サキ
@yujiyok
第1話
「お会計、283円でございます」
私は財布を開き小銭を出し、トレーに乗せる。百円玉2枚、五十円玉1枚、残っているのが32円。
おしい。あと1円あれば、ぴったり出せて空になるのに。
私は心の中で舌打ちをした。
財布には一万円札が入っているが、崩すのが悔しい。
たった1円のためにお札も小銭も量が一気に増えるのだ。
仕方ない。一度出したお金を戻そうと手を伸ばそうとした時、
「すみません、落としてましたよ」
と、後ろに並んでいた女の人が一円玉を差し出してきた。
「え?」無意識に受け取ってしまったが、どのタイミングで落としたのか見当がつかない。
たぶん別の人のものだと思ったが、後ろには会計待ちの人が並んでいて、時間をかけている場合ではないので、
「あ、ありがとうございます」と頭を下げて、ちょうどぴったりの小銭を出した。
「283円ちょうどですね。レシートはご入り用ですか?」
「あ、大丈夫です」
「かしこまりました、ありがとうございます」
レジを離れ、店を出た。
なんか貰っちゃったけど良かったのかな、と言っても返すには結局お金を崩さなきゃいけないし…と、なんとなく店の前にいると、後ろにいた女の人が出てきた。
「あ、あの…」
話しかけてはみたものの、言葉が出ない。
「はい」
「えっと、一円玉…」
「あ、あれ」
「私、落としてました?」
「いいえ、あれ本当はここに来る前に道端で拾ったの」
「え?」
「で、手に持ってたんだけど…、ラッキーペニーって知ってる?」
「えぇ」
「誰かにあげたいなーって思って。小さな幸せ」
「そっか、じゃ、返さなくてもいいんですね」
「もちろん。たった1円だしね」
そのたった1円で、さっきは悔しい思いをするところだったのだ。
私がその話をすると、彼女は笑いながら言った。
「すごい、ほんと偶然だけど、ちょうど良いタイミングだったんだ」
つられて私も笑った。
行き先が同じ方向だったので、一緒に歩きながら話をした。
彼女の名前はサキ。私と同い年で、家も近いことがわかった。
「じゃあ、知らない間にすれ違ってたかもね」
サキが笑顔で言う。
比較的人見知りをする方だが、なぜか気軽に話せる。
「ほんと、普段人の顔なんて見てないから、全然覚えてないけど」
「そうだよね、よっぽどイケメンじゃない限りね」
笑いながら言うので、つい私もつられて笑う。
楽しかった。前から友達だったみたいな気がした。
「あ、私こっちだから。じゃ、またどこかで会ったら声かけてね」
「うん、またね」
サキは笑顔で去って行った。
また、なんてあるのかな。別に連絡先聞いたわけじゃないし、結局他人だし。
とか思いながら帰った。
しばらく通りすがる人の顔を何となく見ていたが、サキらしき人は見なかった。
よほどタイミングが合わない限り、そうそう出会うことなんてないのだろう。
また日常がやってくる。
特に周りの人の顔も気にしなくなり、会社と家との往復と、たまに会う彼氏とのデート。月に数回だろうか、お互いにべったりしたいとは思っておらず、それぞれの家に泊まったりもするがそれ以上になることはなかった。
そんなこんなで付き合って一年はたつだろうか。一緒にいてストレスもなく、二人で暮らしても一向に構わないのだが、何かきっかけがあればくらいにしか考えていない。
そんなに若いわけでもなく、燃えるような恋でもなく。でもいなきゃいないで淋しくもあり、丁度良い距離感ではないかと自分では思っている。相手はどう考えているのかは分からないが。
仕事が終わり帰路につき、夕飯はどうしようかぼんやり考えていると、後ろから声を掛けられた。
振り向くとサキがいた。
「あ、久しぶり!」
「久しぶり。元気だった?」
「何とか。偶然会えないかなーってしばらくは周り見てたけど、見つからなかった」
「そうだよね、近くに住んでても意外と会うことない。帰り?」
「うん。晩ごはんどうしようかなって考えてた。何か買って帰ろうか、ありもので何か作ろうか、それともどっかで食べていこうか」
「そっか」
