第14話 怪しい人物

 二人は一旦落ち着くために場所を変えようと、カリダの店に来た。昨日の夕方頃と同じように、テーブルには飲み物の入ったグラスが二つ置かれている。

「先程の様子だと君は既に調査をしている様だけれども、今更ながら練習会の方は良いのかい?」

 クラールスは、彼ながら意地の悪い質問だと思っていたが、訊かずにはいられなかった。それに対してルクスは逡巡したが、答えを絞り出す。

「……良いんです。こっちの件が解決しない事には僕自身も集中できそうにありませんから」

 そこで、ルクスは思い出し、口にする。

「そう言えば、クラールスさんこそ良いんですか。練習会で指導をしなければいけないのでは……?」

「ああ、その事なら心配は不要だ。あっちはアルビダが居るからな。あいつなら上手くやってくれるさ」

「信用しているんですね」

「まあ、長い付き合いだからね」

 クラールスは口角を上げて見せた。その余裕が、二人の関係性を暗に表していた。

「それはそれとして、君も朝から調査をしていたんだろう。その話を聞かせてくれないか?」

「勿論そのつもりですけれど、それならあなたの方が有力な情報を得ているのでは?」

 そう問われると、クラールスは首を横に振った。

「いや、ダメだった。町に来てまだ日が浅い上に騎士である俺が訊くと、皆が変に畏まってしまってまともに情報など聞けなくてね。君はこの町に馴染んでいるし、そうした忖度が無い分、恐らく君の方が話しやすいのだろうな」

「なるほど」

「という訳だ。君の話を聞かせてくれ」

 促されるまま、ルクスはこれまで町の住民から聞いた事を話した。単独行動をしていた騎士が何人か居た事や、町人の印象に残っていた騎士の事、その一方で昨日の事件現場付近で怪しい人物を誰も目撃していなかった事など。それらはルクスからしてみれば、何も事件の解決の糸口にはならなさそうだったが、クラールスは興味深そうに聞いていた。

「僕が今朝に聞いたのはこれで全てです。お役に立てなくてすみません」

「いや、謝る必要は無い。むしろ良くやってくれたよ」

 クラールスはテーブルに置いてあった紙束の一番上にメモを取る。

「とりあえず、今分かっているだけでもこれだけの騎士が一人で行動をしていた時があったという事だ。これは大きな手掛かりだよ。三十人近く居る騎士団の中から八人に絞る事が出来た。収穫としては十分さ」

 紙に騎士の名前を一通り書き終えると、クラールスはグラスに入った飲み物を口に運ぶ。

「それで、君が先程あの家の前に居たという事は他にも何か掴んでいるんだろう?」

 その質問に、ルクスは苦虫を噛み潰したような表情をした。

「……言いにくいんですが、テネルさんが怪しげな動きをしていました」

「テネルが?」

「はい。誰かの後を付けているような、周りの目を気にしているような、如何にも何かを隠している感じでした」

「そうか」

 呟くと、クラールスは座っていた椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。そして彼は自分の手で顔一面を軽くなぞった。

「あいつは普段から落ち着きが無くてね。他の団員が胸を張っている横で姿勢と目付きを悪くして周囲の様子を窺っている、そんな奴なんだが……」

 そう言われ、ルクスは朝の出来事を思い返す。

「確かに、初めて顔を合わせた時に思いました。あの人は他の騎士の方と何かが違うと。でも、今朝僕が見た限りだとそういう様子とまた違った雰囲気でした。人の目を気にしているというよりは、人目に付かないようにしている様でした」

「ふむ、そうしていたとしたら妙ではあるな。騎士は見回りの時には何よりも目立つ必要があるんだ。そこに騎士が居るという事を印象付ける事によって面倒事の抑止力にもなるし、町の人々に安心感を与えるからね。今日はあいつに大通りの巡回を命じていたのだが、単独行動をしていたのも気になるし、そのように気配を消す様な真似をするなんていつものあいつらしくない」

 クラールスはそう言うと、自身の頭を手で支える。

「信じがたいが、この状況においてテネルが怪しいのは紛れもない事実だな」

 気が重いのか、クラールスはゆっくりとテーブルのグラスを手に取り、口元に寄せる。余程喉が渇いているのか、それともそうしないと平静を保てないのか、グラスの飲み物を一気に飲み干し、一息吐く。

「クラールスさんはどう思いますか?」

「……あいつが挙動不審なのは今に始まった事では無いとは言え、見過ごす事は出来んな」

 グラスを置くと、クラールスはルクスの顔を正面から見据える。

「そう言う君はどう思うんだい?」

「テネルさんが怪しい動きをしていたのは事実ですから、彼が事件について何かしらを知っているとは思います。ただ……」

「ただ、何だい?」

 クラールスに促されると、ルクスは言葉を選んで口にする。

「何となくですが、あの人がやったとは思えないんです」

「ほう、それはまたどうしてだい?」

 ルクスの言葉に、クラールスは興味深そうに顎に手を当てて訊く。

「実はさっき、クラールスさんとあの家の前で会う前にテネルさんがあそこの近くを通るのを見たんです。その時、あの人は被害に遭った家をじっと見ていたんですよ。もしあの人が盗難事件の犯人だとしたら、わざわざ自分が事件を起こした現場に足を運ぶでしょうか。僕がもし犯人だとしたら、自分が罪を犯した場所になんて近づきたいとは思えません。むしろそこを出来るだけ避けるはずなんです。だから、あの人は違うんじゃないかと思ったんです」

