第5話 山菜採りの最中で

 青年達が暮らす屋敷から隣の山まではそう遠くは無かった。それにも関わらず、道中には青年の生活圏内にある植物とは種類が異なる花や木々がいくつも生えていた。なるほど、この山にしかないきのこや山菜もあるのは確かな様だと青年はそれを不思議に思いながらも納得した。

「この山にはよく来るの?」

 青年はふと感じた疑問を少女に向ける。

「そんなには来ないわ。今回みたいに季節に合った具材を使ったレシピを思い付いた時に来るくらいかしら」

「そうなんだ。……おっと」

 そこで青年が地面から出ていた木の根で転びそうになった。咄嗟にバランスを取ったため、転倒を免れる。

「足元が悪いみたいだから気を付けて」

 青年は少女に手を差し伸べた。少女はそれに一瞬驚きながらも、

「あ、ありがとう」

 その手を取った。結果、二人は手を繋ぎながら山中を歩いて行く。その間、少女の胸の鼓動は早まるばかりだった。もし青年の心臓が動いていたなら同様の事があったかもしれない。それ以来、二人は相手の事を変に意識してしまっているのか、言葉を交わさずに視線を別々の所に向けて歩いていた。

「それにしても今日はやけに暑いね」

 やがて沈黙に耐えられなくなった青年が口を開いた。

「そ、そうね。何だか私も暑いわ」

「あ、そ、そうだね……」

 二人は互いに言って失敗したと思った。何故それほどまでに暑く感じるのか、答えは分かり切っていたからだ。

「そ、そう言えば最近はずっと暑い気がするよ」

「ここ一週間は晴れ続きだったからかも。そのお陰で洗濯物も乾きやすくて助かっているけれど」

「でもここまで暑いとね。太陽も加減してくれればいいのに」

「それは無理なお願いね」

 そんな他愛もない会話を続けていると、フロースが辺りを見回して立ち止まる。

「この辺りでいいかしら」

「この近くに目当ての物があるの?」

「ええ、ちょっと待ってて」

 ベッラは手頃な木の根元まで近づくと、その場でしゃがんだ。再び立ち上がって青年の元まで戻ると、その手にはきのこが握られていた。

「ほら。この辺りはこんな風に素材の宝庫なの。前にお父さん達と来た時も沢山採れたものよ」

「そっか。それじゃあ始めようか」

 青年は自分の袖を捲り、気合を入れる。

「二人で同じ所を探すのも時間が掛かるから、ルクス君はあっちを見てきてくれる?目当てのきのこや山菜はちゃんとこれに描いてあるから。逆に食べられない物も載っているみたいだから、ちゃんと見てね」

