骨を拾う

明日和 鰊

骨を拾う

 山に死体を埋めようと掘ってたら、先に埋まってたんだよね。

 死体?

 街で酔っ払いの男に絡まれて、つい弾みでね。まあ相手は社会の役に立たないチンピラだったから、そこは問題ないんだよ。

 で、掘ってたら骨が出てきてさ、まいったなあと思って。

 骨の持ち主が誰かは知らないけど、こんなチンピラとねむるのは可哀想だな、って思っちゃったんだよね。ほら、今時は夫婦でも一緒の墓に入りたくないなんて話もザラだし、ましてや知らないチンピラじゃあね。

 仕方ないからとりあえず骨の方を私が引き取って、チンピラをそこに埋めて帰ってきたんだよ。

 そしたら次の日ひどい筋肉痛でさあ、年取ってからやるもんじゃないよキミ、山で穴掘りなんて。

 しない?ああ、まあそれが一番だよね。

 だからさ、後で別の場所に埋めてあげようかとか思ってたんだけど、面倒くさくなっちゃって、しばらく家に置いてたんだ。


 でも、人に見られたら説明しづらいわけ、バラバラの骨だから。

 だから骨があっても不自然に見えないように出来ないかなって考えて、骨格標本を作ったんだけど、それからが大変でね。

 キミも見た事あったっけ?ああ、廃校になった母校から譲ってもらったって説明したんだったかな、ごめん、あれウソ。

 それから毎晩、枕元に出るようになったんだよね。

 なにがって、キミは編集者の割に察しが悪いなあ。

 女がさ、弔ってくれ、成仏させてくれって、なかなか寝かしてくれないんだよ。

 経験した事がなければわからないだろうけど、あれはキツいよ。しまいには夢にまで現れはじめて、不眠症寸前だよ。

 一応は線香を立てたりなんかはしたんだけど、まったく効果がなくって。ほとほと参って聞いちゃったんだよ、何か他にして欲しい事はあるかって。

 まあ一番良いのは寺にでも持って行って、お経を読んでもらう事なんだろうけど、手に入れた事情が事情だからねえ。


 そしたらさ、女が恋愛がしたいって言いだしてね。

 どうも若い身空で殺されてそういった経験がないらしく、それが未練の元なんだと。

 まあこれ以上事態が悪くなる事も無いかと考えて、私で良いならって、OKしたんだよ。

 そしたら次の日、夜中に若い女が訪ねてきてさ、よろしくお願いしますって部屋にするすると入り込んで、まだ居座ってるんだよ。 

 まあ結局、不眠症を解消する事は出来なかったんだけどね。



 初老作家の多賀の、湿ったような卑猥な笑い声に、若い編集者の嶋田はどう反応して良いのかわからなかった。

 雑談として、家に出入りする若い女性の事を多賀に尋ねたら突然、近所には姪だと紹介しているが実は内縁の妻だとあかし、「秘密にしてくれるかい」と、神妙な顔をして先程の話を嶋田に打ち明けたのだ。

 まるでサキュバスや、牡丹灯籠のような話である。

 嶋田もタチの悪い冗談だとはわかっているが、以前この家で骨格標本を目にしているだけに、幽霊の女を語るときの多賀の舐めずるようないやらしい目と、口元に引きつったような笑みを浮かべている事が薄気味悪く、どうにも居心地が悪かった。

 多賀は怪奇色の強い作品を書く作家であるから、以前飾られていた骨格標本を見たときにも、嶋田は資料に使うのだろうとしか思わなかった。

 ホラー小説は嶋田が元々好んで読んでいるジャンルではなく、ホラーを扱う部署に配属された事で勉強の為に読んではいたが、あまりメディアに出ない多賀の人物像に関しては、いまだ掴みかねているといった状態だ。

 前回引き継ぎでこの家を訪れたときにも、多賀の方にあまり時間が無く大した話も出来なかった為、今回原稿を貰いに来た事が本当の意味での初対面といってもよかった。


「あの、それで原稿の方は?」

「言ったろう、寝られないんだよ。キミも編集者なら原稿の為にも、少し協力してくれないか?」

 多賀の厚い隈の上にある虚ろな双眸が、嶋田の眼に訴えかけている様だった。

「な、何をですか?」

「キミは本当に察しが悪いな。私に眠る時間を与えて欲しいと言ってるんだよ」

「つ、つまり奥さんと?」

「キミも初めてというわけでもないだろ。なに、そうでなければ泥沼にハマって衰弱死をする事もないだろうからね」

 多賀はソファーを立って、じりじりと嶋田に近づいていく。

 女性経験が無い嶋田にとって、性的魅力の強い女性というのはある意味で、憧れと恐怖が入り交じる対象であった。

 しかもそれが化け物そのものだと言われれば、怖じ気づくのも当然である。

 多賀は嶋田の顔に息が届く距離まで近づくと、その首筋に青白く冷たい手をかける。

「少しの間だけで良いんだ、すこしのあいだだけで」

 そのとき、玄関の方からガチャリと鍵を開ける音がした。

「ただいま」

 その声を聞き多賀の注意がそれた瞬間、嶋田は手を振り払い一目散に玄関まで駆け抜けると、その日はそのまま戻ってくる事は無かった。



「何、あの人。わたしの顔を変な目で見て」

「ああ、彼は女性が怖いらしい。特に澪みたいな美人はね」

 いつもの多賀の軽口を呆れたように聞き流すと、澪はスーパーで買ってきた食品を冷蔵庫に入れていく。

「ねえ、押し入れにあるガイコツ、やっぱり捨てちゃダメなの?家にあんな物があるってだけで気持ち悪いんだけど」

「あれは母校の形見のようなものだと言っただろ、澪の言うとおりに見えない場所に移したんだからそれでいいだろう」

 澪は納得がいかないといった感じで、眉を潜めながらむくれて押し入れの方を睨んでいる。

「じゃあさ、我慢する代わりに新大久保とか表参道とかに連れてってよ」

「姉さんに、どこのウマの骨ともわからないやつを近付けさせるなって言われてるから、無理」

「叔父さんのケチ」

 澪はそう吐き捨てると、今は自分の部屋にしている多賀の寝室に入っていった。


 姪の澪が多賀の家に居候するようになって、もうすぐ二週間になろうとしていた。

 神経質な多賀は家に他人が住む事を嫌がったが、売れない頃に世話になった姉と義兄の海外出張や、澪が来年東京の大学に進学する時の予行練習として夏休みの間だけと、姉に押し切られた形となった。

 不調はすぐに多賀の身体にあらわれ、寝不足で執筆に集中できなくなった。

 生活リズムや習慣の違う澪と暮らす事で、自分のルーティーンが守れなくなったからだ。


「やれやれ、これで少しは時間が稼げるだろう」

 多賀はそう呟くと、ソファーの上で横になった。

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