ある国の末路

楽天アイヒマン

ある国の末路

「うーん、少子化やばくね?」

『だから前から言うてますやん』

「財政破綻待ったなしですな」

『分かってんならどうにかしてくださいよ大統領』

「そういやこないだ面白い薬あったよな?」

『あの怪しい科学者がもってきたやつですか?』

「そうそう、少子化が解決しますよって薬だったよな、あれどんな薬だったっけ」

『確か受精卵に作用して必ず三つ子が生まれる薬だったはずです』

「あれの服用義務化しよう、んで産んだ後は補助金だしまくればいいべ」

『んじゃそれで行きますか。不正受給とか財源との問題はおいおいと言うことで』

「そんなんじゃ国民からオイオイ言われちゃうんじゃないの」

『うまい、座布団一枚』


 南米のとある国家は世界初の少子化の完全解決に成功した。妊娠が分かった時点で妊婦への薬の投与及び服用を義務化した。その薬の作用により、各家庭では必ず三つ子が生まれるようになった。貧困家庭で三つ子が生まれても育てられるように、政府はどこからお金を引っ張ってきたかはわからないが、しばらく遊んで暮らせるだけの補助金を出した。噂では少子化への社会実験のため、大統領が各国へ交渉し、補助金をもぎ取ってきたと言う噂だ。不正受給などの問題もあるにはあったが、それがバレた時点で人権は剥奪され、収容所で一生子供を産み続ける刑罰を課せられるため、次第に不正受給の数は減っていった。

 かくしてこの国は世界初の少子化解決国として一躍脚光を浴びた。


『すごいじゃん大統領、あなた国連で表彰されるみたいですよ』

「でしょ?いやー思い切ってあの薬使ってよかったよね」

『ところであの科学者ですけど、どうします?ほっとくととんでもない金請求されるかもしれませんし、他国に取られても癪ですよ』

「まかしてくださいな、そう言うと思って秘密裏に消しときました」

『さっすが大統領ですわ。悪い人ですね』

「こんぐらいしないと大統領は勤まらないってことですわ。んじゃちょっと国連行ってスピーチしてくるわ。飛行機の手配よろしこ」

『かしこまりました』


「…みなさん、本当にありがとう。この場所で、こうしてスピーチをできることが、今までで一番の喜びです。私たちがとった政策へ多くの賛否の声が上がっていることは存じております。人権や女性の権利を著しく侵害していると思われる方々の気持ちも十分理解できます。だが私は自国の、そして世界のためなら悪魔にだってなれる。人生はクローズアップで見たら悲劇だが、遠くから見たら喜劇である。かの有名なチャップリンの言葉です。私は国、国民、世界。全てを良くするためにこれからも戦い続けます。以上です」


『お疲れ様です、大統領。すっごくいいスピーチでしたよ』

「あんなん適当に喋っただけだから疲れるわけないじゃん」

『やっぱり?途中笑ってましたもんね』

「バレてるんかい。んじゃ帰ろっか。そろそろ活動家に刺されそうな雰囲気だわ」

『撤収しますか、飛行機を用意してあります』


「なあ、人口爆発起きてないこれ」

『私もそう思いました。どうも子供増えすぎたみたいですね』

「うーんどうしよ、あの科学者に色々聞いとけば良かったな」

『もー大統領が殺しちゃうから』

「しょうがないでしょ、あんときはあれが最善だったの」

『まあ今言ってもしょうがないですよね。見てくださいよこれ。人口ピラミッドが砂時計みたいな形してますよ』

「笑っちゃうなこれ、うーん…よっしゃ、老人の数減らすか」

『それしかないですよね』

「まず補助金打ち切ろう、んで浮いた金で大きい老人ホーム作ろう。と言っても強制収容所みたいなもんだけどね。んで老人ホームは無料にしとけば後は国民が勝手になんかやってくれるでしょ」

 数日後、国内では大きな混乱はなく、徐々に老人たちの姿が消えていった。主に貧困層の老人の減少は凄まじく、老人ホームの収容人数はすぐにいっぱいになった。老人ホームの増築が急ピッチで行われ、老人ホームは各地で乱立した。建設と介助の仕事が急増し、雇用も増えた。医療費も減り、国民の税負担も減って、かつてない好景気に沸いた。

『いやー大統領、こんなにうまくいくとは思わなかったですよ。誰かしらは文句言うもんだと思ってました』

「いや、言わないね。国民は老人たちを見殺しにすることが薄々分かっている。表立っての政策は補助金を老人ホーム建設に回しただけだからな。少しの罪悪感と金さえあれば国民は勝手になんとかしてくれるのさ」

『さすがですわ。そういえばあの老人ホーム、姥捨小屋って言われてるらしいですよ』

「何その変な名前」

『いや日本に姥捨山って風習があったらしくてですね。働けなくなった祖父や祖母を山に置いてくる、早い話が口減しですね。日本からそういう批判があったのを、愛すべき国民達は好意的に受け取って名付けたらしいですよ』

