10秒後の記憶

飛馬ロイド

第1話 未来が見える眼鏡

 突然、目の前に敵が現れて、次の瞬間には俺は死んでいた。


 俺はキーボードとマウスから手を離し、大きなため息をついた。仲間たちはまだ生きている。今日もまた、俺が誰よりも早くやられてしまった。情けなすぎて、仲間たちと話すのが億劫になってきた。


 ヘッドホンからは仲間たちのやり取りが聞こえてくるが、死体となった俺には関係がなく、疎外感に耐えられず俺はヘッドホンを外した。そして、ぼんやりと画面を眺めて、早くこのマッチが終わってほしいと願った。


 結果はうちのチームの敗北。あまりにも早くにやられてしまった俺のせいであることは一目瞭然であった。とはいえ、別にプロを目指しているわけでもないので、特に誰かを責めるわけでもなくあっけらかんとしたものだった。


「なんか、ごめん。最近、全然活躍できてないわ」


 気を遣われるのも何だか嫌だったので、自分から切り出すことにした。


「ああ、全然気にしてないよ。ていうか、今日の相手は普通に格上だったし」


 『タク』こと"Taku"がフォローをしてくれた。何となく、自分たちの中でリーダー的なポジションを引き受けてくれている。


「そうそう。つーか、あのスナイパー何なの? チートだろ」


 笑いながら今日の感想を言っているのは『キャット』こと"Cat-Man"だ。こういう時に彼の笑い声は少し救われた気持ちになる。


 そして、基本無口で頷くモーションをしてくれるのが『ゾップ』こと" ZoooooP"だ。俺たちの中で一番上手いのは彼だ。というか、無口なので男なのか女のかも分からなくなることがある。キャラも女性をベースにしているし。


「この後はどうする? あとワンマッチくらいはやってく?」


 タクがみんなにそう聞いた。明日は土曜日ということで反対する者はいなかった、俺を除いては。


「すまん。明日は休日出勤で、もう寝ないとマズいんだ」


「そっか、お疲れ。土曜日なのに大変だな。明日の夜はインするか?」


「ああ、日曜日は休みだから、明日の夜は大丈夫だよ」


「じゃあ、また明日の夜な。仕事頑張ってな」


 タクが優しくそう言ってくれた。


「ハヤマルさん、おっつー」


 キャットが軽い口調で声をかけている後ろで、ゾップのキャラは手を振っていた。ハヤマルこと"Hayamaru"は俺のハンドルネームだ。俺は「また明日」と言って、ゲームからログオフした。


 俺がいなくなった後に、悪口を言われていないかという不安を抱きつつも、俺はそのことをできるだけ考えないようにした。そして、ベッドに横になり、明かりを消すと目をつむった。



 仕事を終えて、家で夕食を食べた後、俺はすぐにゲームにログインするかを悩んでいた。ここ最近は調子が悪い。仕事が忙しくて疲れているとか、言い訳すればいくらでもある気がするが、単に俺の実力がここまでというだけの話だ。


 パソコンを起動しても、ゲームをやらず、俺はウェブブラウザを起動すると、適当にネットサーフィンをしていた。何か急にゲームが上手くなる方法はないか、適当なキーワードで検索をしてみた。


「集中力が向上する薬? いやいや、普通にヤバいやつだろ」


 俺は法に触れそうなものを避けつつ、色々なサイトを見ていると、妙な謳い文句で手が止まった。


「未来が見える眼鏡?」


 麻薬取締法には引っかかることはないが、詐欺じゃないのかと思いつつ、興味半分にサイトを開いてみた。


「オンラインショップ・ストレンジフューチャー? 聞いたことがないな」


 聞いたことがないサイトに俺は首を傾げつつ、その未来が見える眼鏡とやらの商品説明を読んだ。


『この眼鏡をかければ最大で10秒先の未来が見えるようになります。そうすれば、あなたはオンラインゲームで負けなしの最強プレイヤーも夢ではありません!』 


 いやいやいや、それはないだろうと心の中で思いながら、続きの説明文を読んだ。


『ただし、この眼鏡をゲーム以外では使わないようにしてください。使用は屋内でのゲームのプレイ時のみにしてください。決して、屋外で着用しないようにしてください』


 ゲーム用の眼鏡ということなのか。ブルーライトカット機能のある眼鏡とか、そういうことなのかと俺は頭をひねった。


 そう言えば、今日の休日出勤で特別手当が付いたのを思い出し、それほど高くないなら買ってみるかと思った。未来が見えなくても、話のネタにはなるだろうし。


「二万円かー。買っちまうか」


 ブルーライトカット機能付き眼鏡にしては高いが、未来が見えるような何か工夫がされているのだろうと思い、深く考えずに購入ボタンを押した。


 時刻を見ると、既に一時間以上もブラウザと格闘していたようだ。俺はいつものオンラインゲームにログインすると、仲間たちのもとへ飛んでいった。勢いで二万円の買い物をしてしまった俺はおかしなテンションになっていて、仲間たちにウザ絡みをしていた。


 この日の結果はまずまずで、ここ最近にしては良い成績だった。俺個人としても調子は悪くない感じだったので、気分は良かった。深夜を回ってログアウトし、ベッドに落ちる頃には『未来が見える眼鏡』のことはすっかり忘れていた。


