18.粗相(ふたかけらの魔法)
リラ・カルミレアは学園の華だった。僕はそれを知っていて、そして別に僕だけが知っているわけでもなかった。先輩は表立って僕を特別扱いすることもないし、ふたりだけの時間を意識してとってくれているのもよくわかっていた。
「先輩」
「なぁに、ライム。怖い顔して」
「留年するなんて聞いてません」
「言ってなかったから」
「はぐらかさないで」
放課後、隣の席で(そう、それが彼自身の席で)足を組んで、肘をついて、悪戯っぽく笑う。三年生の紫色のタイはその薄い胸に鎮座したままで、一年分年季の入った(とはいえ彼は物持ちがいい)教科書もそのまま鞄に入っていた。
「ライムと同じクラスになりたいって、先生にお願いしたの」
「先輩は勝手です」
「でもそういうところが好き、でしょ」
「違います」
そういうところが好きなのが露呈しないよう、語気を強める。そういうところだけじゃないから、嘘じゃない。
「そんなきっぱり言われると落ち込んじゃう」
全く落ち込んでいなさそうだ。弓形に細めた目から放たれる視線は僕の眉間を正確に射貫く。
「どうして僕より先に先生に話すんですか」
「嫉妬してるの?」
嘲笑いもしないで、真剣に、驚いた様子で、そんな素振りで発する台詞なんかじゃない、のに。リラ・カルミレアはすべてを見透かしたような態度で、変なところ鈍かった。
「それは、そう、ですけど……」
「きみはぼくと先生の仲を勘ぐっているんだ」
そうはっきりと、その対象から言葉にされると己の浅はかさに腹が立った。僕は少なからず彼を疑っていた、そんな自分が許せなかった。
「そういう、わけでも、あるかもしれないですけど」
誰よりも短いズボンからすらりとのびた形のいい膝に目を落とす。先輩は美しく、気さくで、誰からも愛されていた。僕とは違う、それでも僕はリラ・カルミレアに愛されていることを信じて誇るべきだったのに。
「ライム、顔上げて」
「なんですか……」
おとなしく顔を上げると、情けなく赤面した自分と目が合った。先輩の細い手首を掴んで、鏡を伏せる。そうするとまた儚く消えてしまいそうな彼の微笑。
「自分の可愛さがわかった?」
「わかるわけがないでしょう」
「そう、ぼくもぼくの美しさがわからない。こうやって鏡を持ち歩いてわかろうとしているのだけど」
先輩が鏡を持ち歩いてるのがそんな理由だったなんて。
「その美しさがわからないだなんて……」
「ね、だからさ」
先輩はポケットから何かを取り出す。僕は透視魔法も読心魔法も使えないけれど、その白くやわらかな栄螺殻の中身が何なのかはすでに気づいていた。彼はぱっとひっくり返した手のひらを開く。淡いブルーのストライプ模様、キャラメル包みのグラシン紙。無垢な白い角砂糖。
「ぼくたち、お互いの顔だけ見ていよう」
包みをぱりぱりと解いて、立方体を舌の上にのせる。彼の舌をむかえにいく。世界一あまくてあたたかな口封じ。きみを愛しています、それだけだった。
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