ステルス男爵

かわごえともぞう

第1話 理科室の標本

 橋田京子はしだきょうこは公立高校の一年生。ブラスバンドでアルトサックスを吹いている。夏の甲子園の予選が始まり、ブラスバンドの練習も熱が入る。

 それは昭和が終わって平成になった年だった。ブラスバンドの帰りに不良学生の三人が京子を空き地に連れ出し襲った。声も掛けられないその時、二メートルはある若い大男の助けがあった。外人の白人だった。ほんの数秒で三人の不良学生はもんどり撃って倒れた。

 家に帰って、そのことを話すと、百才になる曾祖父が、

「それは、ステルス男爵だ」

 と云った。

 曾祖父は続けた。

「ステルス男爵は、骸骨男爵がいこつだんしゃくと云って理科の教室にある人間の標本や。別名スケベ男爵や。第一次大戦でドイツの捕虜になったらしい。捕虜になって肺結核で死んだと云う。ドイツに骨を送るにも宛先が分からず、結局、標本にして理科室にやって来たんや」

「へぇーうそ

 京子はそう云った。

「ほんまや、嘘なんか云わん。爺ちゃんが中学校に通ってた頃、時々、夕方から夜にかけて音楽室からピアノの音が流れたり、バイオリンの音楽も流れたりしてたんや。霊感がある学生しか分からん様やった。そう云う時は、骸骨の標本が無くなっていたんや」

 京子は、よくよく見れば、ガラスの中には単なる標本ではない生々しい骸骨だと思ったのだ。


 夏休みになって、甲子園にも初出場で、京子のブラスバンドも出た。準決勝まで行ったのだが、そこまでだった。

 昭和三年建設の校舎は鉄筋コンクリートだったが、夏休みの内に解体されていた。理科室の標本も何処かに運ばれていた。その一年後、建設されたのが新校舎だったが、その理科室には標本のステレス男爵は無かった。

 秋のブラスの大会には参加はしていたが、練習も出てないので、普通に敗退した。校長は、夏休みから二学期にかけての学習が重要であるので、ブラスの練習もアウトだった。昭和50年頃は、私学の高校が、スポーツも進学も急速にの伸して来た時代で、反対に公立高校が下がった時代だった。


 理科室は、冷房がある部屋で、そこには、冷房が無い部屋の生徒の自習部屋になっていた。京子は、朝から夕方まで理科室の中で自習を励んだが、ステルス男爵の事もそのうちに忘れていた。

 ある日、ステルス男爵がやって来たのだ。

「夜は出るのは良くない。不良たちはもう出ないのか?」

「あれからは出ないので」

「それは良かった」

「ステルス男爵はどうしているですか?」

「私は倉庫に置かされている。また理科室に置きたいのだが」

と云う。

 京子は、

「校長先生とかPTAの会長、同窓会の会長に言ったら」

 と云うと、

 ステルス男爵は、

「よし分かった。そうする」

 と云うと、消えたのだ。

 京子は理科室の涼しいことで眠っていたのだ。夢だったのだ。


 その明くる日、理科室には、ステルス男爵の標本が鎮座していた。

 それは、ステルス男爵の夢が、校長とPTA会長と同窓会会長の三人が同時にあったのである。

 これは、親友の由美から小さな声で云った話だが、由美のPTA会長の母親が、若い二メートルはある白人の大男の夢にあったようだ。

 夢には、

「私はあなたたちの云うステルス男爵です。理科室にあったのだが、新築の校舎では無くなっている。もう一度、理科室に置いて欲しいのだが、いかがかな?」 

 由美の母親が校長室に行くと、

 校長は真っ青な顔で、

「私も同じ夢を見たのです。昨日の晩でした」 

 その時、同窓会会長がやって来たのだ。

「ステルス男爵はどうしてる? 何処にあるのか?」 

 同窓会会長は、校長に云うと、

「私たちも同じ夢を見たのです。会長も同じですか!?」 

 三人とも同じ夢を見たのだ。

 三人は膝が震えてなかなか立ってられない程だった。


 夕方6時になると理科室はカギをする。京子と由美は今日は最後の生徒だった。ドアが閉まる時だった。ステルス男爵は、骸骨の右手をそっと挙げたのだ。

 京子は、

「見た!」

 由美は、

「見た!」 

 カギはそのままで、二人で手を取り合って必死で逃げたのだ。

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