泡沫ネオンブルー

霧水三幸

泡沫ネオンブルー

 地方の大学入学と同時に一人暮らしが始まり、やれ荷ほどきだの専攻を決めるだのとあれこれ対応しているうちに4月が過ぎてしまった。

 最低限の生活を送れる分の仕送りだけは貰っているものの、うちはそこまで裕福でないため資金は常にカツカツだ。


 いい加減アルバイトを決めなくてはならないものの、正直人付き合いが苦手な俺としては接客業は真っ先に避けたい職種だった。

 そして自宅からそう遠くなく、知り合いに遭遇する確率がなるべく低い所がいい。

 そういった条件で探した結果、俺は水族館の清掃のバイトを見つけた。


 リア充がデートに来そうな場所ではあるが、主な勤務時間は閉店間際から閉店後にかけての夜である。

 よほど運が悪くなければ彼らと会うことはないだろう。

 その上時給もそこそこで、これから暑くなる事を考えると涼し気でいい。


 何よりコミュ障の俺にはこれ以上いい条件のバイトも見つからないだろうと、ほとんど悩まず求人アプリから応募した。

 ──で、その日のうちに採用通知が届いた。


 正直顔合わせもなしにいきなり採用されて驚いたが、面接は苦手なので非常にありがたい。

 もしブラックでも最悪辞めればいいと決め、俺はそのまま採用を受け入れたのだった。


 ――――


 採用から二日後には最初の勤務が始まった。


 勤務時間は18時からなので、水族館に来るまでの道はまだ明るい――と思ったのだが、今日は曇天のせいかどうにも薄暗い。

 コンクリートで舗装された一本道の先、拓けた空間に立つ鉄筋コンクリート造の巨大な建物の白さもネットで見た画像よりかげって見えた。


 ともあれ、職場であるそこに辿り着く。

 まずは指定された通り裏口に回って、配管やらコンクリートやらがむき出しのバックヤードを通った後社員と思われる中年男性から研修を受ける事になった。


 研修とは言うが初日の俺に任された仕事は床のモップ掛けだけなので、掃除用具の使い方と今日担当する区域の説明を淡々とされただけで早々に終わってしまった。

 その後モップと絞り器を持たされ、この社員――沼尾さんと共に展示エリアへと向かう。


 正直、彼は冷徹そうであまり印象が良くないため気が重い。

 細い一重瞼のつり目からは、偏見かもしれないが俺を見下しているような気配すら感じる。


 だが仮にも上司にそんなことを面と向かって言えるはずもなく、俺は黙って作業服を着た細長い背を追いかけていった。


 その途中でイルカショーの舞台に辿り着くが、こちらは屋外なので素通りだ。

 そこに隣接した扉の先、主に小型の観賞魚の水槽が展示されている小部屋とその先のトンネル水槽のエリアまでが俺の担当。

 広いが時間はたっぷりあり、真面目に取り組めば十分終わらせることができそうで安心した。


 早速暗い小部屋の隅に絞り器を置き、モップをその中の水に浸す。

 ふとその時、屈んで低くなった視界の横で沼尾さんの脚が動いた。


「沢井さん、何をしているのですか」


 冷たく咎めるような口調に思わず全身が強張るが、俺の苗字は河野なのでどうやら別人に話しかけたようだ。

 安堵し、呼気と共に力が抜けていく。


 モップを絞る傍らで目を向けた先にはどうやらトイレがあるようだ。

 小部屋とトイレの境目には業務用の洗剤と思しきラベルの貼られたボトルが転がり、中の液体が床にぶちまけられている。


 トイレの入り口に立つ沢井さんと呼ばれた男性は恐らく沼尾さんと同年代と思われるが、彼よりも背が低いものの体格がよく優し気な垂れ眼が特徴的だった。


「すみません、すぐ片づけますので」


「昨日も拭き残しのミスがありましたよね? いい加減にしてもらえませんか」


 沢井さんは気が小さいのだろう、沼尾さんに詰められ平謝りする声を聞いているとこちらまで胃が痛くなってくる。

 とはいえ自分が何かしても確実に状況を悪化させることしかできないので、張りつめた空気に耐えながら黙って床にモップをかけ始めた。


 しかし一分程度で沼尾さんがこちらに引き返してきてしまい、再びひゅっと息が詰まる。


「あなた『は』真面目にやってくださいね」


「は、はい……」


 それ以外言えない。

 沼尾さんの元々細い目がさらに細められており、怖くてそちらを直視できなかった。


 やがて彼がトンネルの方に去っていき、完全に姿が見えなくなることでやっと人心地のついた気分になれたのだった。

 小部屋の掃除を再開しモップを動かし始めると、トイレの床を拭いている沢井さんとふと目が合ってしまう。


「……あ、どうも」


 咄嗟とっさに挨拶の一言は出たものの、そこから先が沈黙だ。

 さっきの今だ、正直とても気まずい。


 俺の心情を察してか、向こうが眉を下げ人の良さそうな笑みを返してくれた。


「いやぁ気分悪かったよね、ゴメンね。おじさん仕事できないからよくこうなるんだ」


 トイレの方に一瞥を向けるが、すでに床はある程度拭き終えているようであるし特別手際が悪いようにも見えない。

 洗剤をこぼしていたところを見るにどんくさい所があるのは否めないようだが、それを差し引いても沼尾さんが陰湿なあら捜しをしているだけに思える。


 ――俺も自分に自信がない方なので、沢井さんの方に肩入れしてしまうからなのだろうか。

 何にせよ、沢井さんに同情した俺は何も言わないままでいることもできなかった。


 モップを動かす手は止めず、話を続ける。


「気にしないでください。俺も要領良くないんで明日は我が身ですし……それに悪いですけど沼尾さんちょっとパワハラっぽく見えますし、気にしすぎない方がいいと思いますよ」


