亡命//シンポジウム
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──亡命//シンポジウム
いよいよシンポジウム当日。
「行くぞ、アドラー」
「ああ、七海」
アドラーと七海はホテルを出て、シンポジウム会場であるドーン・エキシビションを目指した。オービタルシティ・ドーンは朝からシンポジウムのためにやってきた多くの人でにぎわっている。
七海たちはドーン内を走るトラムでドーン・エキシビションに向かい、午前10時ちょうどに到着した。
「ここがドーン・エキシビションか」
「まずは偵察だな」
ドーン・エキシビションは煌びやかなドーンの雰囲気にあった建物だった。高級感があり、清潔感があり、何より未来的な見た目をしている。言ってみればオポチュニティ地区とは180度別のもの。
そして、そのドーン・エキシビションの周囲にはウォッチャーの警備部隊だ。
『七海、アドラー。会場には侵入できた?』
「まだ。これから挑むことになる。IDの偽装はばっちりだよな?」
『問題なし。あたしを信じて』
「あいあい」
李麗華に言われて七海がシンポジウム会場に繋がる道路で
「失礼。保安プロトコルに従ってください」
「了解だ。好きなだけ調べてくれ」
「では」
ウォッチャーのコントラクターが七海を検査し、特に武器の類を持っていない彼は無事に通された。
アドラーもそれに続き、無事に
「どこから見て回る?」
「各フロアの警備状況からだな。それとハイデッガーを
「オーケー。とりかかろう」
アドラーと七海はまずはAホールに入る。Aホールではハイデッガーの講演が行われ、七海たちは恐らくここでハイデッガーを
「まだ本格的な警備は配置されていないようだな」
Aホールはちょっとした音楽ホールほどの広さがあり、構造も音楽ホールのようになっていた。そこには無数の椅子が設置されていた。全ての椅子の向きが正面の演台を向いている。
「クソ広いけど、どのタイミングで仕掛けるかね」
「ああ。このホールいっぱいの聴衆も障害物になる」
「障害と言っても無関係な人間を殺すわけにはいかないぜ」
「そうだな。どうにか傷つけることなく追い払えればいいのだが……」
七海たちはAホールの構造をその目で把握してから、次にBホールに向かった。
「ここでは立食形式の懇親会が開かれる。だが、まだ警備は来ていないようだな」
「食い物も並んでない」
このBホールでは招かれた客たちが談話をする場となる。
「ここでG-APPが展示され、さらにはハイデッガーが演台に立つまでの時間を過ごすのだが、カバーが剥がれないように注意しろ。下手な客に接触すると私たちがニューロラボの職員でないことがばれる」
「なるべく人と話さないようにしないとな。飯でも食って待ってよう」
「それが無難かもしれない。私たちには本来参加するはずだったマルケスとオルソンの情報はあまりないからな」
七海が適当に言うのにアドラーもそう返した。
「続いてCホール。ここはG-APPが展示される。既に準備は始まっているようだ」
Cホールでは電子ドラッグであるG-APPが展示されることになっている。G-APPの説明を記載しただろうボードなどはもう既に運び込まれ、ドーン・エキシビションのスタッフによって設置されて始めていた。
「思ったけどさ。これって展示する意味あるのか? そりゃあ陶器とか絵画なら展示する意味を感じるけどさ。これってプログラムじゃん。ゲームと違って映像があるわけでも、試遊できるわけでもないし」
「確かに疑問ではあるが、これのおかげで私たちの
「それもそうだな」
G-APPはハイデッガーが設置してくれた囮だ。最大限活用すべき。
「李麗華。G-APPが今どこにあるか分かるか?」
『んー。まだ会場には運ばれてないみたい。恐らくは
「オーケー。万事順調」
場が
李麗華はマトリクスからオービタルシティ・ドーンとそこにあるドーン・エキシビションのネットワークに侵入していた。
彼女がネットワークを伝ってあちこちを見て回るのに、不意に接近するものがあった。李麗華は
「正規のIDじゃないな。あんたもこのネットワークに侵入しているのか?」
「そういうあなたも?」
やってきたのは動物をテーマにしたシミュレーションゲームに登場する、タヌキのキャラをアバターにしたハッカーだ。
「ああ。目当てはG-APP。あんたもだろう?」
「んー。ちょっと違う」
「そうなのか? 他に金目のものが?」
「まーね。こっちの
「そうか。だが、協力できないか? 少なくともお互いの
「ふむ。詳しく聞こうか」
「オーケー」
そこでタヌキのアバターが話し始める。
「まずこっちはG-APPの
「なら
「イエス。こっちの傭兵が忍び込んでいる。ドーン・エキシビションで火災を偽装して騒ぎを起こし、その隙にささっといただくわけだ」
タヌキのアバターと彼の傭兵たちは、展示されているG-APPを
宇宙空間に位置する軌道衛星都市で火災は重大な災害だ。火災が起きれば間違いなくパニックが起きるだろう。有力な陽動だといえた。
「そっちの
「おお。それならウォッチャーの動きを見張っておいてほしい。G-APPを
「それぐらいならいいけど、こっちもそっちの騒ぎを利用させてもらってもいい?」
「ふん? 火災の方か? それともG-APPの
「両方」
タヌキのアバターが尋ねるのににやりと笑って李麗華がそう言った。
「まあ、
「じゃあ、交渉成立だね。あたしはシュリーマン。そっちは?」
「レッドパンダ」
「レッドパンダ、ね。ラクーンドッグじゃなくて?」
「ああ。みんなそう尋ねるのはなんでなんだろうな?」
「そのアバターのせいじゃない?」
レッドパンダはいわゆるレッサーパンダのことで、タヌキではない。
「じゃあ、これが連絡先だ。お互いの
「はいはい」
李麗華とレッドパンダは連絡先を交換して分かれた。
「さて、と。七海たちに連絡しておかないと」
場が
七海たちは偵察をほぼ終えて、シンポジウムの開始に備えていた。
『七海、アドラー。新しい情報だよー』
「どした、李麗華?」
李麗華から通信が来るのに七海がそう尋ねる。
『あたしたち以外にも
「G-APPを
『どうせG-APPの
「まあ、そりゃそうだな……」
G-APPのあるCホールではどの道騒ぎが起きるのだ。
「他に協力する点は?」
『彼らは火災を偽装するから、それに乗じて行動しよう。今、Aホールの非常口について情報を送る。演台にいる人間は、このデータにある非常口を使って外に逃げるはずだから、待ち伏せるなり何なりお願いねー』
「ふむ。それはいいな。聴衆が邪魔だと考えていたところだ。火災でいなくなるなら、こちらの
『それは何より』
アドラーはAホールを偵察した結果、聴衆が邪魔になると思っていたが、火災騒ぎが起きればAホールの聴衆は無視できる。
「作戦がやや変更になったが、問題なさそうだな。そろそろシンポジウムの開演だ。Aホールに向かわにゃならん」
「むしろこっちにとって有利な状況になったはずだ。やってやろう、相棒」
「ぬかりなくな」
七海とアドラーはそう言ってAホールに向かう。
Aホールは既に人でいっぱいであり、七海たちは空いている席に座った。
『今、マトリクスから監視カメラの映像を見てる。最前列中央にいるのがハイデッガーだよ。そっちからは見える?』
「いや。見えない」
『なら、状況を伝える。一見して非武装に見える人間がハイデッガ―の両脇にいるけど、こいつらは
「そいつは想定している。まだそこまでイレギュラーな事態は起きてないな」
七海たちはシンポジウム開催の挨拶が行われるのを聞き流しながら、これからの
これから起きること大パニックだ。
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