1 § prophetia : かの邂逅は、まさしく預言にある通り②

 急いで正装のドレスにえ、髪の上半分をまとめてかざりをつけた。

 白鳥のように清らかで、くびれのくっきりした、シンプルで品のあるドレス。小さいしんじゆを星のようにいくつもあしらった、せんさいな髪飾り。どちらもほっそりした身体からだつきのエレクトラによく似合っている。

 アクセサリーに関しては、選ぶ必要はなかった。

 首元にはいつも、はだはなさず着けている父の形見のペンダントがあるからだ。どんな格好に着替えてもこの銀のペンダントだけは欠かさない。

 ──よし、間に合った。

 エレクトラは一安心しながら自室を出た。

ひめさまおそくなりました」

 するととびらの外で一人の騎士がひざをついていた。

 黒い鎧に身をつつんだしい騎士。瞳と髪も鎧と同じ黒曜石の色をしていて、つやつやと落ち着いたきらめきを放っている。がっしりとしたたいはたくましく、一見して騎士としての度量がうかがえた。

 エレクトラはふっと微笑んだ。

 守護オニキス。侍女たちとちがってけいはくみをかべたりしない。黒曜石のように固い意志と誠実さに満ちている。けつこんするならこんな人がいいのかもしれない、といつも思う。

 まあ彼女が男であったら、の話だが。短く切られた黒髪も、せいかんすぎる顔つきも、一目で女性とはわからないほど凛々しい。しかし彼女はれっきとした女性だ。

「おはよう、オニキス」

 無意識にエレクトラの声はやわらいだ。

 宮廷内に自分の味方は二人いる。さっき出会ったユリウスと、このオニキスだ。同じ女性ということもあり、オニキスのほうがきよは近いといえるだろう。

「遅くはないけれど、どうかしたの?」

「こちらへ向かう折、聖騎士団の者に声をかけられまして」

「聖騎士団の?」

「はい、国境付近に動きがあるとのことです。女王陛下のお召しも、それにかかわりのあることかと」

「そう……」

 いつしゆん、頭の中に戦場の光景がよぎった。

「急ぎ向かわなければいけないわね。謁見の間へ」

「ええ。お供いたします」

 長身のオニキスがかげのように寄りったのち、二人は部屋を出た。


 王都オレステイアにそびえる白いきゆう殿でん。下半分は力強い円柱がどっしりと構え、上半分は細い円柱がいくにも連なっている。

 古代ミトスから何度も王朝を変えながらも、およそ二千年のときをまたいで存在し続ける宮殿。それはまさしくミトス王国の高潔さと繊細さを表していた。

「方々、おそろいにございます。陛下」

 元老院議員が玉座の女王へ言うと、女王は低く厳しい声で「うむ」とうなずいた。

 よわい四十をえたその姿は、エレクトラと同じようにほっそりとして、たたずまいや気品からは王族ならではの気高さが窺える。

 見た目はエレクトラとは全く似ていなかった。

 エレクトラは銀色のかみに紅いひとみだが、女王は金色の髪に青い瞳だ。

 一方でアイリーンは母と全く同じ色合いをしている。それもまた、宮廷じゅうがアイリーンびいきになる理由の一つでもあった。

「急ぎの招集に応じ、ご苦労」

 女王の物言いはいつもながら固い。

 先の通り、ミトスの歴史は二千年ほどになる。ほこりと伝統が重視されており、女王となると相応の風格とげんしゆくさが要求されるのだ。

 ちなみにミトスの王は常に女性である。理由の一つは、がみセラをしんこうする国であるということ。もう一つは建国したのがセラの子孫といわれる巫女みこだったこと。ゆえに一系ではないが、ミトスの王は女性であると古来より固く決められている。