「サキ…さんは…」
「サキでいいよ」
「サキはいつもどうしてるの?」
「んー、だいたい簡単に何か作って済ませちゃうかな」
「へぇ、えらい」
「全然。手の込んだものなんて作らないし続かないでしょ」
「そうだよね」
「せっかくだから、どっかで食べてく?」
「うん、何がいいかな」
「この先のさ、小さいイタリアンのお店行ったことある?」
「あぁ、一度もない。ちょっと敷居高そうで」
「ランチで行ったことあるんだけどさ、美味しくて。でも夜はないんだよね、どう?」
「うん、行く行く」
私たちはまるで仲の良い女友達のように夕食を共にした。
老舗っぽい外観で小ぢんまりとしているが、古そうな内装も落ち着いていて清潔感があり、どこかお洒落だ。
コースもアラカルトも格安とは言えなかったが、気軽なデートとかにはぴったりだ。
「お酒飲むの?」
サキがワインリストを見ながら聞いてきた。
「んー、嗜む程度かな。サキは?」
「ふふ、私すっごい飲むの」
「へぇー、酒豪?」
「そこまでじゃないけど」
「気にせず飲んで」
「ま、今日は適当にね」
とりあえずグラスワインを頼み、サラダや前菜、パスタや魚料理なんかを二人でシェアした。
「彼氏は?」3杯目のワインを飲みながらサキが聞いてきた。
「いるよ」
「長いの?」
「1年くらい」
「1周年記念パーティー!」
「あぁ、そういうのはやらないかな。そんな年でもないし、そういうノリじゃないっていうか」
「えー、絶対やった方がいいよ。そうやってさ、だらだらとずーっと続いて、惰性で何年もたつとメリハリもなくただただ2人で老けてくよ」
「えぇ?それはやだなぁ」
「ほんとだよ。年に1回くらいさ、きちんと気持ちの整理をつけながら感情を確かめあいながら、ちょっといいもの食べて、これからもよろしくってやった方が絶対幸せじゃん」
「まぁ、そうかもしれないけど…」
「ほら、こことか丁度良くない?」サキが店内を見回す。
確かに大げさではないし、安っぽくもないし雰囲気も良い。
「あぁ、確かに」
「いつ?」
思い出すと十日後だ。そう伝えると、
「ちゃんと覚えてるじゃん。決定だね」とサキが言う。
「えー、1周年記念?」
「そう。予約しちゃいなよ、今」
「でも彼の予定もあるし」
「聞いてみなよ、今」
何となく押しきられて連絡すると、普通に空いていると返信がきた。
流れるようにこの店を予約し、彼と一緒にここでご飯を食べることになった。
「何か変な感じ。気付いたら色々決まってる」
「ふふ、その時はさ、少しだけいつもよりお洒落するんだよ」
「えぇ?でも私そういうの苦手。自然な感じの方が良いんじゃない?」
「だめだめ、ほんの少しでいいの。普段つけないアクセサリーとか」
「んー、ないんだよねー」
「じゃ、私が見繕ってあげる。今週末は空いてる?」
「え?あぁ、うん」
「決定。連絡先交換しよ」
また流れるように次に会う約束をし、割り勘して別れた。
正直楽しかった。今までにない風が吹いたような感じ。料理も美味しかったし、短い時間だったのになんだか充実していた。友達とごはんなんていつぶりか思い出せない。
次に会うのが楽しみになっていた。
週末、サキと駅前で待ち合わせて電車に乗った。
十数分で着くターミナル駅。その駅ビルの上の階に行った。
「安くてさ、いい店があるの」サキがエスカレーターに乗りながら言う。
「私、この上行ったことない」
「えー、結構いい店あるよ、かわいい雑貨屋とか。あと、もっと上のレストランの階とかも」
「へぇ、すぐ駅出ちゃうから知らなかった」
「もったいないねー。ここのさ、タイ料理のビュッフェ美味しいよ。ランチで行ってみる?」
「うん」
サキはキラキラしている店の中に入った。アクセサリー店だ。
「この辺のさ、ピアスとか合いそうって思って」
「私、開けてない…」
「大丈夫。イヤリングもいっぱいある」
サキは、ずらりと並ぶイヤリングの中からひとつ選び
「これかな」と指差した。
私は手にとって耳に添え、鏡を見る。