「……」

 ルクスのそんな意見を、クラールスは静かに聞いていた。そして、自信なさげにしながらも夢中になって話すルクスをじっと見つめる。ルクスがそれに気付いたのは、一通り話し終えた時だった。

「な、何ですか……?」

「いや、やはり君には素質があるなと思っただけさ」

 クラールスはテーブルに置いてあった容器から自分のグラスに水を注ぎ、それを飲んだ。

「まあ、何にしても昨日の練習会に参加していた者には盗みなんてする時間が無かった。という事は、犯人はそれ以外の騎士の中で単独行動をしていた誰かである可能性が高い。そして、その中でもテネルが何かを知っているのは確かな様だな」

 そこまで言うと、クラールスは立ち上がった。

「よし、そこまで分かればこちらも動きようはある。まずはテネルに話を聞いて、それ次第であいつを監視してみるさ」

「僕に何か出来る事はありますか?」

「君にも町の見回りをして欲しい。土地勘が無い我々に比べて君はこの町を知っている。それに加えて君は町の人々にある程度面識がある。その分、話を聞きやすいし何か気付く事があるだろう。そうした事があればまた俺に教えてくれ。それと」

 と、クラールスは言いながらテーブルに置いていた紙の束からあるページを開き、別の一枚の紙にそこに書いてあった内容を書き写すと、ルクスの前に差し出した。

「これはこの町で起きた盗難事件の一件目と二件目の情報だ。何か役に立つと良いのだが」

「ありがとうございます」

 ルクスはその紙を二つ折りにしてポケットの中に仕舞った。

「代金はここに置いておきますからね」

 クラールスは店の奥に向かって言うと、銅貨六枚をテーブルに置いた。キッチンの方から「はーい」と返事が聞こえた。

「そんな、自分の分は払いますよ」

「こういう時は黙って驕られておけば良いのさ。君にはその権利がある。それにこれは今朝の報酬と思ってくれ。少しでも君には礼をしたいからね」

 人差し指を立てながら、クラールスはウインクを見せた。

「……ありがとうございます」

 二人はそのような会話をしながら店の外に出た。

「それでは、互いに頑張ろう」

「はい」

 二人は別々の方向に向かって歩を進めた。ルクスは振り返り、クラールスが歩いて行くのを確認すると、よし、と意気込み力強く歩いて行く。

「……」

 そんな彼を建物の陰から見つめる小さな人影があった。




 カリダの店を後にしたルクスは、クラールスから手渡されたメモを元に、それぞれの現場を回る事にした。

 被害に遭った一軒目の家は、ケルサの下で農業に従事している男の自宅だった。日中に畑で農作業をしていた時に盗みに入られたのだ。その家は町中に走る川の近くに建っており、目立つ場所にあったが盗みに入られた所を見た者は居なかった。騎士達の調査で、家の裏側の窓から侵入された形跡がある事が分かっている。それも窓自体が割られたのではなく、木製の窓枠に何かを差し込まれて無理矢理壊されたというものだった。男は付き合っている彼女に渡すために二日前に買っておいたイヤリングを盗まれたという。盗まれたものが小物であるため、その時点において騎士達は知り合いによる犯行であるという見立てをしていた。

 二軒目は老夫婦が暮らす家だった。その家は町外れの丘の上に建っており、人通りが少なかったので目撃者は居なかった。夫婦は旅行に出掛けていたため、誰も居ないところを盗みに入られており、一緒に暮らす夫婦の息子が仕事から帰ってきて盗難が発覚した。盗まれたのは銀で出来た皿などの食器類で、それらが入っていた食器棚以外にも家の中のあちこちが荒らされた跡があった。こちらも一件目と同様に窓枠が抉じ開けられていた。

 ルクスは二件の盗難現場に立ち寄った後、再び町中に戻って来た。小さな公園に入るとベンチに腰掛け、改めてメモを確認する。

「なるほど、これは」

 そこでルクスは気付いた事があった。それまで起きた盗難事件のどれも、犯人は人が居ない時間を見計らって盗みに入っていた。それ以外に、被害者にも共通点があった。騎士団の聞き込みの記録によると、三件の発見者、すなわち被害に遭った者達は、騎士団が町に来た夜に訪れた店に来て、三人が同じ席で酒を飲んでいたというのだ。そしてそれは騎士達が食事をしていたすぐ傍だった。これは偶然にしては出来過ぎているとルクスは思った。