 そう言って少女は青年に紙の束と籠を一つ手渡した。

「分かった。じゃあまた後でね」

 二人は軽く手を振り合い、一旦分かれて行動する事にした。




「ふむふむ、なるほど。これは甘味があるのか。こっちはちょっと苦味があるんだな」

 青年は少女にもらった紙と見つけた山菜やきのこを照らし合わせていた。

「カリダさんが書いたのかな。字は綺麗だし絵は上手い。まるで本物みたいだ」

 山菜のリストを見て青年は改めて感心した。

「さて、とりあえずこれくらい集めればいいのかな」

 青年は地面に置いた籠を見ながら呟く。その中には既に彼がこの十数分の間に採った山菜ときのこが山盛りになっていた。

「肝心のきのこはまだあまり見つかっていないけど。やっぱり探すコツがあるのかな?後でフロースに訊いてみようかな」

 そう独り言を漏らした時だった。

「きゃあ!」

 と、少し離れた所から短い悲鳴が聞こえた。

「……!フロース!?」

 集めていた山菜を放り出して青年は急いで声のした方へ駆けて行った。すると、木々の間から立ち尽くした少女の姿が見えた。

「どうしたの!?」

「あ、あれ……」

 怯え切った様子で何かを指し示す少女。彼女が人差し指で示す先には、大きな身体を揺らしてのそのそと歩く熊がいたのだった。

「どうして、今は冬眠している筈なのに……」

 少女が震え声を漏らす。その疑問に、青年は答えを導き出す。

「多分、冬眠から目覚めたんだ。最近は暖かい日が続いていたから、きっとそのせいだ」

 青年は出来るだけ熊を刺激しないように声のトーンを下げて少女に言う。幸いな事に、まだ熊にはこちらの存在は気付かれていない様だった。

「は、早く逃げましょう!」

「あ、ダメだよ!」

 走り出そうとする少女を、青年はその腕を掴んで止める。

「熊は獰猛で、それでいて自分よりも弱い動物には容赦が無いんだ。もし背中を見せて逃げようものなら勢いよく追いかけて来るよ」

「じゃあ、どうすればいいの?」

 少女は少し涙ぐみながら青年に問う。

「こういう時は熊に背中を見せないように、身体の正面を向けながら後退あとずさりしてゆっくりと距離を置くんだ。熊に気付かれないようになるべく慎重にね」

 青年は人差し指を口元に当て、少女に大きな声を上げないように示しながら教える。そうして二人はゆっくり、ゆっくりと熊から離れて行く。神経を研ぎ澄ませ、乱れそうな呼吸を抑えているその時間は、二人にとってまさに油断できないひと時だった。しかし、その時だった。

 少女の足元からバキッ、と何か物音がした。どうやら、落ちていた木の枝を踏んだらしい。その音は水を撃ったような静寂の中、辺りに響いた。青年達は視線を下に向けた後、はっとして熊の方へと戻す。すると、熊が彼らの存在に気付いたのか、進行方向を変えた。その巨体を左右に大きく揺らしながら、猛獣は青年達の居る方へと向かってくる。

「まずい、僕達を獲物と捉えたか」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

 フロースはその両目いっぱいに涙をたたえながら言う。緊張で精一杯の彼女には謝る事しか出来なかった。

「こうなったら仕方がない。フロース、君はここを離れて。あの熊は僕が引き付けておくから」

 そう言って青年は、腰に携えていた一本の剣を手に取り、前に構える。

「そんな、無茶よ。あんな大きな熊に一人で立ち向かえる訳が無いじゃない!」

「じゃあどうするんだ。このままじゃ二人とも奴の餌食になるだけだよ!」

 そう言ったものの、いくら彼が一度死んでいる身とはいえ熊を相手にして無事で済む保証も、ましてや再び帰れる保証もどこにも無い。それは彼が一番よく分かっていた。青年の額には汗が滲んでおり、その内の一滴がすうっと彼の頬を伝う。

「いいから行くんだ!僕は大丈夫だから」

「嫌、ルクス君だけ置いて行くなんて嫌よ!」

 そう言い合っている間にも、熊はその距離を詰めていく。やがて彼らが逃げようとしている事に勘付いたのか、ぐおおおおお!と鳴き声を鳴らしてその歩を速めてくる。

「くそっ」

 青年は覚悟を決めて、力強く剣を握り熊の方へと走り出す。剣を前方に突き出し、熊の視界を潰すために突進する。一方、熊は青年に臆する様子も無く、その左前足を振り、剣にぶつける。青年の力が勝る訳が無く、剣ははじき返されてしまった。

「まだだっ!」

 その状況下でも青年の心が折れることは無かった。今度こそ相手を仕留めんと、青年は剣を上方に掲げ、勢いよく振り下ろす。しかしその一撃が通用する事は無かった。熊は右前足で剣を横に逸らす。熊の余りの力の強さに耐え切れず、青年は剣から手を離してしまった。

「しまっ……」

 青年は再び剣を拾おうと試みるが、剣は熊の足元に転がっており、到底拾える場所に無かった。加えて彼にはもう武器が無い。彼は武術を身に付けている事もないため、徒手空拳で戦えるはずもない。傍らにいる少女を守る手立てを絶たれたその状況は、最悪の一言に尽きる。

「う、うう……」

 青年は反動から恐怖が襲って来たのか、尻もちをついた。その姿勢になり、目の前の熊が余計に大きな化物に見えた。青年は思わず後退する。それを良しとするはずが無く、熊も次第に近づいて行く。そうして、その爪が青年に届く所まで両者間の距離が近づいてしまった。

