亡命//仕事の後で
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──亡命//仕事の後で
七海たちはオポチュニティ地区に戻ると、李麗華のマンションにやってきた。
「おーい、李麗華。開けてくれ」
『はいはい』
七海たちはいつものように厳重にロックされた李麗華の部屋に入る。
「で、どうだった? 報酬はもらえた?」
「もちろん。なんと50万ノヴァだぜ」
「わーお! 流石は企業のフィクサーが回してきた依頼だねー」
七海が自慢げにいうのに李麗華もにんまり。
「でさ。
「んー。いい感じの意中華料理の店があるから、そこに行く?」
「いいぜ。
「よし。決まりだー!」
そういうことで七海たちは李麗華が知っている中華料理店に向かった。
「なあ、李麗華。結構な大金も手に入ったことだし、一緒に暮らせる場所を探さないか? 別に今の状態が気に入らないわけじゃないけど、一緒に住んでれば情報伝達は早く済むだろ? どうだ?」
「考えとくよ。今はまだいいかな」
「そっか」
李麗華と七海、アドラーの家はあまり近くない。チームとして成り上がるならば、一緒に住むべきかもと思った七海だったが、李麗華にはいい返事は貰えなかった。
「そうそう。例の戦術支援AIってすげーな。滅茶苦茶便利だった。敵や銃弾の未来位置が分かるなんて、どうやってるんだ?」
「ふふん。それはね。これまでの膨大な戦術データをAIに分析させたうえで、あたしが組んだ特別なAIであるFREJAが瞬時に判断を下しているんだ」
「へえ。よく分からないけどすげえな」
七海は自分を支援してくれたFREJAとそれをくれた李麗華に感謝した。
「ま、使えるようでよかったよ。これまでは自分でデータを取れるわけじゃないから、机上の空論みたいなものだったから」
「おう。これからばりばり使わせてもらうぜ」
「そうしてくれると嬉しい。サポートしていくから、データをちょうだいねー」
七海がFREJAがインストールされている自身の脳を叩いて言うのに、李麗華が笑ってそう言ったのだった。
「七海。お前は機械化することは考えていないのか?」
「機械化、ねえ。
「あそこまでとは言わないが、ある程度強化しておくと便利だぞ」
「いや。俺はBCI手術だけで充分だよ。少なくとも今はね。隠さなきゃならないような暗器はないし、大体のことは
「そうか。だが、私の方はもっと強化しておきたい。やはり本物の
「オーケー。必要な出費だ。惜しまないでおこう」
アドラーは七海と違って
エネルギーブレードやデフレクターシールドはあるものの、やはり
「あと必要なものは?」
「有り余る金と名声」
「それはおいおい手に入れていこう」
七海の問いにアドラーがそう言い、七海は苦笑した。
「サイバーデッキは買わなくていいの?」
「あんたからもらったワイヤレスので今は十分だと思うが」
「いや。なるべく新しい機種にしておいた方がいいよ。その方が
「お。いいね。そうしよう」
李麗華がにまっと笑って提案するのに七海がサムズアップ。
それから七海たち3人は李麗華の案内で中華料理屋に入った。
「本場の中華なのかね?」
「いいや。火星式中華だよ」
「どんなのだよ」
店づくりやまさに中華料理屋という感じだが、七海はいわゆる日本人向けにカスタムされた日式中華しか知らない。本場の中華も、まして火星式中華なんてものも知らないのである。
「とりあえず何頼む?」
「炸醤麺と小籠包、麻婆豆腐がお勧め。けど、本場の味は期待しないでね。あくまであたしが好きな火星式中華だから」
「ふうむ。餃子と炒飯ぐらいしか中華料理知らないから、どんなのか想像つかないけど炸醤麺にしてみよう」
「あたしもそれに。アドラーは?」
李麗華がアドラーの方を向いて尋ねる。
「私は麻婆豆腐にしよう」
「じゃ、注文しまーす」
注文は店のネットワークに接続して行うもので、タブレットも、食券もいらない。支払いにおいて現金も必要ものだ。
「ところでさ。諸君はG-APPに興味はある?」
不意に李麗華が七海とアドラーにそう尋ねた。
「え? いや、俺たちの
「そうだな。G-APPの
「あいつら、ちゃんと逃げられたのかね。えらく間抜けな連中だったけど」
アドラーと七海は李麗華の言わんとすることが分からず首をひねる。
「実はね。G-APPのコピーを手に入れてます」
「はあ!? どうやって……?」
「G-APPが
「気づかれてもいない?」
「いない」
七海が確認し、李麗華が頷く。
「どうしてG-APPを横から分捕るような真似を?」
「気になるじゃん。単純にあれだけ注目を集めた電子ドラッグってが、どんな仕組みで動いているかってさー」
「好奇心はネコを殺すぞ」