「さて、たびの用向きですが」

 女王はおもてを引きめたまま、たんたんと告げた。

「ガラテア軍が、カロンの入りまでせまっているとの報告がありました」

「なんと……」

 声をらしたのはユリウスだった。

 ガラテアていこくはミトスのりんごくであり、敵国だ。

 建国からまだ百年もたない新興国であり、若い国とあって勢いも強い。領土を広げている真っ最中で、ミトスは常にその巻きえを食っていた。

「軍勢の数は、いかほどでありましょう?」

 ユリウスがたずねる。

「入り江へ迫っている魔術師兵は三千とさほど多くない数です。しかし」

 女王は呼吸を置き、さらに表情を引き締めた。

「率いるのは、聖王サイリュスであるとのことです」

 みながはっと息をんだのがわかった。

 ──聖王サイリュス。

 ガラテア帝国の第一皇子であり、聖王という世界でゆいいつの称号を持つ者。

 やつかいな相手だ、とエレクトラは思った。

 世界には『聖王』と呼ばれる存在がいる。

 万神殿パンテオンの司祭長で、この世の最高権力者。最も神に近く、最も強い魔力を持ち、最もすうはいされる存在。そしてなによりこの世で唯一の能力を持つ存在。

 その唯一の能力というのは、じゆを魔素に変えることだ。

 世界には魔素と呪素といわれるりゆうが存在する。魔素は有用な物質で、人々が魔術を使用する際に消費する。料理人がかまどに火をつけるときにも、兵士が敵をこうげきするときにも、この魔素が消費される。

 一方、呪素は不要な物質で、魔術を使った後の残りカスとして残存する。放置すれば体内で毒となり、人をふくむあらゆる動物が異形化してしまう。

 魔素と呪素──これらは酸素と二酸化炭素のように、相反しながら存在し続けているのだ。

 そして呪素を魔素にかえすことができる、唯一の存在が聖王だ。自然のサイクルの中で不可欠なフィルターであり、唯一の蒸留装置となっているのだ。

 その聖王が今、ガラテア帝国に君臨している。

 今、というのは、聖王は主要六国による持ち回り制だからだ。

 聖王は一国に置いたままではあまりに強すぎるえいきよう力となる。そこで聖王はこうれいになると別の国の者に力をけいしようすることとされた。この制度を決めたのも主要六国議会だ。

 今回のいくさにおいて、ガラテア軍の大将がその聖王。

 これがどれほど厄介なことかは、ここにいるだれもが理解していた。

「万全の備えでのぞむべきでございますね。どうか私にしゆつじんのご命令を、陛下」

 ユリウスが引き締まった声で言った。聖騎士団長である彼は、魔術においてミトスくつの実力を持つ。聖王が出てきたとなれば彼が出るほかない。

「ええ、一刻を争います。急ぎ出立を」

「では早々にてきようしゆくながら、これにて」

 深々と頭を下げた後、ユリウスはその場をはなれていった。それから女王の冷たい瞳がこちらを向いた。視線がぶつかり、一瞬どきっとする。

「エレクトラ。貴女あなたにも命じます。ミトスのけんとなり、国をまもりなさい」

 十五のときにはなぞのの管理を命じたのと同じ、淡々とした何の感情もない声で女王は言った。むすめに対する心配も、げきれいするひびきもうかがえない。

 エレクトラもまた、じっと母を見つめ返した。

 戦場にいるのは世界さいこうほうの魔力を誇る聖王と、その下につく多くの魔術師兵。少しの魔力もあやつれない無能の自分が何もできないことは、わかりきっている。

 それなのに母は自分を戦場に出す。今までも、何度もそうだった。

 その理由に関して、エレクトラは推察していることがあった。

 ──母は、私をき者にしたいのかもしれない。

 置いておけばじやで、すぐにでも捨てたい『物』。

 しかし王女であるから捨てづらい『物』。

 これが戦となればどうか。祖国のためと大義をかかげれば出陣もさせられるし、死んでも周囲から疑問をいだかれず、不評を買うこともない。だから捨てるために戦場に出す。とつぴようもないもうそうだと言われれば、それまでなのだが……。

「隊列については軍議ののち、改めて言いつけます。しばし自室で待機しなさい」

「かしこまりました」

 エレクトラは淡々と返した。

 彼女自身は戦に出ることについて、あまりいやだとは思っていなかった。

 命のうばい合いが好きなわけではないが、なんというのだろう。

 自分の行動ひとつで自分の生死が決まる場所というのは、宮殿でもれているエレクトラにとっては、ほかのどこより開放的で、生を実感できる場所だったのだ。

 それに王女が出陣していると聞けば、敵も少なからず自分にねらいを定めるはず。

 行事にも外交にも参加できず、自室に引きこもっているよりは、自分の意思で戦場に立つほうが、よほどましな命の使い方だと彼女は思っていたのである。

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