「もうダメか」

 青年は半ば諦め、眼を閉じた。対して熊は青年を仕留めるために容赦なく前足を振り上げる。

「やめてえええええええええええええええ!」

 青年の危機に、少女は掠れる声で叫んだ。その甲斐も虚しく、熊が青年の身体を切り裂く。




 その直前の事だった。

 突然、ドオン、という轟音と共に、熊に何かがぶつかり、その巨体が吹き飛ばされた。

「え?」

 青年達は、その瞬間に何が起きたのか理解できなかった。気が付くと熊が少し離れた所に倒れており、その身体から薄っすらと煙が上がっていた。

「な、何が……?」

 青年が声を漏らす。すると、

「全く、世話が焼けるわね」

 そう言って木陰から姿を現したのは、黒を基調とした瀟洒なドレスを纏った少女だった。

「ベッラ……!君がやったのか?」

「それ以外に何があると言うのかしら」

「それはそうだけど、どうして……」

「悪いけど、そんな事を言っている場合じゃないみたいよ」

 ベッラの指差した方に青年が視線を向けると、熊がその巨体を起こしていた。気付けをするためか、その頭を左右に振っている。

「どうやら今の一撃じゃどうって事無さそうね」

 少女にやられたのを認識したのか、熊が一直線にベッラの方に走って行く。

「危ない、逃げろ!」

「大丈夫よ」

 叫ぶ青年をベッラは片手で制した。次に、ベッラはその手を迫り来る熊の方へ突き出す。すると、少女の手の先に幾何学模様の円が浮かび上がった。

「なっ……!?」

 驚く青年には目もくれず、少女はその力を行使する。幾何学模様から幾つかの火球が現れ、勢いよく熊に向かって飛んでいく。それらは熊の身体に当たるや否や、その一つ一つが小さな爆発を起こした。それは少女が熊に先刻浴びせたものと同じものだった。再び熊の身体が横向けに倒れる。

「凄い。やったね」

 青年が少女の方に振り向く。

「いいえ、まだよ」

 その一言で青年が視線を戻すと、少女の言葉通り熊がまた身体を起こそうとしていた。

「どれだけ頑丈なんだよ、あの熊は!?」

「大丈夫、これで終わらせるわ」

 ベッラは二、三歩踏み出すと、虚空に手を翳した。直後、虚空に幾何学模様が浮かび、そこから炎の槍のようなものが現出した。その間にも、熊は必死に立ち上がろうとしていた。ぐおお、と鳴き声を上げる様子は、青年達にも苦しさを感じさせる。

「すぐ楽になるわ」

 そう言って、ベッラは手を払う。それに連動して、虚空に浮かんだ炎の槍が熊に向けて放たれ、胴体に突き刺さる。痛みを訴えるかのように唸り声を上げた後、熊は横に倒れ遂に動かなくなった。

「終わった、の?」

 青年は、恐る恐る熊の様子を覗き込む。その巨体は改めて見ると、まだ今にも動き出しそうな逞しさを感じさせる。そんな青年に対し、ベッラは怯えることなく熊の方に歩いて行く。近くで暫くその体躯をじっと見た後、ベッラは踵を返して青年達の元へ戻って来た。

「安心しなさい。もう動くことは無いわ」

「よ、良かったあ」

 青年は安堵しその場に座り込んだ。緊張の糸が切れたためか、腰や足に上手く力が入らない。その様子を見たベッラはクスクスと笑みを溢す。青年がそれを不服に思って立ち上がろうとした時だった。青年は不意に眩暈に襲われ、視界がぼやけた。




『うわああああ!』

 森の中でルクスは悲鳴を上げた。目の前に熊が現れたのだ。彼の視線は現在よりもかなり低いため、その時の彼の容姿はどちらかと言えば少年と呼んだ方が適切なのかもしれない。それゆえに、熊は当時の少年からすればより大きなものに感じただろう。