派手ではないが、揺れると光が綺麗に反射し目を引く。普段アクセサリーはつけないので、少し照れる。
「んー、いいかも」
「ね、ぴったりだと思う」
値段も手頃で気軽に買える。
「ていうか早いね」
「こういうのは直感よ。あと、人に選んでもらった方が似合う率高い。自分だと似たようなものになりがちでしょ」
サキは続けてペンダントも選んだ。
自分では選ばないデザインだが、鏡を見ると確かに悪くない。
「サキにセンスがあるのかな」
「まあね。任せて。次は服見に行くよ」
「早い」
勧められるがままに購入し、別の階のお店に行った。
これまた自分では選ばない色やデザインのものを勧められる。
「ちょっと女の子っぽ過ぎない?」
「全然。デートだったらこれくらいが丁度いいんだって」
試着してみると意外としっくりくる。
結局、サキのコーディネートで一式買ってしまった。
「よし、ごはん行こ」
「はーい」
もう私はサキの言いなりだ。
上の階のタイレストランも、とても美味しかった。安くてビュッフェの種類も豊富。
この駅ビルだけで一日楽しめそうだ。
「なんか一日付き合わせちゃってごめんね」サキがコーヒーを飲んで言う。
雑貨店やらバッグから靴やらあちこち見て回って、サキのおすすめだけ聞いて、カフェに落ち着いたところだ。
「いや、こっちこそ。私の買い物ばっかでごめんね。でもありがとう、全部良かった」
「良かった。あちこち行かなくてもさ、ここだけで済んじゃうんだよね」
「ほんと。なんで見過ごしてきたのか、バカみたい」
「1階にあるパン屋もいいよ」
「あー、いつもチラ見して通り過ぎてた」
「買って帰っても損しない。ちょっとだけ高いけどね」
結局私はそのパンも買ってしまうのだった。
あっという間に夕方になり、私たちは一緒に帰った。
「すぐ1周年記念でしょ、楽しみだね」
「あぁ、うん」
手にした紙袋を見て少し苦笑い。変に頑張ってるって笑われないだろうか。
「自信持ちな。彼のお尻叩かなきゃ」
「私そんなに焦ってないけど…」
「だめだめ、ぬるま湯につかりすぎてて、2人ともマヒしてるのよ。そろそろ次進まないと」
まるで長年付き合って恋愛相談している友達みたいなことを言う。
「はーい」
「じゃ、またね。なんかあったら何でも聞いて」
「うん」
サキの言うこと聞いてれば、何でも上手くいく気がしてきた。
サキと行ったレストランで彼氏とコース料理を食べた。
1年なんてあっという間で、結構いい年の私たちは何年も一緒にいるかのような空気感だ。
もちろんまだ1年だし好きだし、このまま続いていずれは結婚するのかなとは思う。
でもサキの言う通り、ぬるま湯かなとも思う。たいした喧嘩もせず、浮かれラブラブでもない。だらだらと進んで行きそうではある。
「ちょっと雰囲気違うね」
彼がだいぶ時間がたってから言う。
「え?今?」
「そりゃ、会った時思ったけど、言うほどの事かなーと」
「友達にね、勧められてさ。いつもとは違う服買ったりして」
「そっか…いいね」
「え?」
「いろいろ」
「いろいろ?」
「その…似合ってるっていうか…かわいいよ」
「…あ、ありがとう」
面と向かって言われるとすごく照れる。
2人ともほんの少し気まずくなってワインに口をつける。
「気付いたら1年て感じだよね」
彼が咳払いしてから言う。
「うん」
本当はもっと盛り上がるものかもしれないが、私たちは落ち着きまくっている。我々は熟年夫婦か。
お互いに過去の恋愛については触れてこなかった。傷付いたり楽しんだりして今がある。
「ここ美味しいね」
「でしょ、ここも紹介されてさ。なんか丁度いいでしょ」
「ほんと丁度いい。また来たいね」
「うん」
つまりは幸せなのだ。平穏でいられることが。これが続けばいい。穏やかな時間が。波なんてなくても。
「どうだった?」
サキが私の部屋に来るのは初めてだ。
「んー、良かった」
「どう良かったの?」
「…かわいいって言われた」
「ほほう。上等だ」
「恥ずかしかったけど」
「全然。もっと言ってもらいな」
「いいよ。そういうの、苦手だし」