「……うん、ありがとうねぇ」


 既に沢井さんは向こうを向いて床拭きをしていたが、心なしか背の緊張が解けていた気がする。

 気のせいかもしれないが、それを見て俺も心が軽くなった。


 やはり、思っていたことを伝えてよかった。


 そこからは互いに言葉を交わさず掃除に集中し、観賞魚のコーナーは狭い事もありすぐに作業が終わってしまう。

 トンネル水槽の方を掃除するためにドアが取り付けられていない四角く切り取られた空間を抜ければ、蒼い光が視界いっぱいに広がり網膜にみ込んでいく。


「……」


 まるで周囲を本当に魚が泳いでいるような臨場感を味わえる――はずの空間だ、本来のここは。

 子供の頃に水族館を訪れた時はその迫力と幻想的な魅力に高揚こうようしたものだが、それは昼間だったからなのだろうか。


 今は何故か上空に揺れる水面や大型の魚たちが落とす影がどこか生々しく見え妙に不安を煽る。

 暗さで言えば先程の狭小スペースの方が上だったのだが、さっきは沢井さんがいたから気にならなかったのだろう。


 水の流れと、エアポンプから発せられるゴボゴボといった空気の音だけが入り交じる空間。

 だが子供でもあるまいし、不気味だからという理由で手を止めている訳にもいかない。


 今度は俺が沼尾さんのターゲットになってしまう前に、無理やり足元に視線を落とし床拭きの作業を始める事にする。

 床はタイル貼りで、一瞬大理石風の模様が入っているのかと思ったが――暗い色の部分は動いている。


 模様ではなく魚影が落ちているだけだと気づくと同時、これなら蒼一色のライトアップも影響してうっすら汚れていても誰も気がつかないだろうと考えられる。

 手落ちがバレにくい場所の担当になったのは幸運だった。


 とはいえサボるほどの度胸はないので、安心しつつもしっかりと床は拭いていく。


 ――コミュ障の俺にとって一人の作業は快適だ。

 床を半分ほど拭き終える頃にはすっかり慣れ、やはり接客業を選ばなくて正解だったと自分の選択に自信を持ち始めていた。


 だが、常に泡と水の音を聞いているせいかどうにも耳に音がこもったような不快感が出るのが玉にきずである。

 時折耳をみつつ、床にモップを滑らせていく。


 ――ふと、そこである事に気がついた。


「……あれ……」


 目の前の床。

 色が暗い部分が、動かない。

 魚や水の影なら揺らめくはずなので、これは本物の汚れではないだろうか。


 目立つほど濃くはないが、沢井さんを詰める沼尾さんの顔が脳裏に浮かんでしまう。

 どうにもならないなら仕方ないが、一応何度か丁寧に拭いておこうと思い、絞ったモップを汚れの上に置く。


 汚れは下敷きになる――はずが、それはモップの上に乗ってきた。

 どうやらこれも汚れではなく魚影だったのだろう。

 手間が省けたと安堵し肩の力が抜けていくが、それが先程からことに気がついてしまい吐き出しかけた息が止まった。


 ――影が目の前なら、

 不気味に思い、数秒ほど呼吸も忘れその場で硬直する。


 頭上を仰ぐことはできないまま逃げるように視線を周囲の床に滑らせていくものの、ことに気がついてしまった。

 異変に気がつき緊張状態に陥ると、本能に備わった危険察知能力が神経を研ぎ澄ますものだ。


 無数の視線が、俺に集中しているのを感じる。

 奥の通路には、誰もいない。

 間違いなくそれは周囲、左右と上方から注がれていた。


 視界が心なしか暗い。