李麗華の言葉にアドラーはそう警告した。
「なあなあ。ドラッグカルテルに売れば150万ノヴァらしいぞ、それ」
「売らないよ。そんなことしたら一生ドラッグカルテル絡みのトラブルに巻き込まれるし。そういうのはごめんでーす」
「そっかー。まあ、それはそうだし、それに加えて本来
「そうそう。あたしは個人的にG-APPの解析をするだけ」
七海も納得し、李麗華はそう宣言した。
「ご注文の品です」
そこで接客ボットが料理を運んできた。
炸醤麺は甘辛い肉味噌が中華麺にかけられているものだが、その肉味噌が赤々しく、実に辛そうな雰囲気を出している。肉味噌の赤と麺の黄色がほどよいコントラストを描いているのが特徴的だ。
またアドラーが頼んだ麻婆豆腐の方も赤さがさらに凄く、見ただけで汗をかきそうなものだった。
しかし、どちらからも香ばしい香りがして、食欲をそそった。
「まずは
「乾杯だ」
「かんぱーい!」
七海がお冷のグラスを上げ、アドラーと李麗華が続く。
「さて、ではいただきます!」
七海は早速、炸醤麺を肉味噌をしっかりと麺に絡めてから口に運んだ。
「はふはふっ! これはなかなかにスパイシーだな」
「でしょ? ここのはどれも辛さが抜群だから好きなんだ。合成食品を美味しくいただくには、素材の劣悪を隠すためにとにかく辛くするのが一番だからねー」
「だから火星式中華、か。昔のドキュメンタリーで中華系移民は中華鍋と包丁だけで移民するんだとかいう話を見たな。相当昔のドキュメンタリーだったけど」
「そりゃそうでしょ。今のご時世に鍋や包丁持っていっても何もできないよ。今の移民は高速学習ウェアと頑丈なワイヤレスサイバーデッキを持って移民するのさ。あたしのおじいちゃんたちみたいにね」
「いやはや未来、未来」
七海はそう言いながらスパイシーな炸醤麺を平らげていく。
「しかし、俺たちの名は少しは広がったのかね。ジェーン・ドウから
「どうだろう。ジェーン・ドウは正直、前回の
「忠誠度テスト?」
「悪名高いクルーガー・ローウェル心理分析テストの延長にあるものだ。私たちの発言と身体情報、そして行動パターンをAIに分析させ、自分たちにどれだけ忠実かを数値化するもの。企業はこれを悪用しがちだ」
七海が聞きなれない言葉に首を傾げるのにアドラーがそう答える。
「通称101号室テスト」
「何だよ、それ」
「1984年を読むといいよ、同志!」
ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に101号室というものが登場する。それが何を意味しているかは、読者のみぞ知る。
「で、有名になってないってことでいいのか?」
「マトリクスでは何度が話題になったけど、ビッグになったとまでは言えないねー。まだまだ新進気鋭ながら実態不明な傭兵ってところ」
「いろいろやったつもりなんだけどな」
「これから、これから」
七海が肩を落とすのに李麗華がぱんぱんと背中を叩く。
「そうだな。これからだよな。頑張ってビッグになろうぜ」
「もちろんだ、相棒」
そうこうしている間に美味しく、スパイシーな食事は終わり、次は二次会とばかりにキュリオシティに赴く七海たち。
「ああ。ウィザーズの連中か。いらっしゃい。何にする?」
「よう。マーズ・パスファインダーをくれ」
七海は前に覚えていたカクテルを注文する。
「私はズブロッカをストレートで」
アドラーは相変わらずバイオマス転換炉を満たす高濃度アルコールを。
「あいよ。李麗華、あんたがここに姿を見せるのは、えっと、2度目か?」
「まあね。今日は付き合いで。カシスオレンジを」
バーテンダーがちょっと考え込むのに李麗華が苦笑してそう注文。
「では、改めて我々の
「乾杯!」
七海が上機嫌に再びグラスを掲げ、アドラーと李麗華が続く。
「またお祝いか、
「スカーフェイス。こっちは順調だぜ。あんたは?」
「ぼちぼちだ」
七海たちが盛り上がっているところに、フィクサーのスカーフェイスがやってきてウィスキーのストレートをバーテンダーに注文した。
「お前たちの
「それについては何も言えないな。守秘義務というものがある。相手が相手だけに怒らせたくはない」
「なるほど。用心深さは生き残るコツだ。尊重する」
アドラーが暗にジェーン・ドウのことを匂わせ、スカーフェイスは退いた。
「また余裕があれば、俺からの
「今もあんたが頼りだよ。よろしくな」
「頑張れよ」
スカーフェイスはそう言ってウィスキーを一気に飲み干し立ち去った。
「次の
「分からんさ」
七海とアドラーはそう言葉を交わした。
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