「そっか。ま、いいけど」サキは部屋の中を見回す。
「地味だねー」
「えー、シンプルって言ってよ」
「色も少ないし物も少ない」
「掃除、楽でしょ」
「わかった。花を飾ろう」
「え?」
「さ、これ飲んだら買い物行くよ」
サキがコーヒーカップを持ち上げる。
「まだ来たばっかでしょ、ゆっくりしなよ」
「善は急げよ。どうせ花瓶とか持ってないでしょ」
「…まぁ、ないけど」
「ほら。花瓶と花を見に行くの」
「えー急に」
「いいお店知ってるの」
まぁ、サキが言うなら仕方ない。
急ぎめにコーヒーを飲み、私たちは部屋を出た。
駅とは反対側に歩き出す。
「え?こっち?花屋とかあったっけ?」
「あんたほんと何にも知らないんだね、近所でしょ」
何も言えない。こっち側なんて歩いた記憶がない。いつも家と駅との往復だけだ。
「まずはここ」
小さな雑貨店。もちろん存在すら知らなかった。
少し暗めの店内だが、ヨーロッパだろうか外国の雰囲気がぷんぷんするものがぎっしり詰まっている。
「これ」
サキが手にしたのは透明なガラスの花瓶。かすかに深緑がかっていて、なだらかに上部に向かって細くなっている。
「たくさんでもいいし、一輪でもいいし。これはさ、私がプレゼントしてあげる」
「えー、いいよ自分で買う」
「なんか買わせてばっかじゃ悪いじゃん。安いしシンプル。邪魔にならない。はい決定」
「ありがとう」
店を出てさらに進むと、今度は小さな花屋があった。
「ここは自分で選んでもらいましょ」
サキが私の肩をたたく。
「そう言われても…」と言いながら店内を見回す。色とりどりの花たちがずらっと並んでいる。
花なんて選んだことない。色の組み合わせなんてもってのほかだ。
「好きなやつ一輪だけでもいいけど、ま、最初だからこのブーケは?」
いくつもの小さなブーケが置かれている。
これなら安心だ。最初からバランス良くまとまっているので、好きな色系を選べばいい。
「じゃ、これかな」
私はひとつ選び、今度は自分で購入した。
「さ、次はこっち」
「え?まだあるの?」
「こっちにさ、美味しいケーキ屋さんがあるの。知らないだろうけど」
もちろん知らない。
すぐ近くに、これまた小さなケーキ屋があった。
「安いの。種類は少ないけど、毎回違うものが置いてあって楽しめる」
たくさんあっても選ぶのが難しいから、助かる。
ここは、それぞれ自分の分を出す。好きなものを選んで買い、再び私の家に戻った。
サキが買ってくれた花瓶を出し、私が選んだブーケを飾る。
部屋が一気に華やかになった。
「ほら、全然違うでしょ」
「確かに」
ちょっと気分があがる。
「コーヒーでいい?紅茶もあるけど」
「コーヒーでいいよ、さっきのカップまた使えばいい」
花、ケーキとコーヒーと。
なんだか普通の女の子みたい。いや、私は普通の女だけど。いや普通ってなんだ。
訳もなく笑顔になってしまった。
「なに、ニヤニヤして」
「え?してないよ」
「ほら、花があるだけで嬉しいでしょ、あと美味しいケーキ」
「うん」自然と笑顔になる。
「この花がだめになったら、次のを買うの。今度は一輪でもいいし。例えばガーベラ1本だけでも絵になるよ。で、慣れてきたら少しずつ増やして、色々組み合わせてみるの。結構楽しいよ」
「うん、頑張る」
「頑張ることじゃないけど」
私たちは笑う。
サキと出会ってから、少しずつ変わった気がする。
初めて入る店でアクセサリーを眺めてみたり、選ばない服を気にしてみたり。新しいケーキにチャレンジしたり、花屋で足を止め頭の中で組み合わせてみたり。
たいして変化のない毎日が、少し色づいた気がする。
「何だか最近楽しそうだね。明るくなったっていうか」
並んで歩く彼氏が笑顔で言う。
「そう?あ、このお店さ、安くて美味しいって書いてあった」
お店探しだってするようになった。いつもは行き慣れたとこばかりだったのに。
「メニューもいっぱいあっていいね」
「ね。わ、これ美味しそうじゃない?」
メニューを指しながら彼を見ると、笑顔で私を見つめている。
「もうすぐ誕生日じゃん、何か欲しいものある?」