 水槽の向こう側から差す蒼い光が、まだらにさえぎられている。


 ぼこぼこと、水中に空気が送り込まれる音だけが周囲に響く。

 どれほどの間立ち尽くしていただろう。


 この際誰か来てくれるなら沼尾さんでもいいし棒立ちになっているのを叱られてもいいとさえ思うが、無慈悲に時間だけが過ぎていく。


 依然として変わらない状況では、じきに何もしないでいる方が怖くなっていく。

 意を決して、錆びた機械のようにきしむ首を無理やり右側にひねって水槽を見た。


 そこには、

 姿


「ひっ……うわぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!」


 腹の底から悲鳴が飛び出すと同時、それらが一斉に水槽に体当たりを始めた。

 水中では不可能なほどに速く大きく振るわれた身体がぶつかる衝撃で断続的な轟音が周囲に鳴り響く。


 床や空気を伝って身体の中まで揺らされるような気持ち悪さに腰が抜けかけるが、何とか踏み止まり無我夢中で前方に駆け出した。

 そんな折、向こうの通路から沼尾さんがこちらに向けて走ってくるのが見えた。


「沼尾さんっ! 沼尾さん助けてください! 水槽が、水槽がぁ!」


 悪印象を抱いていた相手に向けて情けなく同じ言葉を繰り返すしか出来ないが、もはやなりふりなど構っていられる状況ではなかった。

 もつれかかった足を何とか動かして、何とか上司の方へと駆け寄っていく。


 そして、沼尾さんがライトのない通路からトンネル水槽に一歩出た瞬間に――気づいた。


……


 彼は眼球が零れ落ちる程に目を見開き、何度もえずいて


!」


 湿った音と共に、床に広がる白い花のようなヒレのすぐそばに、沼尾さんが


 からっぽになった眼窩がんかと口腔はぽっかりと開かれ、その内部は

 俺に助けを求めているのか彼はごぼごぼと声にならない声を発し両手を伸ばしてくるが、俺にはそこに留まれるほどの精神的余裕が残されていなかった。


 先程以上に激しい悲鳴をあげて、俺はきびすを返す。

 最初に掃除した小部屋を通り抜ける際に観賞魚たちが崩壊した蒼い肉びらになっている姿が視界の端を掠めたが、もはや立ち止まっている暇もなく屋外に出る。

 イルカショーの席が並ぶ空間を、俺は全力疾走で駆け抜けていく。


 と、その途中。

 視界の端、右側――巨大な水槽の中に、黒い影を見た気がした。


 それとほぼ同時に、水の爆ぜる音を同方向から耳にする。


 影がイルカのように飛び跳ね、こちらに向かって飛んできたのだと気づいた瞬間にはもう全てが終わっていた。

 激しい衝撃と共に世界が横倒しになり、間もなく左半身をコンクリートの床に強打する。


 右半身に覆いかぶさった黒い塊を必死に手で押しのけるが、濡れているそれには全く効かず無様に手が滑っていくだけだった。

 全身が発泡し続けているそれは、額の張り出しと大きく裂けた口、離れて別々の方角に転がった蒼い目からして恐らく元はイルカだったのだと思う。


 200kgは越えているだろうその身体でのしかかられれば俺はどう足掻いても逃げ出せず、それでもただ無力にもがいてなけなしの抵抗をするしかない。

 イルカは顎を落とすようにして裂けた口を開いて見せてくる。


 食べられる! と戦慄したものの、どうやらそうではなかったらしく何故かそいつはそのままの体勢から動かない。

 だが一秒程度で俺は、まだ一思いに食われていた方がマシだったと気づかされた。


