やんちゃ姫の世直し奮闘記

かごのぼっち

やんちゃ姫と日之国

 むかしむかし、日之国ひのくにと呼ばれる国に 『やんちゃ姫』と言う たいそう悪戯いたずらが好きな お姫様がいたそうな


 やんちゃ姫は贅沢が大好きで 毎日新しい着物を新調して 一度着た服は全て 捨てておりました


 また机いっぱいの料理を並べ立て その中から好きなものを ちょっとだけ食べて あとは全て 捨てておりました


 家来をたくさん従えておりましたが 気に入らなければ 辞めさせて 機嫌を損ねれば 首を跳ねておりました


 更には、度々城下を抜け出してお忍びで外を散策するものですから、彼女に仕える者はたまったものではありません。


 御殿様は そんなやんちゃ姫が 可愛くて可愛くて 何をやっても 怒りませんでした


 だけど 家臣や国民からは よく思われておらず 御殿様への不満の声も たくさんあったそうな

 

 しかし


 それは やんちゃ姫のの顔でした


 実は


 やんちゃ姫には の顔があったのです






「爺や、コレをいつものように」

「かしこまりました、姫様」


 爺やと呼ばれたのは、やんちゃ姫専任の側用人・羽司馬のことである。羽司馬は姫の身の回りの世話を任されており、大老の仕事の傍ら姫の世話をしていると言う、特異な役どころであった。


 羽司馬は姫の食べ残した食べ物を、全て部下に下げさせた。下げられた食べ物は、すぐに専用の部屋へと運ばれて仕分けされる。仕分けされた食べ物は、姫の捨てたとされる着物などの物品と共に、業者に引き渡されて城外へと運び出される。


 業者のゆく先は城下町ではなく、穢多えた非人ひにんなどが住むという被差別部落へと運ばれた。業者は姫の名を出さず、食べ物や着物、物品などが満遍なく行き渡るように厳粛に分配した。


 そんな被差別部落へと、度々城を抜け出しては足を運ぶ姫。穢多非人の格好までして、部落の人たちの生活環境を改善していった。


 そんな姫の裏の顔を知る者はほとんどおらず、羽司馬は姫に不満を漏らした。


「姫⋯⋯」

「なんじゃ、爺や?」

「なぜ姫は悪役を演じるのです? もっと堂々とすれば良いではありませぬか?」

「それを言うな爺。私がしている事は私の自己満足に過ぎんのじゃ。私がしている事は、全ての者が賛同出来るものではない。貧富の差はあるべくしてある、権力も同じじゃろう。しかしそれが開きすぎてはいかんのじゃ。私はその均衡をとっておる、それだけのことじゃ」

「爺は左様なことを申しておるのではありませぬ。失礼を承知で申し上げますが、『やんちゃ姫』などと呼ばれていることに爺は憤りを感じておりまする! 遺憾でありまする!」

「爺やはいい歳して、ぷんすこぷんすこと可愛らしいのぉ」

「ひ、姫!? この翁をつかまえて可愛いとは⋯⋯い、遺憾でありまする!!」

「ややっ!? 爺やが赤くなっておるわ!ほほほ♪」

「この、やんちゃ姫っ!!」


 姫はひゅ〜、ひゅ〜、と鳴らぬ口笛を吹いた。




 あくる年。


 度重なる天候不良により、国に飢饉が訪れました。国民の健康はみるみる悪くなり、疫病まで流行する始末。

 それでも国は年貢を取り立てようとするものですから、国民の不満は頂点に達しておりました。


「年貢を返せ!!」

「食い物をよこせ!!」

「やんちゃ姫の暴挙を許すな!!」


 こうなれば、家臣たちの不満も止まりません。


「殿! このままでは一揆も起こりかねません!!」

「国力も落ちておりますし、隣国にも攻め込まれるやも知れませぬぞ!? 殿!!」

「こうなれば、そこもとの大名へと姫を嫁がせるのも一つの案かと思われますが!? 殿!!」


 この国、日之国のあるじ日乃本ひのもとの平定ひらさだはそれらを一喝した。


「狼狽えるな馬鹿者共が!!」


 しん、と静まりかえる。


「国の一大事である!! 気を引き締めよ!!」


 ⋯⋯。


「返事はどうしたっ!?」

「はっ!!!!!!!!!!!」


 平定は家臣を一瞥すると。


 がばっ! と家臣の前に平伏し、


「頼む!! どうか姫だけは、許してくれ!!」


 頭を下げた。


 ただの親馬鹿である。


 家臣たちは目配せをして、平定の首を──


 ──とん。


 落とした。しかし、家臣たちは行く先で謀反人と思われたくないので、君主の首はそのままに、城や御殿にある金品を持てるだけ持って、それぞれに火を放ち、国外へと逃亡した。




 ──御殿のとある一室


「姫⋯⋯殿が⋯⋯」

「⋯⋯」じろり⋯⋯

「貴様は⋯⋯黒羽くれはか。姫はどこだ?」


 羽司馬が『黒羽くれは』と呼んだその女は、やんちゃ姫こと日乃本ひのもとの薬叉女やくしにと瓜二つの影・羽隠はがくれのくノ一である。


「ちっ⋯⋯、知らぬ」


 羽司馬はその女を睨み上げた。


「⋯⋯嘘を申せ」

「⋯⋯姫をどうするのだ? 返答によってはそなたを殺す!」


 黒羽はそう言うと太腿に仕込んでおいた苦無くないを取り出した。


「どうもせんわ。今更この老いさらばえたこの命、惜しくもない!! 殺すなら殺せ!!」

「⋯⋯かたじけない。試すような真似をした、許せ」

「かまわん、早う申せ!」

「⋯⋯地下牢だ」

「地下牢!?」

「地下牢の咎人とがびとを逃がすんだとよ。やんちゃどころかお人好し過ぎんだよ、あの姫は⋯⋯」

「ははっ、お互い苦労が絶えんな!」

「ふふっ、あたいは姫を狙う者を引き付ける。そなたはどうか姫を──」

「──わかっておる。命を粗末にするでないぞ!?」

「はん? じゃあ、生きていたらそなたの妾にしてくれるのか?」

「ははっ、とんだやんちゃ姫だ!」


 しかし黒羽は笑わない。じっと羽司馬の目を見て、瞬きひとつしない。


「よかろう。しかし妾などではない、本妻として迎えるが構わないか!?」

「ふふっ、あんたもとんだやんちゃ大老だねぇ!?」

「違わねぇ!」


 ははは、と笑い合った後、唇から血が出るほどの勢いで口吻くちづけを交わす二人。


「この続きは後で」

「ん」



 放たれた火の手は、御殿中に広がり、半鐘が打ち鳴らされ、そこいら中で避難が始まっていた。













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