 数日して、仕事から帰ると、家の前に置き配がされていた。俺はその荷物を見るまで、『未来が見える眼鏡』のことをすっかり忘れていた。そして、荷物を取って、家に入ると、さっそく段ボールを開けて中身を確認した。


「別に普通の眼鏡だな」


 青色のフレームの眼鏡で、何か特別な機械が埋め込まれているようには見えなかった。電池やバッテリーが必要なわけでもないので、特別な仕掛けはなさそうだ。試しに眼鏡をかけてみた。レンズに度は入っておらず、周囲の景色も特に変化はない。


「え、これだけかよ」


 肩透かしも良いところだ。何か面白い仕掛けでもあれば話のネタになったのに、ただの伊達眼鏡に二万円とは、両目2.0の俺にとっては高い買い物になってしまった。俺は眼鏡をいったん、箱にしまうと、帰りに買ってきた弁当をレンジでチンした。


 食事をすませ、シャワーを浴びて、今日もゲームをやろうと思い、パソコンの前に座った。その時、さっきの眼鏡のことを思い出した。そもそもゲーム用に買ったわけだし、ブルーライトカット機能があればかえておいて損はない。


 そう思った俺は箱から眼鏡を取り出して、かけてみた。眼鏡は俺の顔にフィットした。眼鏡を買ったことがないので分からないが、どの眼鏡もこんな風にフィットする者なのだろうか。


 俺は少し不思議に感じつつも、ゲームを起動した。ややあって、いつものメンツが揃うと、適当なチームとマッチを組んだ。その時の俺の頭には、この眼鏡を何のために買ったのかを全く覚えていなかった。


 マッチが開始し、俺は慎重に今いる場所から移動した。タクから的確な指示が味方に伝えられ、俺もそれに従って動いた。今回のフィールドは荒廃した都市で、崩れかけたビルなど立ち並んでいる。


 俺は建物の影から様子を伺いつつ、敵がいないと分かると素早く動いて、次の場所へ移動するを繰り返した。すると、突然隣のビルの前に人が現れて、俺に向かって銃を乱射した。俺は撃たれたと思ったが、何の判定もなかった。


「あれ? 撃たれてない?」


 そう思って、俺が茫然としていると、ビルの物陰から人が現れた。俺はびっくりして、元来た道を戻り、物陰から様子を窺った。物陰から出てきたのはさっき俺に向かって銃を撃ってきた相手のアバターだった。


「え、いつの間に移動したんだ。ていうか、今さっきそこから出てきて、また出てくるか?」


 俺は混乱しつつも、敵の動きを物陰から観察した。こちらに気付いていない。相手が背中を向けて移動し始めた。この距離からなら仕留められる。俺はビルから飛び出すと、敵にマシンガンの弾を浴びせた。


「よし」


『ナイス』


『ナイッスー、ハヤマルさーん』


 仲間たちから賞賛の声がかけられた。俺はこの調子で次もやってやろうと思ったが、すかさずタクが『いい感じだ。だけど、油断せずに慎重に行こう』と言ってくれたので、俺はすぐに冷静になった。


 俺は再び、周囲を警戒しながら移動した。誰かを撃つということは、他の相手に俺の位置をばらすことにもなる。俺は敵に見つからないように、より慎重に行動をした。


 その時、何の前触れもなく、向かいのビルの窓に人が立っていて、俺に向かって銃を撃ってきた。流石にこれはダメかと思ったが、さっきと同様、俺にヒットの判定は出なかった。そして、画面をよく見ると、そこに人はいなかった。


「なんだ? バグか?」


 そう思っていると、その窓に人が現れ、俺はとっさに身を隠した。それもさっきと同様、俺を撃ってきた相手チームのアバターだった。その時になって、俺はようやくこの眼鏡のうたい文句を思い出した。


「もしかして、マジで未来が見えているのか」


 つまり、俺は相手が出てくることに気付かずにいたら、撃たれていたということだ。しかし、この眼鏡で未来が見えたおかげで難を逃れたというわけだ。


 俺は倒壊したビルの瓦礫に身を潜め、相手の出方を窺った。相手は全くこちらに気付いていない。この距離では俺の銃では当てるのは難しい。


「ゾップ、お前の位置から俺のいる正面のビルを狙えるか」


 するとチャット画面にグッドサインが流れてきた。


「真ん中の窓に敵がいる」


 そう言った次の瞬間、ゾップのロングライフルの発砲音があたりに響き、窓で周囲を探っていた相手チームの一人は倒れた。


「ナイス、ゾップ!」


『ナイス!』


『さすが、ゾップさん!』


 既に勝敗は決したようなものだった。こちらは無傷で、相手は既にメンバーが半分しかいない。そこから俺たちは総攻撃をしかけて、勝ちをおさめた。


 俺は勝利を喜ぶと同時に、この眼鏡が本当に未来を見せてくれることに感動していた。これさえあれば、負け知らずではないか。


 しかも、この眼鏡は俺が敵に撃たれる直前の映像を見せてくれる。体感では、大体十秒前くらいの映像が見えていた。十秒もあれば、よほどの状況でなければ立て直すことは可能だ。つまり、俺は絶対に死なない男になったわけだ。


 俺は顔がにやけるのを止めることができなかった。



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