解できなかった。いや、理解したくなかった。

「貴方には、やはりここで死んで頂きます」

「何を……?だって、さっき彼女は僕を生け捕りにしろって」

「確かにお嬢様はそう仰りました。ですから、これは私の個人的な感情で御座います」

 そう言いながら、ファミュラスはいつの間にか手に持っていたナイフを投げる。ルクスはそれを剣で弾き落とした。

「貴方はその気が無いのにも関わらずお嬢様の気持ちを弄んだ。それがどうにも憎いのです。私の手で貴方を始末しなければ気が済まないのですよ」

「何を言っているんだ……?」

 静かに怒るファミュラスに、ルクスは呆気に取られていた。

「そんな事をしたら、彼女が黙っていないだろう!?」

「その時はその時です。不慮の事故として受け入れて頂きます」

 ファミュラスは自分の腕に仕込んでいたナイフを取り出し、それを眺めながら言う。

「そんな無茶苦茶な……」

「そもそもあの時もそのつもりだったのですよ」

「あの時……?」

「貴方方が崖から落ちた時ですよ。あの時も私は貴方に元々死んで頂くつもりでした。それがこうして叶ったのは良かったのですが、ベッラさんが蘇らせたのは本当に計算外でした。あの時彼女も死んだと思っていましたからね」

 ファミュラスは握ったナイフに反射した自分の顔を見た。そこには冷酷無比な表情を浮かべる彼が映っていた。ルクスはその様子を見て、仮に彼が人形だと知らなくてもとても血が通った人間には見えなかっただろうと思っていた。

「スピーナと言いあなたと言い、何処までも自分勝手な人なんだよ!」

 ルクスは怒りの声を上げる。対し、ファミュラスは握っていた一本のナイフをルクスに向かって投げた。そのナイフは彼に当たらなかったものの、彼の頬すれすれを通り、壁に突き刺さった。

「私の事はどうとでも仰っても構いませんが、お嬢様の事を悪く言うのだけは容認できません。やはり貴方には痛い目を見て死んで頂きます」

 そう言いながらファミュラスは自分の背中に手を伸ばした。すると、彼の背中からルクスの物とは比べ物にならない程長い剣が現れた。その長さは丁度ルクスの背丈と同じくらいだった。

「もしもの時に仕込んでいたのですが、どうやらその時が来たようですね」

 ファミュラスはその手に長剣を持ち、一度振るう。その瞬間、風を切る大きな音が鳴った。

「お覚悟を」

 短く言うと、ファミュラスは長剣を携えながらルクスに向かっていった。

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