 ルクスはメモのページを捲る。そこには一件目の被害者の証言が書かれており、イヤリングを買った事はその夜しか人に話していない旨が載っていた。

「なるほど、イヤリングの存在を知っていたのは、その夜に居合わせた騎士だけという事になるな。つまり……」

 そこまで考えを整理し、ルクスは紙とペンを取り出してその夜に彼が会った騎士の名前を連ねる。

「この中で練習会に参加していなくて、一人で行動をしていたのは……」

 それは、テネルとボヌスだった。名前を書き終え、ルクスはペンの持ち手側を顎に当てて更に考える。

「ボヌスさんは、あの大きな身体だ。動けば必ず人目に付く。それに窓の大きさを考えると、あそこから入れるとは思えない。だとすると、犯人として考えられるのはテネルさんだけという事になる。でも」

 そのような結論に至ったルクスは、首を傾げた。あらゆる可能性を排除し、消去法で導き出した結果だったが、どうにもピンと来なかった。クラールスから得た情報と彼の目で確かめた物は、明らかにテネルが犯人であると物語っている。それは状況証拠だけだったが、確かに彼にしか盗みは出来ないという事を示している。それでもルクスはそれを否定しようとする。彼の中で、今朝のテネルの行動が引っ掛かっていた。彼が思案していると、何者かが彼の肩をポンと叩いた。

「……よくそこまで辿り着いた」

「うわあっ!?」

 ルクスが振り返ると、そこには件の騎士、テネルの姿があった。

「テネルさん……!こ、これはっ」

 ルクスは反射的に手にしていたメモを後ろに隠した。

「……隠さなくても良い。おれが犯人だと思っている」

 バレてしまっているのなら隠していても仕方が無いと思ったルクスは、一息吐くと口を開いた。

「はい、そうです」

「……でも、違う」

「え?」

「……おれは犯人じゃない」

 そう言ったテネルの声色は、ルクスが以前聞いた時に比べて力強いものだった。ルクスはテネルの顔を見つめる。その表情はキリっとしていて、澄んだ瞳はルクスを真っ直ぐに捉えていた。とても嘘を言っている様には見えなかった。

「本当に、やっていないんですね?」

 ルクスは彼の意思を確認するため、改めて問う。

「……やってない」

 テネルは再び力を込めて声を出す。それを確認したルクスは一度目を閉じ、状況を整理する。再び目を開けた時にはテネルの顔を真っ直ぐ見据える。

「分かりました。信じます」

「……良いのか、おれを信じて。自分で言うのも何だが、おれは騎士としても、人としても胸を張れる奴じゃないんだぞ」

「そう言える人こそ、僕は信じたい。それこそ自分を卑下する人が犯人だなんてありえませんよ」

 ルクスはフフ、と笑みを溢しながら言った。

「それより、一つ訊いても良いですか。どうして、僕に話してくれたんですか?」

「……さっき、団長と一対一で話をした。その時に言われたんだ。おれを信じてくれている奴がいるって。それはおまえの事なんだろう?」

 テネルはベンチの対面に設置された木製のブランコに腰を掛けた。そして何かそわそわし始めて長く伸びた前髪を手で弄った。

「……犯人はきっと、おれが犯人だと思われる様な状況を意図的に作っている。だからおれが疑われるのは自然な事なんだ。でもおまえは違った。おれを信じて行動してくれた。だからおれも、おまえを信じようと思ったんだ」

「……」

 面と向かって言われると、ルクスは照れくさくなり指で頬を掻いた。

「ところで、テネルさんは犯人に心当たりはありませんか?」

 そう訊くと、テネルは自分の顎に手を当てた。

「……無い事は無い、というよりは、ある程度の見当は付いている」

「えっ、そうなんですか!?」

 驚きのあまり、ルクスは立ち上がった。彼とクラールスが調べても分からなかった犯人らしき人物を知っているという事が、俄かには信じられなかった。

「……別におかしいことは無い。なぜならそいつが三件目の現場の近くに居たのを見たからだ」

「本当ですか!?」

「……ああ。きっとあの辺りがおれの巡回のルートだと知っていたからだ。おれが予定より早い時間に見回りを始めたのは想定外だったと思うけどな」

「それで肝心の犯人は、証拠もあるんですか?」

 ルクスが問うと、テネルは首を横に振った。

「……現場からは盗みに入った痕跡があっただけ。今朝も現場を見てみたけれど、奴が犯人だという証拠は残されていなかった。奴を追い詰める材料が無い。奴を尾行したが、今日は盗みに入っていない。尻尾を出さなかった」

「でも、揺さぶってみる価値はあるんじゃないですか?」

「……どうやって?」

 テネルは、ルクスの顔を見上げながら問う。その問いに、ルクスはすぐには答えなかった。その代わりに、テネルの手をぎゅっと握りながら次の言葉を紡いだ。

「確認ですが、三件目の現場で何が盗まれたのかは騎士の皆さんは知っていますか?」

「……いや、知らない。昨日の家主から話を聞いた、おれと団長だけが知っている。それが何だと言う?」

「それはこっちにとってかなり有利ですよ」

 ルクスは一呼吸置くと、テネルに言った。

「教えてください。一体誰が犯人なのかを」

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