ミステリー、もしくはホラー小説の書き方
OKAKI
第1話
覚えているかい? 僕が書こうとしたミステリー小説のことを。
覚えてない? そうだろうね。君は幼い頃からそうだった。身勝手で自分本位で、僕のことは、何をしても、何を言っても構わないサンドバッグ程度にしか思ってなかったんだろうね。
僕が初めて君を殺したのは、夏休みが始まってすぐだった。高2のだよ。覚えてるかな? その日、君が僕の部屋に来て、何をしたのかを……
僕はずっと、小説を書きたいと思っていた。ハラハラドキドキ、でも最後はスカッとするミステリー小説を、自分でも書いてみたいと常々思っていた。
でもミステリーって、小説の中でも特に難しいジャンルなんだよね。高校生の僕には、ストーリーどころか、舞台すら上手くイメージできなかった。それでずっと、書けずにいた。
高校2年の行事といえば、当然君も覚えているよね? 高校生活最大の行事、スキー旅行だ!
僕は寒いのが苦手で、スキー旅行も全然楽しみじゃなかった。もっと暖かいところに行きたいと思ってた。でもさ、スキー旅行の詳しい話を聞いているうちに、考えが変わっていった。すごくわくわくしてきた。何故か分かるかい? 君には分からないだろうね。スキーといえば、雪山。雪山といえば、ミステリー定番の舞台だからさ!
初めてのミステリーは、修学旅行中に起こる連続殺人事件にしようと決めたのさ。
夏休みに入ってすぐ、僕は小説の執筆に取り掛かった。スキー旅行中の高校生男女6人グループが雪山で遭難して、山小屋で夜を明かすことになり、そこで揉めて、殺人事件が起きるって話さ。でもさ、山小屋に逃げ込んだ後が続かなかった。
殺す人間も犯人も決めていたけど、最初の殺人はどうして起きるのか? 山小屋からどうやって連れ出すのか? 2人目以降はどうする?
小説はたくさん読んできたけど、書いた事はなかったからね。筆が止まるのも当然さ。
そこで僕は、一度執筆を止めて、ノートにプロットを書くことにした。プロットと呼べるほどのものでもなかったけどね。登場人物と、その関係性。殺人の動機とか、殺害方法とか。思いついたことを乱雑に書いていった。いつでもすぐ書けるように、ノートを開いたまま机に置いておいた。それが良くなかった。いや、良かったのかもね。
君はいつも通り突然訪ねてきて、勝手に部屋に入ってきた。そして、勝手に僕の持ち物を触るのも使うのも昔っからのことで、全部分かっていたことだった。分かっていてはいても、許しているわけじゃないんだよ。
君は、開いたままだからって他人のノートを勝手に見て、その内容を大笑いしながらバカにした。
『修学旅行で生徒が遭難? そんで、殺人事件が起きる?
ありえねー! 殺人事件が起きる前に、捜索隊に発見されるっしょ! そもそも、修学旅行で行くような山で、遭難するバカがどこの世界にいるんだよ!』
すごく腹が立った。人が一生懸命考えた話を、小説どころか、漫画すらほとんど読まない君が、大笑いしながらバカにした。いつもみたいに、流して許すことができなかった。
腹が立った僕は、バカ笑いする君を思いっきり突き飛ばした。君は体制を崩して机に頭をぶつけ、床に倒れて動かなくなった。
動かなくなった君を見て、僕は君を殺してしまったと思った。すごく焦ったよ。とんでもないことをしてしまったと。
少ししてから動き出した時はほっとしたけど、顔を上げた君と目があった時『あのまま死んでれば良かったのに』て、思い直した。
『てめえ、何しやがるんだ!』
君は顔を真っ赤にして、怒り狂っていた。僕は君の怒りの形相を、一瞬、怖いと思ったけれど、すぐに恐怖以上の怒りが僕の心を支配した。
君があれほど怒ったのは、突き飛ばされて怪我をしたからじゃない。君より弱い僕に、僕なんかに怪我させられたことに、君は激怒していたんだ。
呂律が回ってなくて全部は分からなかったけど、浴びせかけられた暴言の端々から、僕はそう感じた。
いつもの僕は、少しくらい嫌なことをされたり言われたとしても、反撃も反論もしなかった。その方が、楽だったからだ。