『く、来るなあ!』

 少年は持っていた剣を振り回す。対し、熊はそれに構うことなく少年に近づいて行く。

『伏せなさいっ!』

 と、そこで少年の後方から声がした。少年はその声に従い、身体を小さくする。直後、少年の頭上を火の玉が通過した。それは直線上にいた熊にぶつかり、ドン、と音を立てて弾けた。熊はそれに驚き、何処かへと逃げて行った。

『あ、ありがとう。○○○っ!』

 少年はすかさずお礼を言う。だが、記憶の中の言葉は濁っていて所々が聞き取れない。

『別にいいわ。それよりも、こんな所で剣術の練習なんて危ないわよ』

 命の恩人がその姿を現す。それは、少年と同じくらいの背丈の少女だった。こちらも声と同じく、肝心の少女の顔はぼやけていてよく見えない。

『ごめん。でも、僕は○○○みたいに魔術は使えないけど、いつか○○○も守れるくらい強くなりたいから』

『ふふふ。それは楽しみね。でも、こんな所じゃなくてあっちの方でやりましょう』

 と、名前も分からない少女は親し気に少年と手を繋ぎ、一緒に森から開けた場所へと歩いて行く。




 そこで、眩暈が治った。

「今のは……」

 青年は意識をはっきりとさせるため、軽く顔を振った。熊と対峙したかつての記憶。それが今、呼び起こされたのだ。

「何をぼーっとしているのかしら。全く、情けないわね。この程度の事で腰を抜かすなんて、先が思いやられっ……」

 いつものように青年に高慢な態度を取ろうとした所で、傍らに居た赤髪の少女に抱き着かれ遮られた。

「ちょ、ちょっと何なのかしら!?」

 珍しくあたふたするベッラを他所に、フロースは溢れんばかりの涙を浮かべながら絞り出すように声を発する。

「怖かった。ありがとう。本当にありがとう……」

「……別に、礼には及ばないわよ。貴方には日頃から世話になってばかりだもの。そっちの誰かさんもね」

 その一言ではっとした青年は、ベッラに鋭い視線を向ける。

「君がそれを言うか」

「あら、私が何か間違った事を言ったかしら?」

「うう、それは……」

 青年は、確かにその通りだと思った。思い返せばこの町に来てからフロース自身をはじめ、彼女の両親にも大きな借りを作ってばかりだった。

「ねえ、さっきの火……」

 と、そこでフロースがベッラと顔を合わせる。ベッラは照れくさいのか、すぐさま視線を逸らした。

「あれって、もしかして魔術?凄い!あなたって魔術が使えたのね!」

「え、ええそうよ」

 嬉々としてベッラと話すフロースを見て、ルクスは呆けていた。黒魔術は人から忌避されていたのではなかったのか?

「あなた、将来は立派な魔術師になれるわよ!」

「そ、それはどうも……」

 困惑するルクスをお構いなしにフロースはベッラを褒め称える。しかし、当の本人は反応に困っていた。そこにはルクスが知る普段の不遜な姿は何処にも無かった。屋敷に籠りがちな彼女は、どうやら他人と接する事はもちろん人から褒められる事には慣れていないらしい。

「それよりも、どうしてここにいるの?」

「……っ。そ、それは」

 フロースの投げかけた疑問に、ベッラは都合が悪そうに俯いて沈黙する。確かに、いつも屋敷に居る彼女が偶然青年達と同じ隣の山に居るというのはおかしかった。

「もしかして君、僕達の後を追いかけて来たの?」

 ルクスの言葉に、ベッラはビクッと反応した。

「べ、別に二人の事が気になったとか、心配になったとかじゃないわよ。ただ気ままにふらっと山に散歩に来たらたまたま居合わせただけで……」

 手を振りながら必然を否定する彼女だったが、明らかに動揺して冷静さを欠いている。訊いてもいない事までベラベラと喋るベッラに対し、他の二人は顔を合わせ、一緒に苦笑した。

