第4話

空に浮かぶバルーンのピエロが動いている。


そう感じた瞬間に、オレの隣にいた人の頭が破裂した。


「……は?」


何が起きたのか理解できなかった。ただ、目の前に広がる血の飛沫と、倒れた人の姿が現実感を引き剥がしていく。


ピエロがそのふざけた唇を尖らせると、またどこかで誰かの頭が破裂した。


次の瞬間にはあたりはパニックに陥った。悲鳴がこだまし、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。誰もが押し合い、転び、叫び声が空気を裂いていく。


「な、なんだよこれ……!」


足が震える。頭が真っ白になり、耳鳴りがする。目の前の現実が悪い冗談のようで、ただ呆然と立ち尽くしてしまう。


ピエロのバルーンは笑っているように見えた。その巨大な目がこちらを見下ろし、次の獲物を選んでいるような気がした。


「逃げなきゃ……!」


自分に言い聞かせるように呟くが、足が動かない。冷たい汗が背中を伝い、喉がカラカラに渇く。


「ミツキ!」


唐突に、彼女の顔が脳裏に浮かんだ。いちご飴を手に、楽しそうに笑っていた彼女。あの姿が、今この混乱の中にいるのだ。


「くそっ……!」


オレは足を踏み出した。逃げる人々と逆方向に向かって駆け出す。肩がぶつかり、何度も転びそうになるが、そんなことはどうでもよかった。


「ミツキ!どこだ!返事しろ!」


叫びながら周囲を見渡す。どこにも彼女の姿が見えない。まさか、もう……。頭の中に最悪の想像が浮かび、胃がひっくり返るような感覚に襲われた。


「いない……!どこなんだよ!」


息が荒くなる。心臓が爆発しそうなくらい早く脈打つ。逃げ惑う人々の中で、ミツキの金髪を探す。


そのとき、不意に小さな声が聞こえた。


「……あーあ。せっかく楽しい時間を過ごしていたのに。」


金髪の少女はそういうと最後のいちご飴を齧りとった。


「ミツキ……!」

「おにいさん。マジでごめんねー。巻き込んじゃって」

「なにを言ってるんだ!?は、早く逃げないと……!」

「逃げないよ」


ミツキはそういうと、オレにいちご飴の棒を手渡した。オレはそれを受け取りつつも、唖然とした。太陽に煌めく金髪を背中に流しながらミツキはオレを通り過ぎ、空に浮かぶあの不気味なピエロへと向かっていく。


「ミツキ!逃げよう!!あんなバケモノをどうやって……!」

「あたしね、コイツらを“狩り”に来たんだ」


そう言った瞬間、ミツキの手は星を模った短いステッキを持っていた。


金髪がひらりと揺れ、太陽の光を浴びて輝く。


ミツキは静かに一歩踏み出すと、手をゆっくりと空に掲げた。その動きは、まるで時間が止まったかのようにゆっくりと、そして確かな力を感じさせる。


その瞬間、空気が微かに震え、周囲の景色が一瞬にして静まり返る。


星屑のような光が彼女の周りに集まり、まるで夜空の一部が彼女の体に吸い寄せられるかのように輝き始めた。


その光は、ミツキを包み込むように広がり、彼女の身体をまるで羽のように軽やかに包み込む。


金色の髪が、星のように輝く光の中でふわりと舞い上がり、彼女の背中を飾るように流れる。

その光が強くなるにつれて、ミツキの姿が変わり始める。白いドレスが彼女の体にぴったりとフィットし、紫とピンクのスカートがくるりと囲んでひらりと揺らいだ。輝く星の模様が布地の上に浮かび上がる。


目を奪われるような美しい変化が、まるで夢の中の一瞬のように繰り広げられた。


そして、全てが静まり返った瞬間、ミツキの姿は完全に変わり果て、まるで夜空の星々がその体に宿ったかのように煌めく魔法少女の姿がそこに立っていた。


「ミツキが……ま、魔法……少女……?」

「ばいばい。おにいさん。……楽しかったよ」


その瞬間、周囲の世界は再び動き出し、ミツキはオレに背を向けて静かに、しかし力強く前へと進み出す。


ミツキの歩く後ろには、星のように輝く足跡が残り、空に浮かぶピエロに向かって、その足音は静かに響いていた。

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