「あ、づっ!? がァあぁあっ!?」


 大口からもこもこごぼごぼと吹き出されたネオン色の泡が、俺の顔面に掛けられる。

 最初は皮膚をちりちりと焼く程度の微かな痛みしかなかったが、何度も泡を垂らされるうちに高熱のそれが顔面の皮膚を崩壊させていく。


 俺は子供のようにみっともなく泣き叫び助けを求めたが、その間にもイルカの化け物はとめどなく泡を吐き出し身体を擦り付けることでそれを俺の全身に塗りたくっていく。

 もう目が開けられず目視で今の状況が確認できなかったが、多分首から下も皮膚が溶かされ剥き出しになった皮下組織と衣服の残骸が絡み合い糜爛びらんしてしまっているのだろう。


 激痛の中でもまだ現実を意識してしまう拷問。

 はやく気が狂うか死ぬかで解放してほしいと祈っているのにいつまでも苦痛は終わらない。


 だがそれでも、体力の限界はくるものだ。

 いよいよ痛みで意識が遠のき声も完全に枯れ、もう身じろぎすらも出来なくなってきた頃。

 その時になって、ようやく開放されるのかと救いを覚えていた。


 やがて意識が落ちていく中で、ほんの一瞬身体が軽くなった気がしたのは身体から魂が抜けたからなのだろうか。



 ――――



「河野君、河野君」


 ――聞き覚えのある声に呼ばれた気がして、俺の意識が浮上する。


 目を開けると白く無機質な天井が映り、見覚えのない光景に俺は首を傾げ――ようとして、出来ないことに気がついた。


 まず、身体に上手く力が入らない。

 それから、どうやら包帯が巻かれているようで物理的に首が曲げにくい。


 それでも何とか、横たわったままでゆっくりと重い頭を動かして声の方角を見やる。

 そこでどうやらここは病院であるらしいということと、隣のベッドには沢井さんが座っているということに気がついた。


「……さわ、……さん。なんで……」


 何でとは言ったが、その短い問い掛けにはいろいろな意味が含まれている。


 何で俺は生きているのか。

 何で沢井さんが同じ病院にいるのか。

 何で沢井さんは、顔や腕に包帯が巻かれているのか。


 喉が枯れほとんどうめくような声しか出せない俺の意図を察してか、沢井さんはそれらについて丁寧に状況の説明をしてくれた。


 まず、俺は意識が落ちる直前に沢井さんに助けられたらしい。

 彼は俺よりも早く異変を察知しイルカショーの舞台に併設されたバックヤードに立てこもっていたのだ。


 そのまま危険が去るまでやり過ごすつもりでいたものの、外から俺の悲鳴が聞こえたため近くにあった調餌用の包丁を持って客席を通り接近してきていた。

 俺の方にはそれを認識する余裕もなかった訳だが、意識を失う直前に身体が軽くなった気がしたのは沢井さんがイルカの怪異を襲撃してくれたためらしい。


 彼の身体の端々に見られる包帯の下は、蒼い返り血を浴びて焼けただれたらしい。

 化学火傷のような状態に陥っているらしく、それを聞いて俺もイルカの体液をかけられ焼けるような熱さを味わったことを思い出す。


 それと同時、自分のという事実に絶望を覚えた。


「ありがと、ございます」


 それでも、何とか生き残れたのは沢井さんが危険をかえりみず助けに入ってくれたからだ。

 礼を告げると、彼の目が包帯の隙間で優しく笑った。


「こっちこそ。……元々仕事ができる方じゃないんだけど、最近は特に沼尾さんに目をつけられてだいぶ精神的に参ってたんだ。だから君の言葉がありがたかったよ。先に救われたのは僕の方なんだ」