「な、何よ?」

「いや別に。何でもないよ」

 そこでムスッとしたベッラがルクスに近づき、彼の頬を指でつまむ。

「そう言う割に何をにやけているのよ」

「い、痛い痛い!謝るから放してよ」

 その様子を見たフロースは暢気に微笑んでいた。

「あらあら、やっぱり仲が良いわね」

「そんな事言ってないで助けてよっ」

 先程まで死ぬかもしれなかった状況にあったとは思えない程、ルクスとフロースは日常感を感じていた。二人の表情を見たベッラは気が済んだのか、ルクスの頬から指を離す。

「さて、それじゃ帰りましょうか」

「そうね。あ、また今度改めてお礼をさせて。美味しいきのこのパスタ、食べて頂戴」

「あら、良いわね。楽しみにしておくわ」

 自分を放っておいてそんな会話をする二人を見て、ルクスはやれやれと思いながらも今度こそ立ち上がってその後を付いて行くのだった。




 フロースをカリダの店に送り届けて屋敷に帰って来たルクスとベッラは、疲れからかソファに並んで座っていた。辺りはすっかり暗くなり、月明りが窓から差し込んでいる。

「結局、またご馳走してもらう事になっちゃったな」

「あら良いじゃない。食費が浮くのは良い事だわ」

「そういう問題じゃないよ」

 少しも悪びれる様子が無い少女を横目で見て、青年はため息を吐く。

「あれはフロースの心遣いじゃないか。申し訳ないとか思わないの?」

「そうは言っても私に出来る事なんて限りあるじゃない。貴方、私がこの屋敷からほとんど出ない事くらい分かっているでしょう?」

「……じゃあ何で今日は来てくれたのさ?」

「そ、それは……」

 昼間と同じく、少女はその問いに言葉を詰まらせる。何やら俯き、耳と頬を赤く染めている。

「まあ、いいや。別に僕には君をこれ以上辱める趣味は無いからね。そうだ、ちょっと訊いてもいいかな?」

 それよりも、青年には他に優先して知りたい事があった。

「前に君は黒魔術が嫌われているという事を教えてくれただろう?でも昼間に熊を退治した後、フロースはとても恐れている様には見えなかったんだ。あれは一体?」

「ああ、その事ね。それは言葉足らずだったわね」

 少女は何やら得意げに人差し指を立てながら言う。

「嫌われていると言っても、それは黒魔術に限る話よ。普通の魔術は受け入れられているの」

「どうして?」

 青年は続けて疑問をぶつける。

「あの時、魔術は呪術の側面を持っていると言ったけれど、本来は違うのよ」

 少女はまるで遊ぶかのように立てた指を回す。

「本来、魔術は不可能を可能にする事を目的にしていた物なの。枯れた大地に雨を降らせて土壌を生き返らせたというのも世に出回っている話の一つよ。言うなれば、奇跡の体現ね。その性質から、一部の地域では魔術師を崇めたてまつる所もあるそうよ。あらゆる権力を魔術師に与えている所もあるそうね」

「奇跡の体現、か」

 言われて、青年は胸にすっと落ちるものがあった。確かに、自分が倒せなかった熊を倒す事が出来たのはそう言うのが適していると思ったのだ。

「満足した?」

「あ、えーと。そうだ、まだ訊きたい事があるんだ」

「何かしら?」

「今日、昔の記憶が蘇ったんだ。あれは相当前の事だと思うんだけれど」

「そう、それは良かったわね。それで、何を思い出したのかしら?」

「今日みたいに、熊に襲われそうになった時の事だよ」

「……」

 その言葉を聞くと、少女は何を思ったのか窓の方へと視線を移す。昼から晴れていたためか、夜空には星が瞬いていた。

「それでその時、女の子に助けてもらったみたいなんだ。何処の誰かまでは分からないけれど」

「そう……」

 興味があるのか無いのか分からない少女に対し、青年はモヤモヤしていた。

「ねえ、君は僕と生前付き合いがあったんだろう。何か知っているんじゃないのか?あるいは君は」

「さて、お腹が空いたわね。ルクス、何か作ってくれないかしら」

 青年の言葉を遮るかのように、少女は突然話を逸らした。青年には、彼女に何か不都合な事があるようにしか思えなかったが、彼女がそれ以上の言及を望んでいない事が分かると、話を止めて言われた通り夕食を作る事にした。

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