彼が聞いてきた。
「んー、特にないかなぁ。いいよ、どっか美味しいもの食べに行こ」
「わかった」
一緒にいられれば充分だ。
そして私の誕生日。彼が選んだレストランで食事をした。
高そうなお店だ。サプライズで音楽と一緒にケーキが出てくるような演出は大の苦手だと、彼は知っている。
大きなホールケーキにローソク立てて、というのも大げさでイヤなので、私は彼に、近所の美味しいケーキ屋でいくつか買って帰ろうと提案してある。
駅から少し歩くが、お腹がいっぱいなのでいい運動になる。今ではお気に入りの小さなお店。
「こんな店あったんだね」
「うん、全部美味しいの」
残りは少なくなっていたが、いくつか選んで私の家に行く。
「あれ、綺麗だね。花束とか買えば良かった」
私の選んだ花たちを見て、彼が言う。
「いいよいいよ、でっかい花束とかも苦手」
「そっか。じゃ、小さいブーケ今度あげるよ」
「うん、ありがとう」
ケーキを食べ終えて、コーヒーを飲んでいると彼が言う。
「また早いかもって思ったけどさ」
「何?」
彼はポケットから小さな箱を出した。
「え?」
「結婚しよう」
彼が箱を開けると、小さな指輪が光っている。
私は笑顔で「はい」と返事をした。
サキに言わなきゃ。
次の日携帯を見るとサキの連絡先が消えていた。
間違って消してしまったのか、どう探しても見つからない。そんなことするほど酔った記憶もない。
しばらく呆然としたが、近所だし出会うこともあるだろうと諦めた。
しかしサキと会うことはなかった。家も知らないし、連絡の取りようがない。私に連絡できないまま引っ越してしまったのか。いや、彼女は私の家を知っている。
私は彼の部屋に行った時に、その話をした。
「結構仲いいと思ってたんだけど…なんで消えちゃったのかもわからないし」
「そっか。でも偶然知り合ったのなら、また偶然ばったり会うかもよ」
「うん…。引っ越しの準備進んでる?」
「いらないもの整理して捨ててるんだ」
私たちは新しく部屋を借りて一緒に住む。入籍と式はまだ先だ。焦ることなんてない。
段ボールがいくつか並んでいる。
開いた段ボールの中にアルバムを見つけた。
「あ、子供の頃の写真とかある?見ていい?」
「いいよ」
大きなアルバムをテーブルに置きめくってみた。
「それ逆」
「え?」裏表紙から広げてしまった。
最近の写真が並んでいる。
その中のひとつに、彼と一緒に写っているサキの姿があった。
「これ…」
私は目を疑った。
「あぁ、それ…付き合う前だからいいよね、元カノ」
「ええ?元カノ?」
「うん、実はさ、彼女交通事故で亡くなっちゃって。それで写真も捨てられなくて。でもイヤなら捨ててもいいよ」
「…いつの話?」
「もう3年くらいになるかな」
「え?3年前に亡くなったの?」
他人の空似?サキにそっくりな人が彼の元カノで、もうこの世にはいない。
つい最近まで私はサキに会っていたのだ。
「…名前は?」
「…サキ。…気になる?やっぱ捨てる?」
サキ。そういえばさっき彼に話した時、私は名前を言ってなかった。
「いや、知り合いにそっくりだったから…捨てなくてもいいよ」
「大丈夫?怖い顔してるけど」
「大丈夫。…双子とかじゃないよね、姉妹は?」
「お兄さんが1人いるはずだけど」
どういうこと?
サキは、私が会っていたサキは一体…
私は上の空でアルバムをめくっていた。
私はサキに選んでもらったイヤリングをさわった。
もしかしたらサキは彼に幸せになって欲しくて、私を変えていたのだろうか。
サキは彼の相手を、かわいく明るく楽しそうな人間に改造していたのだ。
彼と結婚することになり、姿を消した。安心しただろうか。
もう二度とサキに会うことはないだろう。
ならば私はサキの分まで幸せにならなくちゃ。
彼を幸せにするのだ。
頑張る。
頑張ることじゃないけど
と、サキの声が聞こえた気がした。
サキ @yujiyok
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