お姫様抱っこをされたい

水浦果林

お姫様抱っこをされたい

「ひまりって、恋に落ちる理想のシチュエーションとかあるの?」

「はぇ?いきなり?」


 私は、友達とお昼を食べている途中、その友達の一人、夢咲ゆめさきひまりに聞いてみた。

 ふわふわに巻いたエアリーな質感のロングヘアを緩めのポニーテールにして、ラインストーンを散りばめた桜色のシュシュで留めている。ぱっちりとした大きな目は長い睫毛で縁どられ、少し華奢な肩も、オーバーサイズのニットも、いかにも『可愛らしい』を詰め込んだような女の子だ。


「理想のシチュエーション?んー……」


 ひまりは、暫く考え込むと、少し顔を赤らめながらはにかんだ。


「夢見すぎ、って言われるかもしれないんだけど……。怪我しちゃったり、具合が悪くなっちゃったときとか、カッコイイ男の子におんぶとか、お姫様抱っこされてみたいなぁ……とは、思ったことあるよ?」


 友達が皆、癒されたような笑顔になる。それから、一斉に皆がひまりを取り囲んで、ひまりを愛で始めた。


「かわいいねぇ、ひまりちゃ~ん!」

「あたしがひまりんの王子様になるよ〜!」

「ええ?」


 ひまりは、あっという間に乙女の餌食となった。私もそれを傍から見つつ、あの中に入りたいなと密かに思っていた。


○○○○○○○○


「……ちょ、おい、なが!?」


 それから数日後の、教室移動の最中。クラスメイトの男子が一人、廊下の壁に背をついて倒れ込んだ。辺りに、彼のノートや教科書、ペンケースがバラバラに放られていた。


「どした!?」

「なんか、目眩が……。気持ち、悪い……」


 物静かな文学青年といった雰囲気の彼は、色白の顔を更に青ざめさせて、細い顎に伝った冷や汗を拭っている。通りすがりのクラスメイトたちも、何事かと彼を見ていた。

 彼の友人二人が、どうすればよいのかとわたわたしていた。


「……あれ、先生呼んできたほうがいい?」

「誰かがもう声かけに行ってるんじゃない?」


 通りすがるクラスメイト達が、一瞥こそするものの直ぐに移動してしまう。

 私も、どうすればいいのかとうろうろして回っているだけ。誰か、人呼びに行ったのかな……?


「あれ、長瀬くんどうしたの?」

「ああ、ひまり……」


 トコトコとやってきたひまりは、ちょっとした騒ぎになっている様子を悟ったようで、「んー……」と唸った。


 と、思ったら。


「ちょっと、これ私の席に持ってってくれる?」


 ひまりは私に、シールでデコられた自分のノートと、ピンク色がかわいいペンケースを持たせると、着ていた白のニットの袖を捲った。


「……長瀬くん、ちょっとごめんね?」

「夢咲?お前なにする気……は?」


 長瀬くんの友達が、ありえないものを見るような目でひまりを見やる。


 そりゃ、そうでしょ、ひまりさん。だって、十五センチ以上は身長差がある男子を、軽々とお姫様抱っこって、貴女。


 夢咲ひまりは、ふわふわなイメージと対照的に、陸上部の重量上げの選手。華奢な見た目で、筋力が凄まじいのだ。


 それにしても、上背のある男子を軽々と持ち上げられるほどだとは……。私もびっくりだよ。


「長瀬くん、眠っちゃったみたい。保健室に連れて行ってくるね!」

 

 ひまりは、私がやらなきゃという使命感でも持っているのか、やる気に満ちた顔で階段を降りていった。


「凄えな、夢咲……」

「あれ、長瀬が気付いたとき、顔から火吹きだすんじゃねぇの?」

「女の子にお姫様抱っこされたらねぇ……」

 

 残された、長瀬くんの友達と私は、三人で呆然としていた。

 授業開始のチャイムが、少し遅れて聞こえた気がした。


○○○○○○○○


「ひまり、かっこよすぎるよ……」

「普段はこーんなにかわいいのにねぇ」


 しかし、ひまりの理想は、叶えられるよりも叶えてしまう側だからこそのものだったのか。


 あのあと、保健室に連れられた長瀬くんは早退した。


 ひまりは、噂が広まって、クラスメイトに囲まれても、我関せずといった感じで授業を受けていた。


「だって、あの場で力持ちなの、私しかいなかったし……」


 ひまりは、むっとむくれる。膨らませたほっぺたをつついてみると、ぷしゅと空気が抜けた。


 お昼ご飯を楽しんでいると、そっと一人の影が近づいてきた。見ると、二日ぶりに姿を見る、長瀬くんだった。どうやら、体調は戻ったらしい。


「……あの、夢咲さん。」

  

 長瀬くんは、少し戸惑ったような顔をしつつ、ひまりと目を合わせる。恥ずかしそうに顔を赤らめたまま、小さく口を開いた。


「あの、約束……。今、大丈夫?」

「へ?約束……あっ!う、うん!」

 

 ひまりが、カタンと椅子を鳴らして立ち上がる。それから、私たちに向かって「ごめん、ちょっと用事!」と叫ぶと、長瀬くんと一緒に教室を出ていった。


「……なに、アレ」

「長瀬がさ、十三時になったら話したいことがあるって、ひまりのこと呼び出してたの。多分、告白」

「ええっ!?あの二人が!?」


 私達皆が、驚き慌てる。その中で、クールな恋愛博士、ミユキがフッと笑った。


「ひまりの理想とは真逆になったけど……でも、幸せそうじゃない!」

 

 その数分後、遠慮がちに手を繋いで戻ってきた二人に、教室中が拍手を贈った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お姫様抱っこをされたい 水浦果林 @03karin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