 人のさそうな笑み。

 今はその大部分が包帯で覆われており、何とも痛々しい。


「……あ、そうだ。沼尾さんは……」


 名前が挙がったことで、俺はふと彼の存在を思い出した。

 正直言って好きではなかったが、それでも直前の記憶を思い出してしまうと心配がつのる。


「……それがね、見つからないらしいんだよ」


 じわじわと、だが確実に底冷えのするような感覚を覚える。

 身体の外側に体液を浴びただけの俺と沢井さんがこんな状態になっているのに何でもないはずがないと覚悟していたつもりだったが、実際に現実を目の当たりにするとやはり衝撃は受けるものだ。


 沢井さんを見つめ、どういう事かと言外に問う。

 彼は目を伏せ、訥々とつとつと答え始めた。


「まずね。イルカともみ合いになって何とか動けない状態にした後は君を運んでバックヤードで朝を待ったんだ。夜は誰かを呼ぼうにも何故かスマホが圏外になっていたからね」


 スマホなど見る余裕もなかったが、あれだけ異常現象が起きていればもはや圏外になっていても何の不思議もない。


「でも朝になったらようやく電話が繋がってね、すぐに救急車と警察を呼んだよ。他の人の捜索をしたらしいけど、僕ら以外は見つからなかったんだって。沼尾さんに限らず、他の社員やアルバイトの人がいたはずなのに全員いなくなってる。警察に色々聞かれて正直に起こったことを話したけど、まあ当たり前に信じて貰えなかったよ。君もこの後事情聴取を受けるだろうねぇ。……あ、水族館はしばらく封鎖されるから僕も君もクビだってさ」


 この際バイトや事情聴取などどうでもいいので、後半にはもう何の感慨かんがいも受けなかった。

 もうこの世には居ないだろう沼尾さんたちには申し訳ないが、本当に俺は運が良かったのだろうと思う。


「まあ僕も生活は苦しくなるけど、まずは生き延びた事を喜んで退院したらすぐ新しい仕事を探そうと思うよ」


 そう。

 不幸な目には遭ったが、俺は生き延びたのだ。


 一旦現実を受け止めれば、あとは全身の火傷や大学をどうするかなど俺も今後のことに目が向き始める。


 そんな折、沢井さんが再び口を開いた。


「……そういえば、事情聴取の途中であの水族館について聞いたけど……どうも不可解なんだよねぇ」


「……?」


 天井を仰いでいた眼差しを、再び沢井さんに戻す。

 彼は俺を見ているようであって、どこか遠くを虚ろに眺めていた。


「さっきも言ったように人間は全員消えていた。でも……魚の数も減ったり増えたりしてるんだって」


 ――人間が減り、魚の数も変わった。

 何となく、俺は背にうすら寒いものを感じていた。


「具体的にはんだとか」


 ことを思い出し、全身が総毛だった。

 俺の心情を察したのだろう、沢井さんが諦めたような苦笑を返す。


「……お互い、次のバイト先は水族館以外にしようねぇ」


「……はい」


 言われなくとも、俺はもう今後一切水族館には近づかないつもりだ。


 ――だが俺には、気になることがある。

 もしあの水族館が取り壊される場合、魚たちはどうなるのだろう。

 また、あの魚たちに子孫ができたらどうなるのだろう。



 鮫たちは今もきっと、ネオンブルーに照らされた水槽の中を悠々ゆうゆうと泳ぎ続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泡沫ネオンブルー 霧水三幸 @Kirimi_Miyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