でもさ、大事なものを踏みにじられても反撃しないほど、僕はやわでも優しくもない。
『小説を読まない奴が、僕が書いた小説を馬鹿にした』
僕にとっては、許し難いことだった。
そうして僕たちは、初めての喧嘩をした。ひどい殴り合いの喧嘩だった。たくさん殴られて怪我をしたけど、僕は君に勝つことができた。最初に頭をぶつけたのが悪かったんだろうね。再びふらついて倒れた君の頭に椅子を叩き込んで、君は本当に動かなくなった。
君を殺してしばらく後、僕はパニックになった。
僕が書いた殺人事件のプロットじゃ、殺した相手の死体を隠して、それが見つかりそうになって次の殺人を起こす、て感じだったんだけど、現実じゃそんなこと出来やしない。
1人殺しただけでへとへとだし、体のあちこちが痛い。死体を隠す場所も、運ぶ手段もない。部屋はめちゃくちゃで、この部屋で何があったのかは、一目瞭然だった。
動かなくなった君の側に座り込んで呆然としているうちに目の前が暗くなって、やがて意識が飛んだ。そして目が覚めると、朝に戻っていた。
なんで同じ日か分かったかって? 同じことが起こったからさ。君は僕の部屋に来て、勝手にノートを見て、同じことを言って笑った。
同じことが起こって、僕は戦慄した。ループしたとは思わなかった。あの出来事は、予知夢だったんだと思った。とてもリアルな予知夢だとね。
だから今度は、君に何を言われても怒らないようにした。その結果、喧嘩にならなくて、君も死ぬことはなかった。
それから何事もなく夏休みは終わり、2学期が始まった。僕のミステリー小説は、夏休み中考えても全然書けなくて、スキー旅行を終えて、その体験を元にストーリーを練り直すことにした。
そんな僕の気持ちなんか知らずに、君はしつこく僕を揶揄った。
『ミステリー小説は書けたか?』『どうせ、書けてないんだろ?』『書くのを諦めたのかよ』てね。
僕が「スキー旅行の経験を元に、書くことにした」て言っても『下手な言い訳』『おまえが、小説なんか書けるわけねーだろ』て、大声で言うんだ。
学校でだよ。近くに人がいないとはいえ、誰に聞かれるかわからない場所で、大声で言ったんだ。誰かに聞かれると思わなかったのかい? いや、君のことだから、誰かに聞かせて一緒に僕のことを笑おうと思ったんだろうね。
怒りと羞恥で頭に血が上った僕は、君の背中を思いっきり突き飛ばした。
運悪く、君は階段を降りるところだった。運良く、君は派手に転げ落ちて、怪我した。死ななかったことが残念だけど、足を抱えて大声で泣いてる君を見て、心が晴れ晴れとしたよ。
でもさ、気持ちが晴れたのも一瞬だけだった。その後、大変な騒ぎになった。
君は僕を指差して『こいつに突き落とされた』と、断言した。
集まってきた生徒たちに白い目を向けられ、駆けつけてきた先生に拘束されて、僕はパニックになった。衝動的に行動したことをひどく後悔した。
そしてまた、目の前が暗くなって、気が付くと、朝に戻っていた。
僕が何を言ってるのか分からないって顔してるね? 分かるよ。僕も最初は、予知夢だと思ってたからね。でもさ、何回か経験して分かったんだ。これは夢じゃない。時間が巻き戻ってるってことにね。
なぜそう確信したのかって? それは、君のせいさ。君を4階の窓から落とそうとして失敗した時、君にひどく殴られた。最初のような喧嘩じゃない、一方的な暴力だ。痛くて怖くて、殺されると思った瞬間、朝に戻ったんだ。
すごいよね? 不思議だよね? なんでこんなことが起きるのか分からないけど、僕はこの現象を利用することにした。
ほら、僕はミステリー小説が大好きだからね。そのために、いろんな方法で君を殺すことにしたんだ。
知らないか。ミステリーどころか、まともに小説を読まない君が知ってるわけないよね。ミステリー小説の書き方に『まず死体を転がせ』て言葉があるんだ。まず死体を転がして、その後を考える。殺害動機に殺害方法。殺した後どう隠すか、隠さないで他人に罪を被せるか。想像しただけで、ワクワクするね!
