涙の10カウント

丸子稔

第1話 三十路の子持ちボクサー

 幼少の頃にテレビで観たボクサーに憧れて、プロボクサーになったものの、戦績は勝ったり負けたりの繰り返しで、決して優れたボクサーといえるものではなかった。

 そんな俺だったが、結婚を機に戦績もぐんぐん上がり、ようやく日本チャンピオンまで上り詰めることができた。


 それから二年が経過し、パパになった俺は、今夜ついに世界タイトルに挑戦することになった。


(この試合に勝てば、妻と子供に楽な生活を送らせてやることができる。妻には今まで散々苦労をかけたし、彼女のためにも今日は絶対に勝つ)


 先月30歳になった俺は、世界戦に挑戦できるのはこれが最後と考え、最初から飛ばした。

 すると、それが予想外だったのか、相手は俺の攻勢に耐えることができず、1ラウンド早々にダウンした。


(よし、今日は体もキレてるし、相手も俺の動きについてこれていない。相手の目が慣れる前に決着をつける)


 俺はその後も攻め続け、3ラウンドの終盤にはKO寸前まで追い込んだが、無常にもゴングが鳴り、相手はそれに救われる形となった。


「もう相手はへろへろだ。次のラウンドはいきなり攻めて、気持ちよくKOしてこい」


「はい」


 俺はセコンドの指示通り、ゴングが鳴ると同時に、相手を倒しにかかった。

 ボディブローが右脇腹に決まり、相手のガードが下がると、俺は渾身の一発とばかりに右フックを繰り出した。


(よし! これで俺が世界チャンピオンだ)


 そう思った瞬間、なぜか俺の身体はマットに沈み、レフェリーがカウントをとっている姿が目に入った。


(これはどういうことだ? もしかして俺はダウンしてるのか?)


 何が起こったか分からず、とりあえず立とうとしたが、足が言うことをきいてくれない。

 その間にカウントは進んでいったが、俺はどうすることもできず、結局KO負けとなってしまった。

 俺は今まで判定でしか負けたことがなく、敗者として10カウントを聞いたのは今日が初めてだった。


(今まで俺がKOで勝った相手は、みんなこんなみじめな気持ちになっていたんだな)


 相手がコーナーポストに上って、勝利の喜びを観客にアピールする中、俺はそんなことを考えていた。


  了

 


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涙の10カウント 丸子稔 @kyuukomu

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