3.銃弾(オレンジダイヤモンド)
その宝石をもって生まれた者は王となる運命にある……。
「なーんてまっぴらごめんて訳」
彼女はRPGのオープニングナレーションみたいな国法の序文を手で振り払い、自身の足跡であるオレンジダイヤモンドを踏み潰しながら、まだもうもうと湯気の立つ紅茶をあおった。彼女はファンシービビッド、僕はファンシーダーク。二色の石が混ざりあって、テーブルの下は淡く光り輝いている。同じオレンジダイヤモンドを抱いて生まれた僕達は、強制的に親から引き離され、絶えず比較され続けてきた、どちらがより王に相応しいのか。
「そういう訳にもいかないよ」
「どうして私の人生、私が決めちゃいけないの」
「そういう国のもとに生まれてしまったから」
「あーあ、あんたってほんとつまんない」
「悪かったね」
「思ってないくせに」
石は遺伝に因らない。彼女の両親はペリドットで、僕の両親はアメジストだった。同じ石を持つ者同士は惹かれあうなんて幻想が、まだ健在だった頃。変わらないのは法律だけだとまで言われている。
「思ってるよ。翠の相手が僕だなんて、悪いな、と思ってる」
「私は別にそういうことを言いたい訳じゃないんだけど」
ティーカップに指を突っ込んで、しおれたスライスレモンを引きずり出す。それを舌の上に並べて雑誌の表紙のようになったところで、彼女は紅茶のお代わりを要求した。
「ねえ翠」
「なぁに」
「殺しなよ、僕のこと」
「なんで」
「翠が王になって、法も変えなよ」
「蒼がやりなよ」
「翠のほうが格上なんだから」
「こういう時だけ色の話をする」
だって、他にないんだから、指標が。僕達は石の色で人を見て、人々も石の色でしか僕を見ない。
「色がすべてでしょ、この国は」
「だから嫌なの、こんな国」
彼女はスライスレモンを三枚とって水面に浮かべる。
「蒼と一緒にいることまで石の運命なんて言われるの、ムカつくよ」
「色が違ってたら翠は僕なんか見向きもしないよ」
ポットの残量を確認すると今度はいやにちびちび飲み始めた。彼女はカフェインをガソリンとするタイプの車だ。
「あんたってほんっとつまんない」
「悪かったって」
「思ってないくせに」
彼女の緑色の瞳が湯気のむこうに隠れた。
「来ないでよ、戴冠式兼結婚式」
「翠っていつも僕だけ悪者にしたがるね」
彼女が行かない選択肢だってあるのに。
「来たら殺す」
「じゃあ行こうかな」
「なんで」
「僕の人生、僕が決めちゃいけないなら翠に委ねたいし」
「あんたってほんっとーにつまんない」
僕は彼女が親指ほどの小型拳銃を隠し持っていることを知っているし、それを使えば(彼女ほどの実力者なら)簡単にこの城を抜け出せることだって知っている。足跡の石は砂のように小粒だから、ちゃんと鑑定しないと種類なんてわからない。まだ正当な継承権はないから顔も割れていないし、国外に出てしまえば気づかれることもないだろう。
「行かないよ」
「あっそ」
彼女が王になったことを風の噂で聞いたら、そっと拍手を贈って、その隣が空席であり続けることを祈ろう。オレンジダイヤモンドだろうと、そうでなかろうと。たまたま世界の運行と自分達の意思が合致した、そのことを素直に喜べなかった同士として。
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