だから僕は、まず『君という死体』を転がしてから、ストーリーを考えることに決めたのさ。
でもさ、現実って、死体を転がすだけでも大変なんだよね。
最初は、事故死に見せかけようとした。ミステリーとしては弱いかなって思ったけど、本当に事故死で処理されたら、この方法は使えるってことになるだろ? でも、現実は小説みたいに上手くはいかなかった。必ずと言っていいほど、誰かに目撃された。階段から突き落とした時みたいにね。
事故はやめて、人気のない場所で襲うことにした。君を連れて行ってくだけでも大変だけど、誰にも目撃されないことも不可能に近かった。
刺してるところは見られなくても、君と歩いてる姿は結構見られてるだろうし、逃げる時に人とすれ違ったりもした。それに、防犯カメラなんかもそこら中にあるって言うだろ? 外での殺しは無理だと、早々に悟ったよ。
誰にも見られずに殺せる場所って言えば、家しかないよね。君はしょっちゅう僕の家に上がり込んでいたから、チャンスはいくらでもあった。
母親が外出した時を狙って包丁で滅多刺しにしたら、そこら中血だらけになってさ、死体の処分どころか部屋の掃除が無理なレベルになってしまって、刺すのは1回で諦めた。
次は、後ろから紐で首を絞めた。これがダメだった理由は、君の方が力が強かったことにある。暴れられて、逃げられておしまい。
睡眠薬でも手に入れられたら絞め殺すのも簡単なんだろうけど、学生の身分で薬の入手は難しかったんだ。本気で探せば、学生でも入手可能な薬もあったんだろうけど、あの頃は、君を殺した後のことを考えて、あまり非合法な手段は使うまいと思ってたんだ。
今の僕は、君を殺した後のことを考えてはいない。全く考えていないってのは、嘘になるかな?
久しぶりに君が僕を訪ねて来て、君が変わらず僕を見下して『やっぱおまえにミステリーなんか書けるわけなかったんだよな』なんて言ってきた時に、あの頃の気持ちを思い出したんだ。君を殺し続けていた、あの頃の気持ちを。
ミステリーをやめてライトノベルを書くようになって、運良く幾つか出版してもらったけど、君が思うほど儲かってはいないよ。それどころか、次は難しいって担当さんに言われてしまってね。やっぱり、見よう見まねで書いたラノベじゃ、この辺りが限界かなって。
僕の見よう見まねで書いたライトノベルでも、評価はされてたんだよ。担当も読者も一番評価してくれたのが、人が死ぬシーンの臨場感なんだ。どうせ君は、僕の小説なんか少しも読んだことないだろう?
僕の書く小説は、いわゆるループ物でね。主人公の仲間や周囲の人間が、主人公の目の前でモンスターや悪人に惨殺されると、ショックと無力感で、その日の朝に巻き戻るんだ。そして、仲間たちや周囲の人間が殺されないように、主人公が上手く立ち回って悲劇を回避するって話さ。
そうだよ。僕自身の経験から書いた物語さ。みんなが評価してくれる惨殺シーンは、君を殺した時の経験から書いてたのさ。まさに、経験に勝る説得力はないって訳だね。
長い話を聞いてくれてありがとう。猿ぐつわを咬まさないと、君は僕の話なんか聞いてくれないからね。
ああ、猿ぐつわが問題なんじゃないか。君が今一番疑問に思っているのは、どうして手足を縛られて、風呂場に転がされているかってことだよね? それとも、君がこれから僕に何をされるかってことの方が気になるかい?
担当さんがね、言ったんだ。僕の文才が活きるのは、ホラーじゃないかなって。言われて目から鱗が落ちたよ。僕は、ホラー小説が好きじゃないからね。怖いからじゃない。逆に、何を読んでも怖いと思えないからさ。
だってさ、僕の経験の方がずっと怖いと思わないかい? 手を替え品を替えての殺害の記憶。君に逆襲された時の、死の恐怖。ゾンビのように何回殺しても生き返る君の存在は、どんなホラーより恐ろしいよ!
なんで僕はホラーを書かなかったんだろうって後悔していたところに、君が訪ねてきた。まさに、運命だと思ったよ。
前はミステリーを書くために死体を転がそうとしたからさ、できるだけ簡単にあっさり死ぬ方法を試みたからね、今日からは違う。ホラー小説だからね、いかに陰惨に、いかに残虐に、でも簡単に死なないようにしないといけない。
そんな怯えた目で見ないでくれ。そんな目は、君に相応しくない。どんな目に遭っても、僕を馬鹿にした目で見てくれ。僕なんかに殺される怒りを目に宿しながら、出来るだけ長く苦しんでくれ。君が長く苦しむほど、僕は素晴らしいホラー小説が書けると思うんだ。
長らくお待たせしたね。そろそろ始めようか。
ミステリー、もしくはホラー小説の書き方 OKAKI @OKAKI_11
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