「やっぱ大事なのは合理性よ。何はともあれこれで少子高齢化は片付いたな。んじゃ、ちょっくら国連行ってくるわ。飛行機の手配よろしこ」

『かしこまりました』


「…みなさん、拍手をありがとう。我が国は世界初の少子高齢化の完全解決に成功いたしました。中には私のことを殺したいほど憎んでいる人もいるでしょう。ですが構いません。私は我が愛すべき国民と世界を第一に考え行動しています。我が国の方法を真似している先進国もいらっしゃる。これから世界はもっと良くなることでしょう。以上です」


「あー疲れた。全く国連のアホどもめ。人道的じゃないって言う前に少子高齢化解決して来いってんだよ」

『ほんまそれですわ。行きすぎた人道で身を滅ぼしかけてるのを見ると滑稽ですよね』

「全くだ。早く帰ろうぜ」


『やばいです大統領、人口増えすぎて食料が足りません』

「おーん、肉が足りないんだろ?」

『情報が早いですね、どうしましょう?』

「老人ホームあるじゃん」

『ありますね』

「その中にいっぱいジャーキーあったよな?」

『ありましたね』

「それでいこう」

『かしこまりました』


 スーパーから肉類が消えた。原因は各国からの経済制裁だった。幸い野菜と穀物は自国で賄えていたが、肉は配給制になった。毎週月曜日になると、町に大型のトラックが現れ、塊の干し肉が配られた。各家庭に行き届き、国民は慣れない味で筋張った干し肉を無心で貪った。誰もがこの肉の正体については、ぼんやりとわかっていたが罪悪感からか、何も言わなかった。


「なんとかなるもんだな」

『はい、全くいい国民性ですよね。ただあの肉がどこまで持つか…』

「しばらくしたら人工肉が完成するから、それまで耐えればいいでしょ」

『さすがよく考えていらっしゃる』

「んじゃ国連行ってくるから、飛行機の手配よろしこ」

『かしこまりました』


「…みなさん、拍手をありがとう。突然のご報告になりますが、我がN国は国連を脱退します」


 国連を脱退したことはすぐにニュースになった。連日テレビや新聞を賑わせた。世界初の少子高齢化解決国となってからすぐの国連脱退。世界はこれを極めて自国ファーストかつ独裁的な考え方だとして、厳しく非難した。N国への支援金は打ち切られ、今までN国と仲良くしていた国は一様に知らんぷりを決め込んだ。

『いやーあいつらマジ薄情ですよね』

「ほんまやってられんわ。うちのやり方知りたいでしゅう〜とか言ってたやつら全員冷たかったし。国連抜けて良かったわ」

『いやほんとそうですよね。そういえばあの人権人権うるさい国あったじゃないですか』

「おん」

『宣戦布告されました』

「マジかよ、んじゃ戦争かあ」

『あと国内で変な病気流行ってます』

「まじ?どんな病気よ」

『激しい震えの後、1〜2時間で死に至る病気です。おそらくプリオン病(プリオンと呼ばれるタンパク質が感染性のある異常な形態に変化して脳内で増殖・沈着し、さまざまな精神症状や運動失調、認知障害などを引き起こす病気)の一種だと考えられます。多分人肉食のせいですね。特効薬も作らせてますが、間に合うかわかりません。』

「まじか、んじゃ軍隊は?」

『戦う前からほぼ壊滅状態です』

「うーん…まあやるだけやってみるか」


 それは戦争とは言えないほど酷いものだった。N国の兵隊はやせ細り、撃たれる前に痙攣しながら死ぬ者もいた。各国の連合軍は簡単に首都に攻め入ることができたが、そこには痩せた女と子供しかいなかった。男は皆軍隊に入るか病で死ぬかの二択だった。


「いやーやっちまいましたわ」

『ここまでボロ負けするとは思ってませんでしたよね。賠償金どうします?』

「老人ホームあるじゃん?」

『ありますね』

「あの中にダイヤモンドがある」

『とうとう頭おかしくなったんですか?』

「違うわ。この戦争負けると思ったからさ。老人の遺灰でダイヤモンド作ってたんだよ」

『さすが大統領、先見の明がありますね』

「先見の明があったら戦争なんてしないんだよなあ」

『間違い無いですね、んじゃダイヤ持って謝りに行きますか』

「おう、飛行機の手配よろしこ」

『かしこまりました』

 N国は戦争に負けた。大統領と側近は戦犯として銃殺刑となった。示談金として押収した現金と大量のダイヤモンドは戦勝国の富裕層へと行き渡った。しかしダイヤモンドを身につけた人達が次々と不審死したことから、呪われたダイヤモンドとして人手を転々としている。

 国は分割され、戦勝国がそれぞれ統治した。しかし差別と謎の病気のせいで、終戦して数年後にはN国の生き残りはわずかとなっていた。彼らは故郷を思い返し、懐かしみを込めてこう語る。

「本当に、本当に、天国みたいないい国でした」

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